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江戸時代の遊郭の楼主に生まれ変わったので遊女の待遇改善に努めつつ吉原遊廓の未来も変えようと思う  作者: 水源
明暦4年・万治元年(1658年)

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脚気対策の食べ物を安く売り出そう・吉原揚げ饅頭”あげまん”の販売

 さて、水戸の若様には薩摩芋――この世界だと、もう「薩摩芋」ではなく「琉球芋」と呼ばれることになるかもしれない――の入手をお願いしておいた。


 まあ、実際に入手できるかどうかは分からん。


 だが、もし無事に手に入って、ジャガイモと薩摩芋の栽培が日本中に広まれば、延宝三年(一六七五年)や延宝八年(一六八〇年)に起きる延宝の飢饉も、被害を多少なりとも抑えられるんじゃないだろうか。


 もちろん、芋を広めれば飢饉がなくなるわけじゃない。


 天候が悪ければ米は減る。


 流通が滞れば食料は届かない。


 備蓄がなければ、作物が残っていても飢える。


 だからこそ、米以外の食料を増やしておく意味がある。


 ただ、別の問題もある。


 薩摩芋やジャガイモを全国に広めれば、それに伴って病害虫まで広がる可能性もある。


 そこは少し気になるところだ。


 とはいえ、戦国から江戸初期にかけて西洋から様々な野菜が入ってきているし、薩摩芋も琉球から種子島、薩摩、そして江戸へと広がっていった。


 それで日本中が壊滅するような病害虫の大流行が起きた、という話は聞かない。


 現代ほど化学肥料を大量に使うわけでもないし、単一品種を広大な土地に植えるような農業でもない。


 まあ、大丈夫だろう。


 そんなことを考えていたら、また俺は藤乃付きの禿――桃香に呼ばれた。


「藤乃様のお客はんが、戒斗様とお話しがしたいそうでありんすよ」


「ん、分かった。行くとするぜ」


 俺たちは揚屋の藤乃が持っている部屋へ向かい、座敷に上がる。


「三河屋楼主、戒斗。失礼致します」


 すっと障子を開ける。


 そこにいた客は、時代劇で見る徳川光圀と同じくらいの年齢に見えた。


「若旦那、こちらは尾張徳川家の御当主、徳川光義様でありんすえ」


「うむ。私が徳川光義だ」


 光義――後の徳川光友である。


 その光義が、俺をじっと見つめてきた。


「で、お前さんに聞きたいことがある」


「なんでしょう?」


「最近、足がしびれたり、むくんだりすることが多くてな。疲れもひどい。おそらく江戸患いだと思うのだが」


 なるほど。


 藤乃が俺を呼んだ理由が分かった。


「若旦那なら何か治す方法を知っているんじゃないかと思いましてな」


「なるほどな」


 俺は光義を見る。


「殿様は、やはり白米ばかり食べていらっしゃいますか?」


「うむ。江戸では出てくるのは皆、白米だからな」


「麦飯や玄米、蕎麦などは?」


「うむ……あまり食わんな」


「そうでしょうな」


 江戸で白米を食べることは、ある意味で身分の象徴でもある。


「ですが、それが江戸患いの原因になることがあります」


「白米が?」


「正確には、白米ばかり食べていることです」


「ふむ……」


「米の糠には、身体に必要なものが含まれております。ところが白米にすると、その糠を取り除いちまう」


「しかし、白米のほうが美味いし、傷みにくい」


「そいつは否定しません」


 糠が残っている米は、白米より保存や調理の扱いが難しい。


 特に暖かくなれば、炊いた飯を長時間置いておくのは危険だ。


