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7月7日は七夕とともに井戸を洗う井戸替えの日でもあるので青銅製の手押しポンプをつくったぜ

 さて6月の月末には去年と同じように蛍狩りをした。


「今年の蛍狩りは盛大にできてよかったな」


 俺の言葉に妙が嬉しそうに頷いた。


「本当にそうですね、みなさんも楽しそうで何よりでした」


 去年は先代西田屋派の大見世の連中は参加しなかったし、参加した中見世もちょっとだけだったが、今年は全部の大見世に半分ほどの中見世、一部の小見世も加わってかなり賑やかだったぜ。


 ホタルの側は迷惑だったかもしれないけどな。


 そしてこういう蛍狩りとか月見みたいな行事を三河屋がやってると言うのではなく吉原そのものの行事にしていければいいなと思ってる。


 そしてそんなことをしているうちに月が変わり7月になった。


 暑さも盛りになって縁日などでのかき氷の売上も絶好調だ。


 来月になれば少し涼しくなるはずだか保冷用の氷をのぞいて売りつくすなら今月中に売るべきだな。


 とは言え氷があって困ることもないか、熱冷ましとか生鮮食品の保存に役に立ってるからまあ適当に売るとしようかね。


 そして7月7日は七夕の日で、去年と同じように笹を飾って笹の葉に短冊をくくりつけ願い事を書く。


 ”どうか立派な太夫になれますように”


 桃香は去年と同じように短冊にそう書いて一生懸命お願いをしている。


 でも去年に比べれれば桃香もだいぶ周りに認められてきたからな、きっと夢は叶うと思うぞ。


 ”どうか三人でいつまでも一緒にいられますように”


 そう書いてるのは鈴蘭と茉莉花に親方だな。


 うむ、仲の良いことは良いことだ。


 ”どうか立派に舞台に立てるようになれますように”


 これは楓だな、ウズメはんもそこそこの評判は取り続けてるし大丈夫かとは思うけどな。


 ”どうか健やかなややこができますように”


 妙がそう書いている。


 たしかに俺も子供はほしいがこればかりは天からの授かりものだからな。


 やるべきことはやってるつもりなんだが。


 そして7月7日は井戸の掃除を行う井戸替えの日でもある。


 井戸は年に1回、中の水を汲み出して井戸の底にたまった埃やゴミや、下女たちが洗濯をしようとして落とした櫛などの物を取ったり、壁の苔を剥がしたり、土が崩落したものを取り除いたり、場合によってはネズミの死体などを取り除いたりしないといけない。


 そうしないと非衛生的になってしまうからな。


 尤も江戸の井戸はほとんどは上水が繋がった深さ2m位の浅井戸なんでそこまで大変じゃないんだが、上水が来ていない吉原の場合は6メートルから8メートルの中井戸か10メートル以上の深井戸なんでその分大変だったりする。


 そして掃除をするためにはつるべで水を全部汲み出さないといけないんだが、その労力は大変なものがある。


 だから少しでも水の汲み上げの手間を少なくするために梅雨が開けて井戸の水位が下がり井戸の中の水が少しでも少なくなる頃に行うのだな。


 しかし根本的な労力を減らすために俺は鋳造職人に頼んで青銅製ハンドル式の手押しポンプをつくってもらうことにした。


「こんな感じの構造なんだが出来るかい?」


「はあ、これを作ればよろしいので?」


「ああ、これができれば水の汲み上げがずっと楽になるはずなんだ」


「わかりました、ではやってみましょう」


「じゃこれは手付金だ」


 俺は前払いで半分金を払っておく。


「これはどうも、助かりますぜ」


 江戸時代にはオランダから伝わった木製のポンプは一応あるのだが木は使っているうちに曲がるとてもデリケートな材料なので、どうしても逆止め弁の隙間が増えて水をなかなか汲み上げられなかったりする。


 はっきり言えば効率が良くないから手押しポンプは江戸時代から明治時代くらいまでは広まらなかった、なので変形しにくく腐食もしにくい青銅で作るわけだ。


 手押しポンプは構造自体は複雑ではないので作ること自体はそこまでは難しくないと思うんだけど、逆止め弁がちゃんと機能しないと駄目ってことだな。


 そして当日になって鋳造職人から手押しポンプと汲み上げ用の銅管が届けられた。


「なんとかできましたぜ」


「ああ、ありがとう。

 また頼むかもしれないんでその時はよろしくな」


「ええ、その時はまたよろしく」


 俺は手押しポンプを井戸に設置した。


「良し、水を汲み上げるぞ」


 ポンプに呼び水を注ぎ入れた後、ハンドルを上下させると出水口からドバっと水が出てきた。


「おおこれはだいぶ水くみが楽になりますな」


「そうだな、つるべ桶で組み上げるよりだいぶ楽になりそうだ」


 水を汲み上げられたら井戸の上に三角に組んだ丸太に滑車をつけて、そこに大きな盥をくくりつけてその中に人が乗り込んで、それをゴンドラのようにゆっくりおろしていって作業をするわけだが、人間の上げ下ろしも当然大変だ。


「よーしゆっくり下げていってくれー」


「おいしょーおいしょー」


 当然水は掃除の作業をしている最中にも井戸の中に横からも滲み出てくるので作業してる人間はびしょぬれになるからそういった意味でも暑い時期にやらないといけないわけだ。


 暑い時期に冷たい井戸水を浴びるのは最初は気持ちが良いかもしれないが、井戸水は通年で15℃だから次第に体も冷えてきて体が冷えすぎると困るのでこれも交代でやる。


 盥を上げ下げする人間は暑さで汗びっしょり、中で作業する人間は井戸水で体が冷えるから大変だ。


 井戸替えの作業が終わると、井戸の神様にお供えをして、その後はみんなで祝い酒と暑い汁物を飲む。


「みんなご苦労さんだったー、好きなだけ飲んでくれ」


「おおー」


 冷えた体には体を温める酒と汁物がいちばんってな。


 あと、ネズミや埃の侵入防止とか人の落下防止のためにも井戸にフタをすることにした。


 案外井戸に子供が落ちて死んだという話は多いからな。

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