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江戸じゃあ一番かも知れないが日本では二番目だ

 さて、霜月(11月)も終わり赤小本や正本の応募期日が来て師走にはいると去年と同様、建物の大掃除である煤掃をドタバタしながらやったり、桜たちに頼んで店の前で餅つきをやったり、浅草寺の観音市などに参加して買い物をして新年を迎える準備をしたりしつつ、年末開催の素人のど自慢や、大見世対抗歌合戦の準備を整えていた。


 今回は劇場ではなく弁財天音楽堂で行うから多くの人が建物の中に入れるようになっている。


 そして大晦日になりまず音楽堂の楽屋にのど自慢の参加希望者が集まってきて、見物客も集まってきた。


 一番最初は完全な素人、旅芸人を除いた町人などののど自慢から始まった。


 今回ものど自慢のときは劇場の入場料は取ってない。


 最も気軽に若い女性も吉原にはいれるようにという方策は結果が出つつあると思う。


 俺は参加希望者に、にこやかに挨拶をする。


「主催の三河屋楼主戒斗です。

 どうぞ皆さんよろしくお願いいたします」


 俺がそういうと参加者の一人が進み出てきて俺に聞いた。


「今回も優勝者には賞金が出るって本当ですか?」


「ああ、ちゃんと金一封の賞金が出るぞ。

 だから皆がんばってくださいね」


 やはりそれを聞いた参加者の目がメラメラと燃え上がったような気がした。


 やっぱ商品や賞金が出るようにするのは大事だよな。


 ちなみに今回も審査員は大見世の太夫格5人だ。


 前回に比べれば曲目も増えて歌に合わせて軽く踊るものも出るなど素人である町人ののど自慢とは言え前回より間違いなくレベルは上がっている。


 それでも”カーン”な参加者もいるけどこれはご愛嬌というものだろう。


 今回の完全素人の優勝者は豪商のお妾さんの女性だった。


 妾は素人に入れていい……よな?


 ”キンコンカンコンキンコンカンコンキンコンカーン”


「おめでとうございまーす。

 今の感想を教えて下さい」


「あ、はい、優勝できて感激です」


「では、優勝賞金の金一封です」


 一両小判が入った包を俺は彼女に手渡した。


「本当にうれしいです、皆さまありがとうございました」


 彼女は審査員にペコっとお辞儀をして退出した。


 次が芸人の部。


 流石にそれをなりわいにしてるだけ有って皆段違いにうまい。


 吉原の曲をそのままではなくアレンジしたり派手に踊ったりもしていて素人と芸人のレベルの差ははっきりしていた。


 彼等彼女らには自分の顔を売る絶好の機会なんだろうな、年が明ければ門付け芸で銭を稼ぐわけだし。


 太夫たちも感心したように唸ってるし小見世の遊女なんかは芸で負けてる奴も多いんじゃなかろうか。


 揚屋での専任芸者に雇うのもいいかもな。


 歌が終わった者に俺は声をかけてみた。


「素晴らしい歌だったし、大丈夫であれば俺の吉原旅籠の宴会芸者として働いてみないかい?」


「すみません、座長にお話をしないとすぐには」


「そうか、江戸にいるならいつでもきてくれよな」


「はい」


 まあ、旅芸人の座にはそだてられた恩もあるしだろうしそう簡単にはきてくれないか。


 もちろんこちらも優勝者には金一封を渡す。


 そして最後が大見世対抗の歌合戦だ。


「よーし、今年こそ優勝するぞ!

 準備はいいか!」


 俺は三河屋の遊女達の前で聞いた。


「あい、わっちらの準備は万端でありんすよ」


 もちろん他の見世も自分の見世こそが優勝と考えているだろう。


 素人のど自慢のときはぼちぼちだった客席もすでに超満員。


 やはり大見世の太夫の馴染みの客などが別れて陣取って居る。


 そして今年の結果は三河屋の藤乃が1位だった。


「やったな!」


「やりましたえ」


 しかし、そこで俺に掛けられてくる声があった。


「ふっ、江戸じゃあ一番かも知れないが日本では二番目だな」


「では、日本一は!?」


 チッチッチッといったあとにやりと笑って男が言う。


「もちろんこいつだ」


 とその男は隣に女性を指し示した。


「一体あんたは誰だ?」


「島原遊郭七人衆筆頭、林屋が楼主、林与次兵衛」


「そしてわっちはその抱え吉野太夫でござんす」


 流石に驚いた。


「なんだって?

 まさか島原の筆頭遊女と言われる吉野太夫を連れてわざわざ歌合戦に来たっていうのか?」


 林与次兵衛がにやりと笑う。


「そうだ、吉原など京の真似事でしかないのに日本一を名乗るというのは許せなくてね。

 我々も参加させてもらおうか」


「いいだろう、受けて立つぜ」


 舞台に立つ吉野太夫。


 確かに、二代目は”亡き後まで名を残し太夫”ともよばれた吉野太夫の名を継ぐだけ合って、おそらく島原でも一番であろうその外見の美しさに加え、島原における「太夫」とはもともと能や舞に明け暮れた女性を呼んだだけあって、琴や琵琶に合わせて行われたその舞は非常に優美だった。


「しかし、いまでは古臭いもののはず……だがどう判断する?」


 この対決の審査員は大見世の太夫とその馴染みの大名旗本たちだが……。


「うむ素晴らしい。

 はんなりという言葉は彼女のためにあるようだ」


 京ことばの「はんなり」は落ち着いた上品な華やかさを示すが、その語源は「花なり」「花あり」とされていて、吉野と言う彼女の名は、楼前の桜を見て「ここにさへ、さぞな吉野は花盛り」と詠んだからと言われている。


 確かに彼女を言い表すに”はんなり”は言い得て妙だろう。


 結果とすれば水戸の若様や高尾太夫、勝山太夫などは藤乃を支持したものの、主に大名家からの吉野太夫の支持はそれを上回り俺達は負けた。


「ふふ、言ったでしょう江戸では一番でも日本では二番目だと」


「くっ、今回は負けを認るしかないな。

 伝統では江戸は京に勝てないってことも」


「そういうことさ」


 こうして今年の大晦日の大見世歌合戦は意外な形で終わったのだった。


 ちなみに来年も年末に同じことを行うことを告げてから解散したぞ。


 さて江戸時代では、1日は夜から始まり朝に続くと考えられている。


 掛売りのつけの取り立てなどの声が響く中、店に戻った俺達は餅などを年神様にお供えし、家にお迎えするわけだ。


「今年の年神様今までありがとうございました。

 来年の年神様また今年もよろしくお願いいたします。


 こうして今年の年神様と来年の年神様が入れ替わるわけだな。


 でまあ、この日はみな揃って夜は縁起物である鯛のお頭付を用いた年取り膳や雑煮や蕎麦などを食べる。


「よしみんな、今年一年お疲れ様。

 来年もよろしく頼むぜ。

 そして来年は島原にも勝てるよう一層頑張ろう」


「あい、来年は負けませんえ」


「わっちらも頑張りんすよ」


 藤乃は気合が入ってるがもちを食べる遊女たちの表情は明るい。


 除夜の鐘を聞きながらワイワイ騒いで朝になって日が出るのを待つ。


「あけましておめでとうございます!」


 さあ、新たな一年だ。

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