「だから白米を食べるな、とは言いません」


「ほう?」


「白米を食べるなら、その分、麦や豆、胡麻、魚なども食べるようにすればいいんです」


「なるほどな」


「足のしびれやむくみが軽いうちなら、まず食事を改める価値はあります。ただ、症状がひどい場合は、それだけで治るとは限りません」


「ふむ」


「まあ、今日はそういう食事を一つ作ってみましょう」


「何をするのだ?」


「食事を一つ作ります」


 俺は揚屋の台所へ向かった。


「おーい、お前たちは鰻の蒲焼を作ってくれ」


「へい、分かりやした」


 その間に俺は俺で別のものを作る。


 用意するのは小麦粉、おから、米ぬか粉、少量の砂糖、こしあん、胡麻、きな粉、水。


 米ぬかは、そのままだと扱いにくい。


 そこで軽く煎って香ばしくしておいたものを粉にして使う。


 小麦粉とおから、米ぬか粉を混ぜ、水を加えて耳たぶくらいの硬さにこねる。


 甘味を付ける砂糖は、ほんの少しだけ。


 あくまで菓子として食べやすくするためで、大量に使うつもりはない。


 こしあんを包み、半分には胡麻をまぶす。


 残りにはきな粉をまぶす。


 そして油で揚げる。


 揚げたてなら、香ばしくて結構いけるはずだ。


「若旦那、鰻ができましたぜ」


「おう、じゃあ麦飯に載せてくれ」


「麦飯ですかい? 白米じゃなくて?」


「ああ。今日は麦飯のほうがいいんだ」


「へい」


 こうして、うな重の麦飯に吸い物。


 そして胡麻団子ときな粉団子が完成した。


「お待たせしやした。鰻の蒲焼き麦飯と、胡麻団子、きな粉団子でございます」


「うむ。いただこう」


 徳川光義が重を開ける。


「ふむ。これが鰻とな」


 じろり、と俺を見る。


 まあ、そうなるよな。


 この時代の鰻は、まだ現在のような高級魚という扱いではない。


 ぶつ切りにして串に刺し、焼いたものに塩や醤油、味噌などを付けて食べるのが一般的だ。


 俺は苦笑する。


「まずは一口、食ってみてください」


「ふむ……ではいただこうか」


 光義が箸を伸ばす。


 一口。


 そして、目を見開いた。


「なんと……」


 鰻の身と、タレの染み込んだ麦飯をもう一口。


「これが鰻であるとな。とても美味いではないか」


「鰻も調理の仕方次第では美味くなるんですよ」


「うむ。この麦飯も良いな」


「でしょう?」


「それから、これは?」


 光義が胡麻団子を口に入れる。


「ほう……皮はカリッとしているのに、中は柔らかい。餡の甘さも良い」


「胡麻にも身体に必要な栄養があります」


 続いて、きな粉団子。


「こちらも美味い」


「きな粉も大豆からできていますからな」


「なるほど」


「ただし、これを食えば江戸患いが吹き飛ぶ、というわけではありません」


「ほう?」


「白米だけで済ませず、麦飯や豆、胡麻、魚などを普段から食べる。それが大切なんです」


「うむ。分かった」


 光義は満足そうに頷いた。


「明日から食事を改めるとしよう」


「それがよろしいかと」


 やれやれ。


 尾張の殿様の機嫌を損ねずに済んだようだ。


「では俺はこれで失礼致します」


「うむ。また何かあれば頼むとしよう」


 俺は揚屋から置屋へ戻った。


「ふう……」


 なんか最近、徳川光圀経由で徳川家のお偉いさんに、俺の話がどんどん誇張されて伝わっている気がするんだが。


 まあ、それはいい。


 問題は別だ。


 うちは食事の内容を考えているから、脚気になる人間も少ない。


 だが、他の見世ではどうだ?


