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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
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放課後

放課後、岳は蛍光灯の一件で呼び出され校長室へと向かう。

誰も居ない教室へ戻ると、そこに現れたのは…。

「なーんでサッカー部じゃねーの!?純!裏切りだぜぇ!?」


 昼休み。佑太は純が剣道部に入部した事を知ると、必死に自らが在籍するサッカー部への勧誘を始めていた。


「なぁ、俺と一緒にエース目指そうぜ?な?」

「いやぁ、サッカーは得意じゃないんさ」

「そんな事言わないでさぁ。一緒に汗流そうぜ?俺があれこれ指導すっからさぁ」


 その会話に茜が割り込んで来た。


「指導も何も、佑太ペーペーでしょ」

「違うよぉ!俺にはなんていうの?ムードメイカーってポジションがあるから!」

「それ、試合に関係ないでしょ?」


 茜は純に「部活とか他の事でも、分かんない事あったら何でも聞いてね」と告げると、勝ち誇ったようにその場を去った。佑太は不服そうに純を睨む。


「純さぁ、一体全体、何で剣道部なの?」

「え?「るろうに剣心」に憧れて、かな」

「嘘だろ?」

「本当なんさ」


 純自身、剣道部へ入った明確な理由はその時分からなかった。校内での「所属先」が欲しかったからと思う時もあったが、それよりより大きく明確な理由があった事を純は後に気付く事となる。


 純の答えに呆れたと言わんばかりの様子で佑太が額に手を当てていると、廊下から怒鳴り声が聞こえてきた。

 自分の席で四コマ漫画を描いていた岳は思わず席を立ち、廊下へ飛び出た。


「赤井だ!」


 岳は思わずにやけてしまいそうになりながら「今度は何をしてくれたのか」と思いながら廊下の様子を伺った。

 隣のクラスの赤井あかい 良和よしかずは佑太と同じサッカー部の所属の生徒だった。

 岳と良和が同じクラスになることは一度も無かったが「シュールレアリズム」が好きという共通点と、良和が有する男子中学生の平均値を遥かに凌駕するエロの知識を密かに尊敬していた。


 廊下へ出ると良和は誰かと喧嘩をしているようだった。いつもは眠たげな瞼をしている良和の目が吊り上がっている。

 その相手は「暴力ダイナマイト」と称される程に喧嘩好きな小木おぎ 雅也まさやだった。

 陸上で鍛え上げた肉体を持つ小木が良和を挑発している。


「ヨッシー、来いよ!おら!かかってこいよ!」


 次の瞬間、良和は何かを叫びながら両手を激しく回転させ、小木に向かって行った。

 岳はその様子を手を叩きながら笑って見ていたが、大半の生徒は二人に心配そうな眼差しを向けていた。

 良和の攻撃が思いの外効いた小木は身を丸くし、防御姿勢を取る。それでも構う事なく良和は小木の背中を殴打し続けている。


「待った!待った!ヨッシー、ギブ!」


 息を切らしながら、手を緩めた良和と小木がじっと見つめ合う。小木は右手を腰に当て、左手を軽く上げた。


「ヨッシーの勝ち!なぁ、おい!また「試合」やろうぜ!」


 良和が息を切らしながら答えた。


「……ふぅ……ふぅ……いいよ」


「皆さん!本日の試合は終了です!解散!」


 小木に観客にされた生徒達は皆呆れた様子で散会した。岳が良和に駆け寄る。小木と擦れ違い様に細い体躯の岳は「がっちゃん!肉食えよ!」と声を掛けられた。


「ヨッシー、今の何?」

「え……?わがんね。小木の趣味」


 岳は良和の答えに苦笑いを浮かべ、首を傾げた。


「あっそう、そりゃ手間の掛からない良い趣味だわ。ところで、漫画書けた?」

「あぁ、明日持ってくるよ。もうすぐ、出来る」

「じゃあ俺も合わせるわ」


 その頃、岳と良和は競うようにしてオリジナルの四コマ漫画を描いていた。赤井の漫画のタイトルは「ローランダー、空へ」。岳の漫画のタイトルは「リコシェ」。互いに好きなスピッツの曲タイトルを漫画のタイトルにしていた。


 二人の漫画はいつの間にか生徒達の間で評判になり、描く度に回し読みされた。


 新作漫画の進行具合を確認した岳は教室へ戻った。席に戻るとすぐに佑太が駆け寄ってきた。


「がっちゃん!純、剣道部に入るんだって!」

「はぁ?知らねぇよ。だから何?」

「何?って事はねぇじゃん!クラスメイトだぜ?」

「挨拶もした事ない俺に蛍光灯ぶち撒けられたんだぜ?あいつにとっちゃクラスメイト以下だろ」


 岳は苛立ちながら理科の教科書を取り出した。純に謝れなかった事を後悔していたが、素直に謝る事が出来ないうちに自然と純の事を避けるようになっていた。


「それがさぁ、「るろ剣」に憧れて入ったんだってよぉ」

「ふーん。馬鹿なんかね?」

「純は馬鹿じゃねぇ!」

「うるせぇ……」


 佑太が岳の机を叩く。岳はその行為に軽く苛立ちを覚える。


「そうかそうか、俺は馬鹿かどうか分かるほど、純君を知らねぇよ」

「馬鹿じゃあないけど……純を剣道部に取られたのショックでさぁ……」

「取られたとかホモかよ。第一さ、佑太は最近部活出てんの?」

「いや……それはさぁ、まぁいいじゃん!」


 中学二年なってから、佑太は部活に顔を出さない日々が続いていた。サッカー部の面々が佑太に腹を立てていると言う話は岳の耳にも届いていたが、岳は部内で佑太がぞんざいな扱いを受けている事を噂で知り、そのことに関して積極的に干渉する気にはなれなかった。

