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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
62/183

息を呑んで

ある事がきっかけで過去を蒸し返される岳。そして岳とは対照的に学校帰りに僅かな楽しみを見出す純。しかし、不穏な空気が…。

 春休みが終わり、純達は高校二年になった。

 純と岳、そして米田は同じクラスに。そして担任は再び石垣となった。

 一年の頃とあまり代わり映えしない印象もあったが、それが逆に純を安心させたのだった。


 この頃になると携帯電話でゲームが出来る機種が出始め、流行ものが好きな米田は早速その機種を購入し、自慢気に見せびらかしていた。

 ゲームが好きな純に携帯を奪われると、米田は「自分で買えよ」と文句を言った。中々ゲームオーバーにならず、授業が始まっても純は米田の携帯を手放さなかった。マナーモードのまま純は授業中もゲームに興じていたが米田は自分の携帯が取り上げられてしまう事を恐れ、気が気では無かった。

 授業が終わると米田はムキになって純から携帯を奪い返した。


「おまえふざけんなよ!うわ!しかも何だよこのスコア!ヤベー!」

「まだまだスコア出せそうだけど、携帯で電話出来るのいいね。ゲームボーイに電話機能付けてくんねーかな」

「もう貸さねーからな!欲しかったら自分で買えよ!?取り上げられたらシャレになんねーしよ、焦ったぜ」

「すまんね。もう少しゲームが複雑だといいんだけど」

「自分のじゃねー癖に文句つけんのかよ!最低だなおまえ!」

「ははは、まぁね」


 岳は別のクラスの取り分け柄の悪いグループの男子達に呼び出されていた。


「猪名川君!こっち!早く!」

「何だよ」

「いや、話し聞いてたら話してないっていうから」

「何?」


 その男子に連れて行かれた先は廊下の隅だった。何人かがだるそうに廊下に座り込んでいる。

 その群れの中に視線を移すと岳の実の父親の「今」の子供が居た。

 須永、今は坂崎。かつて岳が「坂崎 岳」だった頃の同級生だ。


 男子達が二人を取り囲み、囃し立てる。


「出会いの春がやって参りました!ここで今!感動の再会果たしちゃって下さい!猪名川君、須永!話してみてよ」


 不快感を覚えた岳は黙ったまま須永を見下ろす。須永が同じ高校の同じ学年に居る事は知っていた。男衾へ越す前の小学校が同じだった連中が高校に何人かおり、岳と須永の関係を面白半分に聞いた連中が二人を無理やり引き合わせたのだった。