 遊女の食事なんて、白米に漬物、味噌汁くらいで済ませているところも多い。


 これでは脚気になる者が出てもおかしくない。


 もっと安くて、遊女が手軽に食べられるものを作れないだろうか。


 安道名津みたいなものを作るのもいい。


 だが、もっと簡単に食べられるものがいい。


「……饅頭でいいんじゃないか?」


 和風の饅頭。


 それから、唐風の包子。


 どちらも蒸して作れる。


 問題は包子の生地だ。


 現代ならドライイーストを使えば簡単だが、この時代にそんな便利なものはない。


 なら、天然酵母を使えばいい。


 小麦粉に水と少量の日本酒を加えて混ぜ、清潔な容器に入れる。


 温かい場所に置き、翌日になったら小麦粉と水を少し足して、また混ぜる。


 これを何度か繰り返す。


 泡が出て、酸味と酒のような香りがしてくれば発酵している証拠だ。


 これなら包子の生地も作れる。


 小麦粉に雑穀粉、米ぬか粉、おから、塩を加える。


 砂糖は使わない。


 いや、正確には――使えない。


 この時代の砂糖は高価だ。


 庶民向けの菓子に大量に使えば、それだけ値段が上がる。


 それに、脚気対策を考えるなら、糖分を大量に加える必要もない。


 甘い菓子を作ることが目的ではない。


 安く、腹持ちがよく、少しでも栄養を補えるものを作ることが目的だ。


 餡も甘くする必要はない。


 小豆を煮て、塩で味を調える。


 いわゆる塩あんだ。


 小豆そのものにも栄養がある。


 これなら安く作れる。


 和饅頭のほうは、発酵させずに生地を作る。


 包子のほうは酵母を加えて、温かい台所で発酵させる。


 それぞれ餡を包み、蒸し器で蒸す。


 そして最後に油で揚げる。


「よし、できた」


 揚げたてを一つ味見する。


「うむ。なかなか美味い」


 これなら一個二文くらいで売れるだろう。


 しかも、米ぬかやおから、大豆、小豆、胡麻などを使っている。


 脚気を防ぐには、こういうものを日々の食事に少しずつ加えていくことが大切だ。


 もちろん、これ一個食べれば脚気が治るわけじゃない。


 だが、白米ばかりの食生活に、こういうものを一つ加えるだけでも意味はある。


 何より遊女でも買える値段にすることが重要だ。


 夏になれば、枝豆なんかも使えるだろう。


 あれも大豆だからな。


 茹でて塩を振るだけでもいい。


 ただ、今はまだ季節が早い。


 ならば今できるものを売るとしよう。


 さっそく、美人楼の隣に建てたもふもふ喫茶で売ることにした。


「新発売の揚げまんはいかがですかー!」


 俺は声を張り上げる。


「マンマンの運気が上がる、美味しい揚げまんですよー!」


 遊女たちが振り返る。


「一つ二文! 小腹が空いたときにもどうぞー!」


 やがて一人の遊女が近寄ってきた。


「それ、いくらですの?」


「へい、一つ二文です」


「おや、安いね。じゃあ一つ貰おうか」


「へい、ありがとうございます。和風と唐風がありますが、どちらにしやすか?」


「じゃあ、和風で」


「へい、毎度あり」


 俺は揚げまんを和紙に包んで手渡した。


 遊女はさっそく一口かじる。


「ほほ。外はカリカリで、中はもちもち。美味しいでありんすな」


「どうぞ、今後もご贔屓に」


 どうやら評判は悪くない。


 しかも、


「揚げまんを食べると運気が上がる」


という験担ぎまで加わった。


 遊女という商売柄、こういう縁起物には弱いらしい。


「揚げまん、一つ!」


「私も!」


「唐風のほうを!」


 思った以上に売れていく。


 よし。


 これなら続けられる。


 別に俺は、この菓子一つで脚気を治そうなんて思っているわけじゃない。


 ただ――。


 白米だけを食べている遊女たちに、少しでも栄養を取ってもらえればいい。


 それで脚気に苦しむ人間が一人でも減るなら。


 商売としても悪くないし、人助けにもなる。


 そして何より。


 吉原にまた一つ名物ができた。


 俺の知らないところで、「揚げまんを食べれば運気が上がる」という噂まで広まり始めていた。


 ……まあ。


 運気が本当に上がるかは知らんけどな。

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― 新着の感想 ―
ずいぶん前に書かれた部分ですし今さらどうにもならないとは思うのですが、ビタミンB1は解糖系に関わるビタミンなので、不足すると糖代謝が出来なくなります。不足しているのに甘い味付け(糖の追加)をすると元の…
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