愛と
純は瀧川と再び偶然出会う。メル友の友利と会うと言う岳に対し、純は友利が「ブス」だという前提で話を終わらせる。しかし。
純が再び瀧川と出会ったのは岳の騒動から二日後の金曜日の事だった。
電車では会う事なく、男衾へ帰ると岳から呼び出された。
メル友の友利と会うのが実は緊張して怖くて仕方が無いとの相談だった。小嶋組に絡んだ事だったら、と純は肝を冷やしたがあまりに平和な岳の悩みに純は笑った。
「ブスだったら帰せばいいんじゃない?それっきりにしちゃえば問題ないっしょ」
「他人事だと思って軽く言うなよ……。ブスだから帰すなんてさ。わざわざ千葉から来てくれるんだよ?」
「でもそれだけ好かれてるって事っしょ?いいじゃんいいじゃん。小嶋に絡まれて金返せなんて言うくらいなんだから、ブス帰すくらいがっちゃん平気なんじゃないの?」
そう言うと純は盛大に笑った。岳は恨めしそうに純を眺めていたが、純は気に留めず笑い続けている。
「ブス殺し」「ブス返し」「ブスキラー」と連呼し、既に友利がブスだという前提で純は笑い続けた。
笑い続ける純とは対照的に、益々顔色が悪くなる岳から一度聴いてみたかったニルヴァーナのCDを借りると、夕飯前に純は岳の家を出た。さすがに連日夕飯をご馳走になるのは気が引けたのだ。
コンビニでポップコーンの袋菓子を買って帰ろうと立ち寄ると、黄色いパーカー姿の瀧川が目に入った。
「あ、こんばんは」
そう言って急いで雑誌を棚に戻すと、瀧川から純に挨拶した。純は思わず顔が綻んだ。
「こんばんは。買い物?」
「いえ……。母親が買い物に行ってるんで、その間ここで待ってました。立ち読みしたかったし」
「そうなんだ。家、近いの?」
「はい。駅からそんな離れてないです」
「うちもなんだよね。本当、駅の目の前」
「実は、知ってます。ヤギの居たおうちですよね?」
「あー!バレてたか。そうそう」
純の家は昔、純と両親が越して来る前に祖父が駐車場でヤギを飼っていて有名だった。地元の小学生達は皆、通学路のヤギを見ながら登校していた。
携帯番号を聞き出そうか純は迷ったが、断られたらショックが大きいと考え、この場は話す事だけにした。
ヤギの力とはいえ、自分の事を知っていてくれた事が純を嬉しくて堪らない気持ちにさせた。
「あ、母親が来たので。では」
「うん。もし良かったら、今度また話そう」
「新川さん……番号、交換しませんか?」
と、瀧川が言う事を期待したが、現実は「では。また」と言って軽く会釈をし、店を出て行ってしまった。
偶然出会って話を積み重ねて行くのも悪くないな、と純は考え、一人はにかんだ。
翌日。岳は緊張を紛らわせる事が出来ずに駅の改札の前で右往左往していた。ペットボトルの水を買ったが3分も経たないうちに空になった。
電車が到着するのが見え、まばらに人が改札を抜け始める。
特徴はとにかく色が白くて、明るめの茶髪のセミロング。身長は岳と全く一緒の168cm。白いセミコート。
数分前に「もう着く」と4文字だけのメールが届いていた。
人の流れが途切れ、完全な静寂が訪れる。岳は「もしかして来てないのか」と不安になったその時、駅員に清算を頼む女性の姿が見えた。「少女」というより完全に「女性」といった風貌の大人びたその女性こそが、友利だった。
岳は心の中で「大当たりだ」と叫んだ。
会って友利が初めて発した言葉は「長かった」だった。それが会うまでに掛かった一ヶ月強という時間なのか、それとも千葉から寄居までの距離なのか、岳には判別がつかなかったが、友利の荷物を素早く受け取ると共に駅を出た。
