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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
22/183

夏休み

中学二年。一学期終業式を迎えたその日、教室は夏休みを前にした生徒達の騒めきに満ちて居た。

 中学二年・一学期終業式。


 2年4組担任の飯田は一学期最後のホームルームを行った。

 教室内は夏休みを前にした生徒達の浮き足立った空気で満ちていた。


「一学期は今日で最後になります。遊びに出る機会も増えるとは思いますが、皆にはくれぐれも事故、怪我のないよう過ごして欲しい。そして二学期、日に焼けた皆の顔とまた会えたらと思ってます!以上!気を付けて帰るように!」


 その瞬間、生徒達は学校という日常から解放され、たちまち教室内は賑やかな雰囲気になる。

 佑太が「全員、あがれあがれぇ」と間延びした声で、サッカー部顧問の口癖を真似している。

 飯田はどこか微笑ましい気持ちで教室内をしばらくの間、眺めていた。

 純は如何にも面倒臭そうな表情を浮かべ、美術用の図画版を手にし、溜息をついた。純は絵を描く事を何よりの苦手としており、人生において何ら必要性を見出せないただの苦行そのものでしか無かった。

 ふと思いついて、図画版を叩きながら美術が得意科目の岳に声を掛けた。


「がっちゃん。悪いんだけど、宿題の絵を描くんにさ、何か良い方法あったら教えてくれん?」

「教えて描けるんだったら教えてやるよ」


 そう言って高笑いする岳の前で、純は頭を掻いた。

 笑いが収まると机を白紙に見立て、岳が絵の基本を説明した。


「描きたいものが決まらなかったらその辺の風景でも写生すりゃいいんだよ。山でも畑でも、描きやすいもんでいいから」

「ほう。どんな風に描けばいいんかな?」

「そうだな…。道を歩いてる時って前を見て歩くじゃん?」

「俺は…下かな」

「下かよ。面倒くせぇな。まぁ下で良いや。下を見る時にさ、必ず中心となってる点があるんだよ」

「視点の中心てこと?」

「そう。その点をまず紙の真ん中に描く。あとは風景を見てる自分に向かって線を引っ張って、それに沿って風景を描いていけばいいだけ」

「なるほど。そうか、点か…」

「前見てた方が奥行きあるから、説明しやすかったんだけどな」


 後日。絵が不得意だった純がその夏休みに描いたのは、真上から見た横断歩道だった。しかもそこを巨大な「てんとう虫」が横切っている絵だった。

 岳はその絵を見て純に「真上!?幽体離脱でもしたの?」と笑った。


 学期末に向けて段取り良く荷物を持って帰る生徒は少なかった為、皆がいつもより時間の掛かる帰り支度をしている。

 慌しい教室内で岳が玲奈に何気なく「夏休み何すんの?」と聞くと、玲奈は頬を手にやり「セックスの勉強」と答えた。岳が「じゃあ実技だ」と返すと、佑太が「俺もする!」と二人に混ざった。

