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日光詣と草津での湯治も終わったしそろそろ藤乃の引退に対応しないとな

 さて、三河屋、十字屋に続いて中見世の伊勢屋と小見世の椿屋、吉原旅籠や吉原温泉湯屋、花鳥茶屋や万国食堂、美人楼の従業員たちと一緒に日光観光と草津での湯治をしてきた。


 やっぱりみんな吉原から離れて観光旅行と湯治をするのは楽しそうだったな。


 小太夫もほくほく顔で言う。


「またまた、大奥の奥女中さんたちにいい土産話が出来ましたわ」


「おう、そうだろうな、江戸城であらためて日光社参をしようという話も出るかもしれんな」


「あい、今回の道中記を書いて、皆様にお話して差し上げようかと思ってやすよ」


 すっかり大奥の女中たちの暇つぶし相手として重畳されてる小太夫だが、やはり江戸城の外の話を聞いたりするのはほとんど娯楽がない奥女中には楽しいらしいし、想像が膨らんでいろいろと新たな本なども書かれてるようだ。


 そんな感じで伊勢に行ったり日光に行ったりしている間に季節もすっかり秋だ。


 昨年はいろいろお祝い行事があった清花だが2歳に関しては初誕生日以外はさほどお祝い行事はない。


 桃の節句などは当然祝ったがな。


「とーしゃ-、いぬー」


 今はチョークで黒板に犬を描いてるらしい、らしいというのは何を描いてるかは当人にしかわからない何かまるっこいものだからだが、清花はとても楽しそうだ。


「おー、いぬかー、すごいぞー」


「すごー、やたー」


 ほかには紐を持って、ころころ引っ張って遊ぶ犬のおもちゃは、まだまだ清花は飽きておらず、テコテコ歩きながら廊下を楽しそうに引っ張って歩いていたりもする。


「えーい」


 そして木琴を適当に叩くのも好きだ。


 音楽というほどではないんだけど踊りながらカンコンカンコン叩いてる様子はやっぱ楽しそうなんだよな。


 他にも庭先の草木や小石に手で触れてみたり、ちょこまか歩いてるアリをじっと見入ったりなんかもしてあるな。


 アリって案外みてると時間たつんだよな、不思議だけど。


 あとは手毬をなげたりついてみようとしたりもするし、積み木を積んだり崩したりも楽しいっぽいぞ。


 とにかく何をしても今の清花は楽しそうなんだ。


 もちろん危ないことをやろうとしたらちゃんと注意するけどな。


 時々ちょっと熱が上がることはあるが大病をすることもなく、元気に育ってるのはまことに喜ばしい。


 桃香についても今は禿でも一目置かれているようだし心配はない。


 楓も売れっ子の格子になってるんで藤乃の名前を引き継げそうだ。


「問題は藤乃の引退とその跡継ぎかね」


 最も藤乃はもうすぐ年季明けなんだが、身の振り方をどうするかなんだ。


 日本一の太夫として名を馳せることになった藤乃だから身請け話は当然来てる。


 尾張の殿様とか伊達の殿様とかちゃんと金を持ってるとこからも来てるくらいだ。


 身請け金の金額も2000両(およそ2億円)という話になってる。


 身請けはまず客が誰を身請したいのだがと楼主に相談し、楼主は身請けする側の財政や親元にも異存がないことをちゃんとたしかめたうえで、客に対して遊女の身代と借金とを支払わせ、女衒との証文も合わせてすべて女衒の手から離れさせる手順をふんだうえで、置屋・揚屋の関係者にも祝い金を払い、吉原の大門に用意された迎えの駕籠に乗り、おめでとう、ごきげんよう、さようならと別れのことばをうけて吉原から離れていくのだ。


 俺は藤乃と話をすることにしてみた。


「藤乃もうすぐ年季が明けるがお前さんはどうしたい?」


「どうと言いやすと?」


「お前さんを高い金を出しても身請けしたいって殿様もいる。

 無論それを断って年季が明けたら実家に戻ったりしても良いんだがな。

 お前さんはどうしたいか聞こうと思ってな」


「坊っちゃんとしてはわっちを大名様に身請けしてもらって金がほしいと思いやすか?」


「ま、普通ならそう思うだろうけど、お前さんのおかげで今の三河屋があるわけだし、そのあたりはおまえさんがやりたいと思うことをやって構わないぜ。

 お武家さんのところに行ったらそれはそれで外に出たりできなくなる可能性も高いしな」


「でやしょうな。

 わっちは武家の側室になってもそこで何をすればいいかはわからないでやすし」


「まあ、そうだよな。

 お前さんを身請けしてほしいのはお前さんの名声とか箔だろうし」


「仮に実家に戻ったとしても商売の仕方も家事の仕方もあんまわかりまへんしな。

 桜は家事を覚えるのを頑張っていたようでしたが」


「だな、かなり必死に頑張ってたと思うぜ」


「そういうわけで、わっちとしてはここに残って芸事教養などを教える役をやらせていただきたいんでやすよ、内儀様も良いお年ですし、逆に坊っちゃんや坊っちゃんの内儀はんはまだまだでやすしな」


「それを言われると返す言葉がないし、俺や妙にとってもすごく助かるが良いのか?」


「別にもう借金を返す必要もなければ、お客はんのことで頭を悩まさないですむんならむしろ気楽でやすよ。

 もし大名はんでも大金持ちの商人はんでも身請けされれば、きっと別宅を与えられるでやしょうが、外出もままならんでやしょうしな」


「なら、今来てる身請け話は断るぜ?」


「あい、わっちとしてはそうしてくれたほうが助かりますえ」


 まあ、実際身請けした誰かの顔色をうかがいながら、自由のないカゴの中の鳥のままで暮らすことになり、さらに歳を取ればどうなるかわからんというのはあるけどな。


「なら年季明けまでもう半年もないが、後ちょっとは頑張ってくれな」


「わかってやすよ、わっちがそこで手を抜くような女だと思ってますん?」


「いや、そんなことはまったくないけどな。

 桃香や楓を育て上げてくれると助かるぜ」


「ええ、それがわっちの役目だと思ってやすよ。

 坊っちゃんの娘はんもかもしれまへんけどな」


「清花がそれを望んだら是非教えてやってくれ。

 当人が望まなくても選べる道はあんまり多くはないけどな」


「そうですやろな」


 とりあえず藤乃の現役引退後は後進の育成に専念してくれるらしい。


 普通にいろいろな師匠を外部の人間に対して行えば金も稼げるだろうし、気楽に過ごせるならそれでも良いかもな。


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