 第一、岳は文化活動部という目的不明、校内でも正体不明とされていた帰宅部のような部活に属していたのだった。


 岳が佑太と目を合わす。


「佑太、今日は一緒に帰んねーぞ」

「何で?」

「呼び出し。校長室」

「……ごくろうさんです!」


 佑太は何の冗談のつもりか、深々と頭を下げた。岳は先日の蛍光灯の一件で放課後校長室に来るよう言われていたのだった。


 その日の授業が終わると、岳は飯田に連れられて校長室へ向かった。

 飯田がノックし入室すると、中はファイル棚の並んだ十二畳ほどの部屋になっていた。中央に少し大きめの校長席。その横に32型のブラウン管のテレビ。校長室に豪華絢爛なイメージを持っていた岳は、その簡素な部屋を眺めると拍子抜けした。

 部屋の左側の棚に小さな木彫りの熊の工芸品が置かれているのが目についた。部屋を見渡したが装飾品と呼べるものはそれくらいしか無かった。

 やや小柄の校長は薄めのサングラスをかけ、群青色の扇子を扇ぎ窓の外を眺めながら待っていた。

 スペインでの生活経験があると言うこの年に赴任して来た校長は生徒達の間で「スペイン」と呼ばれていた。

 スペインが振り返り、飯田に声を掛けた。


「飯田先生。申し訳ないが、外してもらえるかな?」

「はい、猪名川!ちゃんとあった事をお話するんだぞ?」


 岳にそう告げると飯田は静かに退室した。校長から直々に説教されるとは、これは大事なのかもしれない。と、岳が緊張を覚え始めた途端、スペインは扇子を閉じた。

 机に座り、岳と向き合う。


「今日は、少し蒸すね」

「そうですね」


 そのままの状態でしばらく見詰め合う。スペインの目が、穏やかに笑っている様子が伺える。

 しかし、説教がいつ始まるのかと思うと岳は決して穏やかではいられなかった。


「蛍光灯ね、弁償とかお金は別にいらないからね。どうせ消耗品だから」

「ショーモーヒンですか?まぁ、あ、はい。ありがとうございます。あの、本当すいませんでした」

「うん。それで、君に怪我は無かったのかな?」

「はい」

「そうか、それならいいんだ」

「ありがとうございます」

「うん。ところで、ここら辺の夏は暑いのかな?」


 急に話が飛躍したので岳は少々面食らったが、その質問に真面目に答えた。


「はい。盆地というか、平野と山の境なので熱が溜まりやすく暑くなると習いました。実際、とんでもないくらい暑いです」

「そうかぁ、山に囲まれて、田畑もあって、長閑ではあるが避暑地みたいなところではないんだな……」

「はい」


 しばらくの沈黙の後、スペインは「じゃあ今後充分、気を付けて」と言い岳を退室させた。

 岳は思わず拍子抜けしたが「あの校長は良い奴だ」と皆に宣伝してやろうと目論んだ。岳の目が、もし反抗的な意思を持っていたら当然対応は変わっていただろう事も考えずに。


 階段を駆け上がり「文化活動部」の部室へ入る。十二畳程のスペースに六畳の畳と長机が二脚、置かれている。

 畳は名目上「囲碁」「将棋」を打つ時に使用するものらしかったが真面目に文化活動を嗜む生徒は皆無だった。

 それどころか初老の顧問の引田は畳の上で鼾を掻いて寝ていた。

 顧問の引田以外に誰の姿も無かったので岳は長机の上に置かれていた音楽雑誌に目を通した。

 目当てのアーティストの記事もなく、鼾を掻いたままの引田が起きる様子もないので帰宅しようと教室へ向かう。

 部室を出ると、夏の夕方特有の蒸し暑さを感じさせるような熱気がまだ春の暗い廊下に満ちていた。


 岳が教室へ戻ると誰も残っていなかった。放課後の静かな気配に満ちた教室は、古びた木のような、温もりのある独特な匂いがする。窓を開けグラウンドを眺めると、サッカー部の様子を伺った。

 ひと際焼けた肌の佑太が目に入って来た。ボールを必死に追い掛けている。

 岳は僅かばかりの安堵を覚えると、鞄に教科書を入れ始めた。

 教室内は夏を帯びたような橙色の斜陽で染められており、早く夏が来ればいいのにな、と岳は思っていた。


 その時、誰かが教室に近づいて来る気配がした。

 岳は教室前方のドアに顔を向ける。

 誰かが入って来た。それはジャージ姿の男子生徒だった。


「あ、どうも」


 校長室から解放された岳の胸に再び緊張が走る。

 放課後の教室に入ってきたのは、新川 純だった。

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