輪の中
純がブスだとばかり決め付けていた岳の彼女。その姿に純は唖然とする。そして、純が想いを寄せる瀧川と…。
友利と岳が付き合い始めた翌日。
一限目の休み時間に友利と岳が映るプリクラを手にした純は、実に意地の悪い笑みを浮かべた。
「がっちゃん、千葉からはるばる電車に乗ってやって来たブスをこの目で見てもいいのかい?」
「いいよ。言っておくけどブスじゃねぇからな」
「そいつはどうかな?恋はなんとかって言うじゃない」
「いいから早く見ろよ。あと友利の顔の部分触ったら、いくら純君でも俺は許さない」
「へぇ。愛だね。では」
そう言ってゆっくりとプリクラを裏返した純の表情は、岳の予想した通り見事に固まった。
純は口を半開きにしたまま呆然とした表情になる。
「だからブスじゃねぇって言ったろ?」
勝ち誇った笑みを浮かべ、岳が純の手からプリクラを奪い返す。
「ちょ、もうちょい見せてくれよ」
「ダメ。汚れるだろ」
「おかしいよなぁ……。その人、大人じゃないの?」
「タメだよ。同じ昭和58年生まれ。学生証も見たよ」
「先輩の時は違ったけど、今回はマジで美人局なんじゃない?」
「俺に金がないからこんなクソ田舎まで来たんだし、それは無いでしょ」
「そうかなぁ?いくらなんでも美人過ぎやしないかい?」
「この辺の女がレベル低いだけだろ」
「そうでもないと思うけどなぁ」
純はふと、瀧川の横顔を思い浮かべ、自然とにやけてしまう。頬を抑えて何とか我慢しようとするがすぐに岳に見抜かれる。
「何想像してんの?」
「いや?別に」
「好きなコ出来た?」
「それはどうだろな」
そう言って岳から目を背ける。余りに分かりやすい純の挙動に岳は思わず噴出した。
「分かりやすいなぁ!いるならいるで良い事じゃん。頑張れよ」
「何の事だい?あ、あと「この辺の女がレベル低い」とか言うけど先輩もそういう事なんかい?」
純の厭らしい指摘に岳は不貞腐れる。
「うるせぇなぁ!先輩は経験が違うんだよ」
「えぇ?そういう逃げ方良くないなぁ」
「もういいだろ。純君も早く彼女作れよ」
「そのうち考えるよ」
その後も休み時間になる度に岳は彼女が出来たという噂の的となり、放課後になっても誰かしらに取り囲まれていた。
米田と内山は「早く別れろ」と半ば本気で岳に絡んでいたが、岳は気にもせず笑っているだけだった。
バンド活動に続いて彼女まで出来てしまった為、岳と遊ぶ時間が徐々に減って行く事に純は太刀打ちできない寂しさのようなものを感じていた。
高校二年。それは大人への入り口が見え始める年頃であった。
男衾駅の階段を降り、改札を抜けると純は瀧川の後姿にすぐに気が付いた。長い髪が夕方の風を受け、静かに揺れた。
微かに緊張を覚えたが、迷う事無く声を掛ける。
「やぁ。こんにちは」
「あ、こんにちは」
瀧川は柔らかに微笑む。小さくおじぎをすると、高い鼻に髪が掛かった。
今度は瀧川の方から純に話し掛けた。
「今、帰りですか?」
「そうなんさ。瀧川さんは?」
「私もです。でも、これから病院」
「病院?どこか悪いの?」
「ううん。偏頭痛の薬を貰いに行くだけです」
「偏頭痛か。そりゃ大変だね」
岳が酷い偏頭痛持ちで、時には朝方まで吐き通すという話を純は岳から聞かされていた。
「俺の友達でもいるんさ。男なんだけどさ。辛いってね。吐くとか何とか」
「私は吐くまではいかないですけど、一度なると一週間くらいじんわり頭が痛いのが続くんです」
「そういう時って何も手につかなそうだね」
「うん。だから頭悪いんですよ、私」
そう自虐的に言いながら笑う瀧川に、純はたまらない愛しさを感じた。
駅の左手に見える小さな公園で遊ぶ子供らの嬌声が、風に流されて聞こえてくる。
純は楽しさと切なさの合間に立たされた様な、味わった事のない感覚に陥る。
