品川の花火大会は大成功だったぜ
さて、江戸の代表的な花火屋である鍵屋の協力も取り付けたことで、品川での花火大会の開催の目処はついた。
「よし、後は具体的な日程を決めて、告知だな」
当日は目黒川や江戸湾に船を浮かべて、舟遊びをする者もいるであろう。
茶店などは早速、納涼のための川床を設置し始め、河岸に足場を組み、その上に板と畳を敷いて卓を設え、そこで飲食をすることもできるようになっている。
見世物小屋や路上で大道芸を行う者も生き生きとしているし、それを見ている仕事終わりの町人や漁師なども楽しそうだ。
こうして人が集まってくれば、当然ながら男女が顔を合わせる機会も増える。
さて、江戸時代の結婚に関してだが、まず武家や名主などの家系が大事な場合は、縁組みは親が決め、身分が同格の者同士で婚姻関係を結ばせるのだが、この際、本人たちの意思や感情はあまり考慮されず、家同士の結びつきがあくまでも優先された。
大店の商家や職人は、息子に家を継がせず、長女に番頭や弟子から婿を選ぶので、これも本人たちの意思はあまり考慮されなかった。
しかし、一般的な町民なら、寺社詣や芝居見物、花見や花火などの場で相手を見たり、見合いをしたりすることもある。
見合いと言っても、嫁取りの場合は女性を男性が見て、逆に婿入りの場合は男性を女性が見て、気に入ればそのまま結婚して家に入ってもらうし、気に入らなければそのご縁はお断りで、また別の人間と、となっていた。
そして家が関係しない長屋住まいの次男次女以降だと、近しい人と恋仲になった上で、どちらの家にも入ることなく、二人で独立して新しく長屋に住み始めたりする。
そう考えると、こういう花火大会のような大勢が集まる場所というのは、男女が顔を合わせる機会としても悪くないのだろう。
花火大会で告白して二人が結ばれるなんてのは恋愛だとベタベタな定番だが、やはり二人で特別な場所や時間を一緒に過ごすというのは、距離を近づけるのに有効なのだろう。
そして花見のときと同じように、夕涼みは女性たちのおしゃれ自慢の場でもあるから、武家も町人も身分を問わず、皆精一杯に着飾って品川に来ているんだ。
花火大会の日時を決め、それを立て看板などで布告して、ついに当日がやってきた。
街路には提灯が灯されて路面を照らし、河や海に浮かぶ船にもきらびやかに提灯が灯されている。
「ふむ、確かに品川の魚はうまいな」
そんな中で屋形船に設えられた席で、水戸の若様が付き人にたくさん毒味された後の様々な魚や貝の刺し身を、わさび醤油で堪能している。
ちなみに醤油はこの日のために特別に取り寄せたものだ。
「うむ、これもなかなかにうまいのう」
「たしかに生臭さもなく、なかなかに美味ですな」
「うむ、たしかに水戸の若がはまり込むのも分かりますな」
「うむ、全く羨ましいことです」
尾張の殿様も、紀伊の殿様も、伊達の殿様も島津の殿様も、にこやかに笑いながら刺し身をつついて食っている。
やがて各藩のお抱えの火術士・砲術士が狼煙花火を打ち上げ始めた。
“どーん”“どどーん”と花火が打ち上げられ、オレンジ色の火花が空を彩る。
俺は小舟で岸に戻ると、手持ちの線香花火を観客に配り始めることにした。
「さあ、特別に今夜は花火を無料で配ってるんで、やりたいやつは来てくれな」
和紙で包まれた方ではなく、藁に火薬を練り込んだ吹き出し花火の方だけどな。
最初に来たのは年の離れた姉弟かな。
「僕やりたーい、いいよね姉ちゃん」
「そうね」
俺は二人に花火を手渡しながら言う。
「じゃあ、ひとり一本ずつな」
「わーい、ありがとうおじちゃん」
「ありがとうございます」
そしてさらに俺は言う。
「火はそこのろうそくを使ってくれ。燃え尽きたら、そこの水の入った桶に捨ててくれな」
「わかったー」
「わかりました」
二人がろうそくで火をつけると、ぱっと火花が吹き出してあたりを照らした。
それにつられたように集まってきた者たちが、次々と花火を持っていって火を灯し始めると、海岸の仕掛け花火にも火がつけられて夜を彩った。
「これで品川に人が来てくれるようになりゃいいな」
21世紀に行われていた花火大会も、主な目的は人寄せだ。
かかるコストは決して安くはないが、それに見合うだけの人を集める効果はあるわけだから、花火大会というのはなかなかなくならないのだな。