家までの道は岳の兄が偶然を装って迎えに来ていた。緊張の為なのか、友利は中々口を開こうとしなかった。
家に着き、部屋へ入るとやっと友利が口を開いた。
「あー!緊張した……」
「俺もだよ。とりあえず……煙草でも吸おうか」
「あ……どうぞ。私、禁煙してるから……」
「偉いな……ってか高校生で禁煙かよ……」
単純な話だが、互いの印象が想像していたよりも遥かに良かった為に話が弾んだ。
岳は友利が「ブス」だという前提で話していた純に後々死ぬほど自慢してやろうと企んだ。
「見た目が想像の最低を下回るようだったら、速攻千葉に帰ってたよ」
と堂々と宣言する友利を、岳は大いに気に入った。
今までして来た恋愛の話、家庭の話、友達の話、友利が所属するテニス部の話、音楽の話、好きな食べ物の話、メールで何度もやり取りしたはずの内容をまた話しても、何を話しても、楽しかった。
夕飯を終えて風呂に入る前に、友利から僅かに湿布のような匂いがする事に気付いた。
岳が尋ねると実は熱を出していて関節痛に耐えながら埼玉まで来たとの事だった。そんな事を気付かれるまで言わない友利に、岳は堪らない愛しさを覚えた。
二人は夜が更け、朝が明けても、喋り続けた。
翌日、見送りをする時に岳はある事に改札で気が付いた。友利に持たせるものが何も無かったのだ。咄嗟に仕舞っていた煙草を友利に手渡すと、友利は大切そうにその煙草をポシェットに仕舞った。
「岳だと思って大事にするから」
「煙草なんかしか渡せなくて、本当ごめん」
「あなたの物なら何だっていいよ」
そう静かに言って友利は静かに微笑んだ。テンションが上がると友利は早口になって喋ったりはしたが、基本的には物静かだった。一度立ち止り、物事を考えてから話す所は岳と良く似ていた。
握っていた手を離し、改札を抜けて手を振る友利を見送った。次に会う予定も決めていた為、寂しさはそこまで感じなかった。岳は電車を待つ友利を驚かそうと思いつき、入場券だけを買って改札を通り抜けた。
電車が来る数分前、ホームには出ずに階段で座り込んで電車を待つ友利が目に入る。
岳はそっと近付いて友利の肩を叩いた。
驚いて振り返る友利を見た瞬間、岳の中から今まで味わった事のないような強烈な感情の波が訪れた。
楽しいはずのドッキリだったが、友利を見た瞬間に感じたのは凄まじい程の愛しさと寂しさだった。
笑おうと思っていた岳の表情は瞬時に泣き崩れ、容赦なく友利の膝の上に落ちていった。
子供のように泣きじゃくる岳をホームに居た数人が興味津々、と言った様子で見続けていたが、友利は何も言わず岳の頭を撫で続け、最後に抱き締めた。
電車がホームに辿り着くと、二人は言葉を交わす事無く手を繋ぎ、電車に向かった。
小さく手を振る友利に岳はかろうじて手を振り返し、やがて発車する電車を見送った。
高校生にとっては余りに遠い距離に帰る友利に、岳は生まれて初めて愛という感情を抱いた。
そして、生まれて初めて人から愛される暖かさを知った。
その日を境に、離れて暮らす高校生二人は晴れて正式に付き合う事となった。
電車が視界から消えた途端に携帯が鳴り、友利からのメール着信かと思い急いで携帯を取り出す。
画面には
「愛してる」
という友利と初めて会う寸前と同じ、短い4文字だけのメールが届いてた。全く同じ4文字を返すと、すぐに新しいメールが届いた。
早いな、と思いながら再び携帯を取り出す。
「やっほ。どんなブスだった?詳細あとでよろしゅう」
あまりに心無い純からのメールに、岳は泣き濡れた声で「バーカ」と、笑いながら呟いた。




