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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
21/183

軋轢と溝

「贔屓事件」について生徒達が謝罪するも、一切授業態度を変えようとしない大河原に担任の飯田が大河原に物申すが…。

そして、猿渡は疎外感の果てに…。

 2年4組の担任・飯田 香苗はホームルームが終わると徳永と谷郷を始めとする生徒数名の訴えに耳を貸していた。

 谷郷が悲しげな表情を浮かべ、飯田に訴えた。


「先生、俺達やっぱりあんな授業耐えられません」


 徳永も続ける。


「最初は俺達が悪いなって思ってたけど、正直酷すぎるっていうか。授業参観の時だけカセットテープの授業じゃないし。「徳永君」とか呼ぶんすよ。それこそ「贔屓」じゃんって思って……」


 大河原の機械的に行われる英語の授業に生徒達は辟易としていた。

 授業参観のある日のみ、父兄達の前では至って「普通」の授業を大河原は演じて見せた。

 それが生徒達には耐え切れなかった。

 飯田は生徒達の必死の訴えを受け取った。


「分かった。先生がもう一度、話してみるよ」

「よろしくお願いします」


 生徒達の訴えは切実なものがあった。英語の授業は始まる度にうんざり、早く終われば良いのに、と授業中は誰もが感じていた。元々興味のない科目は最低限しかしない岳に至っては、授業すら受けない事もあった。

 日に日に深くなる大河原と生徒達の間に出来た溝を、飯田は見過ごすわけには行かなかった。


 職員室で採点している大河原に飯田が声を掛ける。顔を上げた大河原が笑顔になる。


「先生。うちの生徒達に対する授業なんだけどね」


 飯田がそう言った途端、大河原の表情は真顔になった。


「飯田先生。あれは私なりの教育です。極めて平等に授業を行う為には仕方のない事なんです。彼等が私に謝れば済むとか、そういう話ではありませんから」

「でも先生、授業参観だけは普通の授業してるなんて、おかしくありませんか?」


 大河原は眉間に皺を寄せ、飯田を睨んだ。


「誰から聞いたんです?」

「犯人探しはやめましょうよ。何故、その時だけ授業内容を変更したんですか?」

「父兄の前でいつもの授業を行えば学校に迷惑が掛かりますから」


 そう言うと、大河原は再び採点を始めた。


「大河原さん。それは違うよ」

「何がです?」

「学校に迷惑掛けたくないなら、彼等と向き合って話をしてあげて下さい」

「話し合い?彼等はまだ何も分からないですよ」

「いいえ。あなたが思うより、彼等はずっと大人です!」


 飯田の声に職員室に居た数名の教師が振り返る。


「大人?どこがです?「贔屓」だ「贔屓」だと差別を助長するように囃し立て、自分達にある否が何だったのか理解しようともしない。謝ればそれで済むと思ってる姿勢自体、私には理解出来ません」

「だったら大人のあんたが「大人」にならなきゃダメだよ」

「40人近くの生徒と向き合えと?私が参ってしまいますよ」

「教育者なら、耳を傾けてやって下さい」

「教育者が聖人じゃないなんて事くらい、私は自覚もあるし分かってるつもりです。私は人間です。傷つきもします。その心情を理解させる為にも、方針を変える訳にはいきません。これは教育なんです」

「あなたなりの教育?心情の理解に成長が伴うのは仕方ないです。彼等には理解出来ない部分はあるかもしれない。けど、それは教師の役目ですか?」

「私ははっきりと、そうだと言わせてもらいます。多くの時間を過ごすのは学校ですから。家庭では対応し切れない部分があります」

「あなた自身が問題を生み出してるように私は思う。心情の成長を別にしても、うちのクラスだけ英語の学力が他のクラスと比べて大幅に下がっていること、もちろんご存知でしょ?これは大河原先生の職務放棄と取られても仕方ないですよ?」

「そうなるなら、そうなんでしょうね。なら、生徒は努力するべきです」

「だったらあんたがもっとしっかりしろよ!あんたの教育論は都合が良すぎるんだよ!」


 荒げた声に教頭と教師数名が二人の間に割って入った。大河原は髪をかき上げ、飯田を刺すような目で睨んだ。


「話はそれだけですか?」

「もう、いい。私の生徒は私が守ります」

「そうですか。頑張って下さい」


 頭を抱え、その場を離れた飯田に理科の上川が声を掛けた。


「飯田先生。ご苦労様です」

「あぁ……。参りましたね」

「ちょっといいですか……?」

「え、何です?」

「大河原さんね、実は学校側に結構な数のクレームが入ってて」

「まぁ、そりゃそうだよね……」

「ここだけの話、来年度は飛ばされるんじゃないかって噂ですよ……」

「その方が生徒にとってはいいのかもしれないですね……。和解は不可能でしょうね」

「だいぶめちゃくちゃな生徒ばかり揃ってますが……教師が実力行使に出てはね……」

「そうですね。本当に……」


 大河原はその後も眉間に皺を寄せながら採点をし続けた。

 そしてその後も、2年4組の授業だけは機械的に行われた。


 高梨が「夏休み中、文化活動部はプレイステーションで遊ぶ事にしよう」と提案した。

 顧問の引田は「それってエッチなヤツか?」と鼻の穴を膨らませたが、高梨が「テレビゲームだよ」と説明すると、つまらなそうに「好きにしろ」と承認した。文化的な活動には違いない、と乗り気になった岳は視聴覚室からゲーム用のモニターを盗むことにした。