 須永は押し黙ったまま膝を抱え、体育座りをしている。

 岳は苛立ちを滲ませながらも須永の隣に腰を下ろす。

 すると、周りの男子達は囃し立てるのをやめて息を呑んだ。

 岳が話し掛ける。


「よぉ。久しぶり」

「あ…あぁ…。うん…」


 須永が小さく頷く。泣き出しそうな顔のようにも思える。


「親父…元気にしてんの?」

「うん。元気だよ…」

「まだ生きてんだ。そっか」


 そう言うと岳は立ち上がり、教室へ戻ろうとする。呼び出した男子が岳の肩を掴む。


「おい!もう終わっちゃうの!?」


 掴まれた手を振り解くと岳は怒りを露にした。


「二度とこんな事すんなよ。あいつにも」

「いや、なんか…ごめん…」


 岳は無言のまま教室へ戻ると、その日はそれ以降誰とも口を利かなかった。

 須永本人に怒りを感じたことは無かった。家庭に不和をもたらし、岳の同級生の母親と堂々と不倫関係を続け、再婚を果たした父親への怒りが再び蘇ったのだ。

 自分ではどうしても消せない過去を引っ張り出され、囃し立てられた屈辱の原因を作った男。

 岳は悔しさと怒りの為に押し黙る以外の方法を選べなかった。


 放課後になると岳は部活へも行かずに帰ってしまった為に純は電車に乗って一人で帰ることにした。

 秩父線で隣の寄居駅まで行き、東上線で男衾まで帰る。

 山に立てられた巨大文字看板「歴史のまち寄居町」の「歴」の字は「厂」だけを残し中の字が滑落してしまっている。

 純はそれを見る度に「ガンダレのまち、寄居町」と言っていた。


 寄居駅へ到着し、東上線に乗り込み発車を待っていると見覚えのある少女が乗り込んできた。

 春休みにコンビニで見掛けた少女だった。


 制服がまだ真新しく、スカートの丈も長いままだった。高校では女子達が如何にギリギリまでスカートを短く出来るか試行錯誤、切磋琢磨していた。

 そのため、スカート留め用の安全ピンは教室の掃除をする度に毎回出現する。


 斜め向かいに座った少女は手鏡を取り出す。素早く髪を整え直すと、今度は鞄から教科書を取り出す。

 その一挙一動に純は思わず見惚れると、再び顔が赤くなるのを感じ始めた。異常を悟られまいと下を向く。

 電車が出発し男衾へ着くまで、純はそうしていた。


 下を向いたまま電車を降りると背後に気配を感じた。その少女も男衾で降りたのだ。

 颯爽と純を追い抜いて行く。長い髪に見惚れながら後ろを歩きながら駅の階段を上る。

 小さく古い駅舎を出ようとすると少女が鞄の中を探り始めた。純はその横で意味も無く空を見上げ、立ち止まった。

 少女は鞄の中から携帯電話を見つけると一瞬、安堵の表情を浮かべた。


 純は話し掛けようか迷ったが、胸が激しく鼓動を打っている為に中々行動に移せずにいる。

 躊躇しているうちに少女が駅を出る様子になったので、純は急いで声を掛けた。


「あ、あの!」

「はい…」


 思わず大きな声が出た為に、純は自分の声に驚いた。少女は純に向き直り、微笑を浮かべている。

 少女の声は思っていたよりもやや高かったが、耳に馴染みやすい声だと純は感じた。


「あの、君は何年生…?」

「私ですか…?一年です」

「そっか…。まぁ、俺は二年なんだけどさ」

「はい…。あの、何か…?」

「いや、大丈夫。俺、新川。ありがとう」

「あぁ…。私は瀧川です。では、失礼します」


 少女は戸惑いの表情を浮かべながらも純に会釈し、駅を出て行った。

「瀧川さんか」

 純は満足そうな笑みを浮かべながら、歩いて帰る少女の後姿を見届けた。


 家に帰り部屋へ戻ると、純は少女の事を想いながらベッドへ寝転んだ。

 少女の声や微笑、戸惑った表情を繰り返し思い出す。次に会ったら挨拶くらいは出来るだろうし、してみよう。そう考えると、これからの電車通学が楽しみで堪らなくなった。


 朝、純が学校へ向かうと抜けようと黒や犬のイラストのジャージに身を包んだ4人組が校門の脇に立っているのが見えた。

 髪を染めている生徒などを呼び止めている。

 純は呼び止められた生徒の脇を抜け、校舎へ入る。

 廊下に人だかりが出来ている。頭に包帯を巻いた嶋田を内山や岳の他、数名が取り囲んでいた。


 嶋田が禁煙パイポを咥えながら、しかめっ面で何が起きたかを説明している。


「駅で小嶋組の奴に呼び止められてよ「テメー何襟足のばしてんだ」って絡んで来たから「関係ねぇだろ」って言ったら「やれるもんならやってみろ」とか言うからよ。頭来て掛かっていったら頭掴まれて支柱にボカーンよ」

「そんな強ぇの?」


 米田と内山が怯え切った表情で聞く。内山に至っては青白い顔を浮かべている。


「強ぇ。シャブやってるから感じねぇとかヌカしてたぜ。今日も校門とこに居ただろ?先公達も何もしねぇだろうしよ…」


 他校の生徒との喧嘩なら仕方ないが、地元のヤクザがわざわざ高校生を掴まえ因縁をつけ、暴行を加えるという異常事態に一同は沈んだ表情になった。

 その時、大仁多というHydeに似ていると言われていた生徒が一同の下に駆け寄ってきた。


「大変だよ!石垣が小嶋の連中追っ払ったって!」

「マジかよ!」


 大仁多によると石垣が校門に立つ小嶋組の連中の前に立ちはだかり、ひと悶着があったとの事だった。

 米田が嬉々とした顔で詳細を大仁多に尋ねる。


「どんなんだったんだよ!?」

「俺の生徒達に手ぇ出したらぶっ殺すぞ!とかめっちゃ吠えてたってよ!奴ら校門から居なくなったよ!」

「さすが石垣だぜ!これで静かになるだろ?良かったな。岳なんか頭染めちゃったから真っ先に狙われるだろ」


 岳は頭を掻きながら「まぁ…」と曖昧に頷く。米田の嬉々とした表情と裏腹に嶋田の表情は曇ったままだった。


「いや、そんなんじゃダメだ。あいつらもシノギがあるだろうし、絶対引き下がる訳がねぇ」

「何でこの高校ってこんなに平和じゃねーの…?」


 米田の言葉に皆が賛同した。特に純は岳と同様、彼らに狙われる要素があった事を思い出す。


「去年さ、バイクの事で先輩経由でヤクザから呼ばれたんだけどさ…。乗ってたらヤバいかな?」

「新川君、乗るのはもう止めた方がいいぜ。俺みたいに頭割られるぜ」

「そりゃ困るわ…」

「先公が幾ら言っても俺ら言う事聞かないから、風紀委員として学校が小嶋雇ったんじゃねーの?」


 岳の言葉に一同は大笑いしたが「それは有り得るかも」と妙に納得していた。

 帰り道が楽しみだった純の胸に重たい雲がもやを作った。

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