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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
23/183

七夕祭り

隣町で行われる祭りに出向く純と岳

杉下と茜と四人で向かった七夕祭り

純は杉下の想いに気付いてはいるが…

 七夕当日。純と岳の待ち合わせ場所は男衾駅にした。杉下と茜とは七夕祭り会場である小川町駅前のローソンで合流することになっていた。男女四人で祭りへ向かう所を同級生に見られたら、すぐに噂になってしまう事を恐れた。


 寄居町は予報通り夕方前から雲行きが変わり、霧雨程度の雨が降り出していた。埼玉北部の夏の暑さは霧雨程度で早々簡単に解消されるものではなく、寧ろ湿度が上がったせいなのか外は熱気が立ち込めていた。

 夕方五時過ぎ。男衾駅へ向かう者の中に浴衣姿や家族連れ等がちらほらと姿を現し始めた。

 小川行きの電車を待つ間、岳は浴衣姿の少女を眺めていた。


「浴衣とか気合い入ってんなぁ。純君、女の子の浴衣ってどう?」

「あぁ、可愛いし色っぽくて良いね」

「そうそう。色っぽいんだよなぁ」

「あれを色っぽく思えなくなったら不健康だね」


 岳はふと思いつき、軽い悪戯心から純に尋ねてみる。恐らく、純も心の何処かで思っているであろう事を。


「杉下、今日浴衣かな?」

「ははは。だったら、どうしよっかな」

「どうしよっかなって、何するつもりだよ。スケベマンだなぁ」

「はだけちゃったりとか、キャー」


 そう言うと純は照れ隠しのように頬に手を当て、にやけ始めた。しかし、純が真っ先に思い描いたのは杉下の浴衣姿ではなく、柔和に微笑む茜の浴衣姿であった。それが答えであり、それが現実でもあった。

 同時に、岳も茜の浴衣姿を一瞬想像していた。きっと似合うだろうと思うと、何故か静かな気持ちになった。

 ワイパーを動かしながら、四両編成の列車がホームに滑り込んでくる。いつもよりかなり多目の乗客の数に純と岳は目を丸くした。


「純君、田舎電車なのに座れないよ」

「皆、行く所が他に無いんだね」

「あ」


 ホームに居る時には気が付かなかったが、車内に佑太と安西の姿があった。佑太は黒のタンクトップに赤いハーフパンツ、安西は白い浴衣姿であった。安西はふくよかな体系ゆえ、その浴衣姿に二人はふと、温泉宿を思い浮かべた。

 岳が感心したように頷いた。


「あれぞ「日本のおっかさん」って感じだな」

「何かさ、温泉の女将とか仲居さんっぽいね」

「佑太は何係だろ。フロントじゃねーよな」

「覗きの常習犯」

「ははは。それだわ」


 二人が話していると佑太がこちらへ向かってきた。


「何だよー!おまえらも行くの?声掛けてくれよぉ」

「せっかくのデートなんだろ?邪魔しちゃ悪いと思って」


 岳がそう言うと、純が二人を見つけ、気になった事を佑太に尋ねた。


「あれ。さっきさ、佑太達ホームに居た?」

「ううん。ライフで遊んで寄居から乗ってきた」

「へぇ。安西さん、浴衣でかい?」

「そう。皆にお披露目ってやつ」

「そ、そうかい。いいね。まぁ、何というか、頑張ってくれ」

「何をだよ!」


 男衾駅は東上線で見ると寄居町の最初の駅に位置し、数駅を経て街中の寄居駅に辿り着く。寄居駅前にはライフという大型のスーパーマーケットがあり、そこにはゲームセンターや本屋、服屋、雑貨屋など他の店舗も併設され、寄居町の数少ない貴重な遊び場の一つとなっていた。

 小川駅にも大型のヤオコーがあり、屋上にはゲームセンター。そしてやや離れた場所にはラブホテルを改築した5階建て程の大きなカラオケボックスがあった。


 佑太は良和が来て居ない事を知ると、残念そうに安西の元へ戻って行った。

 岳と純はしばらく二人の様子を眺めていた。佑太が何か言うと、安西は楽しげに笑っていた。


「仲良いよなぁ、あの二人」

「安西さんがしっかりしてんじゃないかな。佑太がリードってのは、うーん…」

「やっぱそうだよな。長続きするのって相手の性格も重要だわ」

「それが一番なんだろうね、きっと」


 電車はすぐに小川駅に着いた。駅のホームは七夕飾りや笹飾りで彩られていた。七夕飾りの吹流しが顔に当たり、岳はくしゃみをしそうになる。

 外へ出ると霧雨は小雨に変わっていた。祭りの中止を危惧したものの、予定通り行われると駅前で役員がアナウンスしていた。

 ローソンの前で杉下と茜を探したが、それらしき姿は見当たらなかった。携帯電話が中学生の間には普及していない時代だったので、純と岳はひたすら待つ他無かった。

 純が混雑している店内で立ち読みをしていると、岳が何か買い物をして外へ出た。それに気付いた純が外へ出ると、岳がプルトップを開け、それを一気に飲み始めた。


「あぁ!うめぇなぁ」

「がっちゃん!それ!」

「え?そう。ビール。祭りだから」

「ははは!大丈夫かい!?」

「うん。うちは小五からオーケーなんだ」

「国がダメだよ!」


 岳の家は母と義父が共に宮城出身で酒好きだった事もあり、小学校の時から夕飯を食べながら酒を飲まされる事があった。中学校に入ってからは時折缶チューハイやビールを自主的に飲むようになっていた。