 昼休み、岳が階段を駆け上がっていると階上に現れたのは大河原だった。

 岳は無視し、挨拶もなしに擦れ違う。

 すると、階下の大河原が岳に声を掛けた。


「猪名川君」

「はい。何です?」

「今の授業はあなた達の為にあるの。それを分かって欲しい」

「そうなんですか。俺には関係ないですから。じゃあ」

「待ちなさい!勉強だけが先生の役目じゃ」


 大河原の声を岳は遮った。


「そういうのは自分でやって行くから良いです。余計な事すると疲れますよ。じゃあ」


 岳は階上へと消えていった。一人残された大河原は下唇を噛み、溜息を漏らした。

 そして、巻き戻せなくなった時の流れを痛感していた。


 放課後、部室にモニターのみならずパソコン一式を運び込んだ岳が高梨と起動設定をしていると良和が部室に飛び込んで来た。


「がっちゃん!猿が大変!早く!」

「何だよ」


 良和と共に2年4組へ入ろうとすると入り口に人だかりが出来ていた。

 中から猿渡が絶叫する声が聞こえてきた。

 教室へ入るとカッターナイフを手首に押し当てた猿渡が絶叫していた。


「お、お前達!どうせ俺の事が嫌いなんだろ!?嫌いなんだろ!」


 玲奈と茜、そして千代が猿渡の前に立っている。

 後から駆けつけて来た佑太が猿渡の前へ立つ。


「おい!やめろよ!」

「うるせー!どうせお前も、俺が嫌いなんだろ!?ここで死んでやる!死んでやる!」

「あぁ!嫌いだね!お前みてーな男らしくねぇ奴、俺は好きじゃねぇ!」

「うるせー!どいつもこいつも!うるせーうるせー!」


 茜が「もうやめなよ。仕舞いなよ」と諭すが、猿渡はカッターナイフを手首に押し当てたままだった。


「ど、どうせおまえらも俺の事嫌いなんだろ!?」


 猿渡が再び絶叫すると、玲奈と茜と千代は顔を見合わせ、「せーの」と息を合わせた。そして


「大っ嫌い!」


 と合唱した。次の瞬間、猿渡が「あぁぁぁぁぁぁぁ!」と叫ぶ。

 千代が冷静な口調で言った。


「馬鹿なんじゃないの?こんな事したってどうせこいつ、死なないんだよ。頭が悪いんだよ」


 岳が千代に詰め寄った。


「千代さん、やめろよ」

「え……。だって……」

「いいから。どうせ馬鹿なんだから相手しても仕方ねぇよ」

「うん……」

「馬鹿の相手は馬鹿がするから大丈夫」


 すると岳は猿渡を見据えた。無言のまま、左手首の前に置かれたカッターを引くジェスチャーをする。

 そして


「切れよ」


 笑いながらそう言うと、猿渡に呆れた数名の生徒達と共に廊下へ出て行った。

 その直後、背後から悲鳴が上がった。


 猿渡は疎外感と怒りを刃先に込め、自らの身体を傷つけたのだ。

 教室では指を切った猿渡が血の滴る指を残った生徒達に見せ付けていた。しかし、その血を拭き取ろうとする者は、誰も居なかった。


 佑太が岳に駆け寄る。


「あいつ、マジで切ったぜ。駄々っ子かよ!」

「あぁ」

「がっちゃん、何で切れなんて言ったんよ?」


 岳は歌うように言葉を返した。


「中々切らなかったし、切って死んだら面白いと思って」

「え、そうなん……?」

「うん。でも、半端に切っただけでしょ?だから「つまんねぇ」って言われるんだよな」

「そうだけど……。やっぱがっちゃんも変わってるわ……」

「死んだら描きたかったけど、残念。さて、文活戻るべ」

「あ、そう……。行ってらっしゃい」


 佑太は首を傾げながら、猿渡の様子を伺う為に教室へと戻って行った。

 翌日から猿渡は吹っ切れたように、よりクラス全体に対し反抗的になって行った。


「B-29は竹槍で落とせるんだ!えいやー!突撃!!ぎゃはははは!」


 一人で騒ぎ、喚き、そして最早それについて何か言う生徒は誰も居なくなっていた。

 中学二年。夏休み目前。生徒一人一人が高校受験や、これから先の生き方を意識し始めて居た。


 そして夏休みが訪れた。

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