「頭悪いなんて、そんな事ないでしょ。どんな高校でもうちよりマシだよ」
「寄居高ですよね?怖いイメージはあるかな……」
眉をひそめる瀧川に純も同調する。
「感覚マヒしてるから分からないけど、異常だと思うよ」
「やっぱりそうなんだ……。新川さん普通に見えるけど」
「俺は……まぁ普通かな。頭痛持ちのそいつさ、頭赤くてヤクザに絡まれたりしてたんさ」
「ヤクザに……寄居町にいるんですか?」
「こんな平和な場所にもいるんさ。つい最近までは学校の校門にいたよ」
「校門に?どんな学校に通ってるんですか!」
驚きながらも楽しげに笑う瀧川の姿に、純は無意識に安堵を覚える。
「とんでもないでしょ?最近は見なくなったけど。頭痛持ちのそいつはすっかり忘れて「彼女出来た」って言って浮かれてるけど」
「へぇ……。いいなぁ。新川さんは彼女いないんですか?」
「ずっといないね」
純は被せ気味に答えた。心が前のめりになってしまったが、ブレーキが間に合わなかった。しかし、瀧川は特に気にするような素振りは見せない。
「そうなんだ。勿体無いですよ」
「そうかな?良く分からないんだよね。付き合い方っていうか、何だかそういうのさ」
「ふーん……。分からないか。でもその二人、長く続くと良いですね」
「彼女は分からないけど、そいつ急激に恋に落ちるからね。冷めなきゃいいけど」
「ほら、ちゃんと分かってるじゃないですか」
瀧川は純を指差して悪戯っぽく微笑む。純は瀧川の言葉の意味が分からずに首を傾げた。
「え?どういう事?」
「だから恋愛観とか「そういうの」ですよ」
「ははは。見る分にはね……」
「そのお友達の相談役になったらいいんですよ。そしたら次は自分の番が来ますよ」
「そうだといいかな……。うん」
「良く分からないですけど、ジジイやババアになってからする恋愛ってきっと思い出を掘り起こしたいからするんだと思うんです。あ……言葉悪くてすいません……」
「いやいや、いいよ」
純は瀧川の容姿から「ジジイ」「ババア」という言葉が自然と出て来た事で親近感を覚えた。まるで岳のようだな、と純は感じる。
「私も新川さんもまだ若いです。だから私は掘り起こすんじゃなくて、埋めるような恋があればいいなぁって思ってます」
「なんか詩人みたいだなぁ。俺の友達にそっくりだ」
「彼女出来た人ですか?」
「うん。しょっちゅう例え話とかするんさ」
「じゃあ彼女さん幸せですね。きっと愛されますよ」
「そういうもんなの?」
「はい」
そう断言する瀧川は自信に満ちた表情で頷いた。純はその自信の前に思わず怖気づきそうになるが、すぐに気を取り直す。
「じゃあ俺はそいつを見守るとするかな」
「そう。それでいいんです。いつか必ず新川さんに返ってきますよ」
「信じるわ」
そう言って無理に自分に自信をつけた事を恥ずかしく思い、純は自嘲気味に笑った。
「あ。馬鹿にしてません?」
「してないしてない!違うんさ」
「本当かなぁ?新川さんは分からないなぁ……。読めないっていうか」
瀧川が何かを言おうとした矢先、近付いて来る軽自動車がクラクションを鳴らした。
「あ、迎え来た。じゃあ新川さん、また」
「あぁ。また」
そそくさと軽自動車に乗り込む瀧川を見て、純は意外と落ち着きのない子なのかもしれないと感じていた。
それでも胸の内から溢れる喜びだけは確かだった。
あっという間に消えた軽自動車を見送り、純は歩き出す。
子供達の輪の中から外れた男子が、一人、その輪に向けて大声で何かを必死で訴えている。
輪の中の子供達は男子とは対照的に笑っている。
事情は分からないが、純は「自分はどっちだろうか」と考える。
輪の中か。それとも訴えているのか。
少しだけ考えを巡らせたが、どっちでもいいか、と答えを出してその横を通り過ぎた。