 岳と玲奈は無意識に佑太と安西の間で行われる事を想像し、玲奈が「佑太が言うと生々しいんだよ」と返した。


 茜は純の耳元で念仏のように「夏休み部活に来い夏休み部活に来い」と繰り返し言い続けている。純も負けじと「はいはい。はいはい」と繰り返し言い続けている。

 部活念仏をぴたりと止めた茜は純の耳から顔を離した。


「純君、マジだかんね?部活、ちゃんと来なよ?」

「分かってるって!ちゃんと行くからさ。勘弁してくれよ」

「部活来なかったら白い目で見るからね?」

「いつもじゃん」

「何それ!生意気!」


 そう言うと茜は純を軽く叩いた。純は笑っていた。


 学級委員の吉正よしまさは早々に帰り支度を終え、立ちながら窓の外を眺めている。

「雲の様子からして、今日は雷が来るかもしれないわ」

 と、少し女のような口調で呟いた。すると近くにいたクラスメイトの女子が不思議そうな顔で「何で分かるの?」と尋ねた。

 吉正はにやり、と微笑むと

「根拠はあるけど、男の勘よ」

 と答えた。

 開け放たれた窓から見える入道雲は、まるで次から次へと地面から生えて来るように見えた。


 終業式が終わると生徒達は一目散に学校から飛び出した。校門から吐き出されていく生徒達の中には岳や佑太、純、良和の姿もあった。

 その帰り、彼等は佑太の家で買ったばかりだという「もののけ姫」のビデオを鑑賞していた。

 独特の雰囲気の世界観に一同は見とれ、岳が何気なく「サンと付き合いたい」と漏らすと、良和が「本当の意味で食われるで」と笑った。

 佑太が「夏休み皆で屋久杉行こうぜ!」と思いつきで誘ったが、予算を考えるとそれはすぐに却下された。

 そして、彼等は特別な計画を立てる訳でもなく、待ちに待った夏休みが始まった。


 その日の夕方。純は家に帰るとすぐに茜へ電話を掛けた。大切な用件がある事をずっと忘れていたのだった。


「あ、もしもし?俺だけど」

「あぁ、純君。どうしたの?」

「確認すんの忘れてたんだけどさ、杉下さんから七夕の事聞いてるかい?」

「あーあ…うん。誘われた」


 ふと、茜の頭に岳が過ぎった。原因が分からないまま岳とは夏休み前からずっと、口を聞いていないままだった。思わず返事も曖昧なものになる。


「森下、行けそうかい?」

「まぁ…予定は空いてるから大丈夫だけど」


 茜の何故か曖昧な返事に、純は不安を覚えた。


「森下さ、あんま乗り気じゃない?」

「だって八恵は本当だったら純君と二人で行きたいんじゃないの?私も一緒に行くって、何かおかしくない?そんなのって、良いの?」

「まぁ俺に言われてもって感じなんだけどさ…」

「ええー!何なの?だから優柔不断なんだよ。男ならビシッとハッキリしなさい!」


 純は言葉を濁そうと考えたが、ここで断られたら杉下と二人きりになる可能性もあると考え、素直な気持ちをそのまま口にした。


「じゃあ、皆で行きたいから来てよ」

「何その「じゃあ」って。ねぇ、がっちゃんも来るんでしょ?」

「え?あぁ。そうだね」

「ふーん…。どうしよっかな」

「いや、マジで頼むよ。マジ、来てくれん?がっちゃんが嫌かい?」

「別にそんなんじゃないけど…。何かさぁ、最近私がっちゃんに避けられてない?」

「え?そうなんかい?」

「うーん。何となくだけど」

「気のせいだと思うよ。がっちゃん別に何も言ってないし」

「そっか…そうだよね。席離れたから、あんま話さなくなっただけだよね。じゃあ新川夫妻を冷やかしに行こうかな」

「いやー、ありがとう…。助かるわ」

「純君!八恵から逃げてる訳じゃないよね?」

「え?いやいや。何ていうか…俺は皆が楽しければそれで良いと思うんさ」

「そんなんじゃ騙されません!ねぇ、八恵の気持ちにちゃんと答えてあげなよ?」

「うん。そのうち、ちゃんとするよ」

「もう!何なの本当に!」


 その後二人は他愛も無い話をして電話を切った。純は岳にも確認を取らなければならないと思い、夕飯を済ませると岳へ電話を掛けた。

 岳は皆で遊ぶ計画を立てても、余程重要なイベントが無い限り気が乗らなくなると当日でも平気で断る

 癖があった。

 岳の家へ電話を掛けると母親の呼び出しの声の後、しばらくしてから岳が出た。


「もしもし…」


 酷く眠そうな声をしている。


「あ、がっちゃん?寝てた?」

「あぁ…。今起きた…。ねっみぃよ。んで、どうしたんよ?」

「一応確認でさ。七夕なんだけどさ、行けるかい?」

「うん、七夕ね。いいんじゃない?」


 岳が自分に関わる事をまるで人事のように物を言う時は、関心をなくしている証拠であった。茜と三人で行けば杉下と二人きりにさせられてしまう、と純は焦った。


「がっちゃん、大丈夫かい?」

「行くよ。大丈夫だよ」

「あぁ…安心した…。すまんね」


 安心したのも束の間、すぐに次の問題がぶり返した。


「純君さぁ、告られるんじゃないの?」

「うーん…そうなんかな?」

「ていうか告白したいんだと思うんだけど。俺すっげー邪魔みたいじゃない?」

「あぁ…何か同じような事、森下も言っててさ…」

「そりゃ誰だって思うよ。まぁ…行くけどさ」

「すまんね…。がっちゃん、森下大丈夫かい?」

「何が?」

「いや…」

「俺が避けてんのかなーって思った?」

「え?あぁ…。そんな気がしてさ」

「なんかねぇ。自分が情けなくてね。話す気になんねーわ」

「もう大丈夫なんじゃないかい?普通に話してみたら?」

「まぁ…そん時考えるわ。とりあえず、行くよ」

「ありがとう。また時間分かったら連絡するからさ」

「うん。夜、家に居なかったら良和ん家に居るから」

「オッケー」


 電話を切ると純は岳と茜の間に生まれたわだかまりについて考えた。しかし、「これで良かったんだ」と自分に言い聞かせることしか純には出来なかった。


 ふと、居間のテレビに目を向ける。天気予報が流れていた。

 七夕の日は、小雨の予報だった。

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