「純君さ、緊張してんだよ」

「え?森下かい?」

「……」


 岳は何も言わずビールを飲み干すと、空き缶をゴミ箱へ勢い良く投げ入れた。


「違うよ。今日、新しいカップルが目の前で誕生すんのかと思うと、緊張しちまって」


 そう言うと岳は厭らしく純に微笑んだ。


「いやー、それはないんじゃないかな。この天気だし」

「大人の聴くムード歌謡じゃ男と女は雨ってのが決まってんだよ」

「それ、やらしい関係の男女じゃない?酔ってる?」

「まだ酔ってねぇよ!東北の血、舐めんなよ!」


 純は岳の心からの緊張を見て取ると、自分のした事の大きさに悩み出しそうになった。しかし、現在進行形である悩みは今からやって来ようとしていた。


「ごめん!おまたせ!」


 二人の所へ杉下が走って来る。その後ろに傘を差した茜の姿があった。杉下も茜も浴衣姿ではなく、雨のせいもあってか、シャツとハーフパンツという出で立ちだった。


「じゅんじゅん、雨だけど大丈夫?傘、ある?」

「あぁ。持ってるよ」

「じゃあ行こうか。お祭り、街の中だから。歩いてすぐだけど」

「うん。行ってみようか。俺、この街良く知らないからさ、案内してもらっていいかい?」

「あ、そうだよね。任せて!」


 岳と茜はやや離れた場所から気まずそうに片手だけを上げ、挨拶し合った。茜は笑顔を作るが、何処かぎこちなかった。茜が岳に近寄り、声を掛ける。


「元気?」

「うん。森下は?」

「うん。私はいつも元気」

「そっか。何か、ごめん」

「何が?」

「いや、いいや」

「ねぇ」


 茜は何に対して謝ったのかを聞こうとしたが、何かを諦め切ったような岳の表情を見て話題を変えた。


「あのさ…。今日、私達って何の意味があるの?」

「それは俺も聞きたいよ。二人だけで来れば良かったのにな」

「本当にね。勇気が無かったのかな」


「二人だけで来れば良かったのにな」その言葉に茜は岳の遠まわしな拒絶を感じた。それと同時に岳は「勇気が無かったのかな」という茜の言葉に自分の事を言われているような思いがして、情けなさがぶり返した。


「じゃあ今から出発!迷子にならないようにね!」


 杉下の合図で四人は街中へと向かった。杉下の隣を茜が歩く。純と岳は並びながら歩き、屋台や笹飾りで隠れた小川町の風景を岳が純に教えながら、ゆっくりと進んで行った。

 人の渋滞を進んで行くと花火が打ち上げられた。メインイベントと言っても過言ではなかったが、雨と人の多さに四人の足取りは遅々として進まなかった。


 茜が振り返る。


「ねぇ!花火見に行く!?」

「いや、いいんじゃない!?」


 大声で茜と純がやり取りしている。雨と人の渋滞、そして酔いの為に岳は眠気を覚え、何も喋らなくなった。

 しばらく進むと茜と杉下がある集団と合流し、何かを覗き込んでいた。それは偶然居合わせた茜の家族だった。茜の母はまだ赤ちゃんと呼ぶ年頃の、茜の年の離れた弟を連れて来ていた。

 杉下が「可愛い!」と大きな声を出しながら眺めている。

 それにつられ、純と岳も覗き込む。

 あまりに小さな手足に、純と岳は思わず微笑んだ。指を差し出すと、その小さな手で指を離すまいと握るのだった。その行動に力強さと愛しさを感じた。

 茜と茜の母が純に「抱いてみる?」と尋ねると、純は血相を変えて「いやいや!」と辞退した。

 打ち上げられる花火もそっちのけで、四人は小さな命を見つめていた。


 その後も杉下と純が二人きりになる事は無く、茜と杉下。そして純と岳。という横並びで街中を進んで行った。

 そして駅まで戻ると「混雑する前に帰ろう」という事で茜と杉下は先に帰ってしまった。

 岳と純は残りの花火そっちのけでロカビリーダンスを踊るリーゼントの集団を見て、小川町を後にした。


「何も無かったな」

「無かったね」


 そう言うと純と岳は何故かおかしくてたまらなくなり、電車の中で笑い合った。

 本当に何も無いとはこの事だ、と言わんばかりに笑い合った。

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