ある日の吉原遊廓のお客達:秋田藩藩士吉原劇場観劇編
さて、お好み焼きを堪能した山本賢政は店を出ると吉原の仲通りをキョロキョロ見回しながら歩いていた。
ある意味彼が田舎から上がってきたばかりのお上りさんであるというのは周りから見ればまるわかりである。
もっとも浅草にはそういった武士は多いので周りもいちいち気に留めたりはしなかったが、
「ん、何だあれは?」
そして彼の目に入ったのは吉原の劇場の看板であった。
そして”吉原娘。新曲初公演”と書かれた張り紙も有った。
「ふむ、吉原娘。とはなんであろう、ここは芝居小屋なのか?」
まあ、あまり金をかけずにちょっとの時間つぶしには芝居見物もよいかと彼はその中に入っていく。
「うむ、中の芝居を見物したいんだが見物料はいくらだ」
受付の男は答える。
「へい、最前列で料金は200文(おおよそ4000円)、それより後ろなら100文(おおよそ2000円)です」
山本賢政は少し考えたがそれならばと最前列を頼んだ。
「ならば最前列にしようか。
200文で良いのだな?」
彼は銭を取り出して受付に渡した。
「へい、毎度あり。
ごゆっくりどうぞ」
中に入ると劇場の中の席はぼちぼち埋まっていた。
同じように外出が許可された武士などが暇つぶしにと見に来ているようだ。
町人や職人は仕事の最中の時間であろうからある意味当然ではあるのだが。
そして彼が最前列の席に座ると、舞台が始まる時間が来たようだ。
”いよーーーーーーーーお”
まずは舞台に行灯の明かりがついて、掛け声のようなものとともに軽快な三味線の早弾きが始まった。
それに合わせて笛なども吹かれているようだ。
そして足袋を履いた遊女たちが速い軽快な音楽にのせて、前に足をすすめるような動きながら後ろに下がりつつ舞台に次々に入ってくる。
「な、なんだと?一体あの者たちはどうやっているのだ?」
進むはずのない方向へ皆で足並みをそろえながら動く遊女たちに周りの観客は歓声を上げている。
「むむむ、一体これはどのようなからくりになっているのだ?」
山本賢政がよく見てみれば後ろに滑らせている方の脚には体重がかかっていないことはわかった。
しかし、その動きを滑らかにかつ動きを完全に合わせつつ同時に複数の人間が行おうとすればそれにはかなりの修練は必要であろうこともわかる。
「ふむ、この女子達はよほど修練を積んできたのであろうな。
私が軍役のために雇っているものたちよりよほど連携が取れている」
そして壇上にいる5人の中のひとりで眼の前にいる一番左端の女性が先程の”お好み焼き屋”で給仕をしてくれた女性であることに気がついた。
「ほう、あの娘はこのようなこともできるのか」
彼女はものすごく美しいと言うわけではないが、なんというかまず努力家なのだろう。
そして気さくで親しみやすい氣がする。
少なくとも彼にはとてもとても魅力的な女性に思えた。
「きっと私は きっとあなたに ここで会うために 遠い国から やってきたのでしょうー」
そういう彼女の言葉は彼女の本心なのだろうか、そしてそれは自分へ向けられた言葉なのだろうか。
山本賢政はそうおもったが、その言葉はこの場にいるもの全員に、もしくはその歌を聞くもの全員に向けられたものであろう。
しかしながら、このような歌を歌う彼女たちの本音ではないかとも思えた。
「悲しい歌だな」
遠い国に生まれ、家のためにと売られてきた彼女たちの本心を出しているのではないだろうか。
彼にはそう思えたのだ、もっとも周りも同じように思っているものもいるのかもしれないが。
やがて”吉原娘。”の歌舞台は終わった。
山本賢政は受付の男に聞いてみた。
「あの”吉原娘。”の左端で歌っていたおなごはどこかの遊女なのであろうか?」
受付の男は答えた。
「へえ、三河屋の楼主さんが抱えてる中見世伊勢屋の遊女ですな。
源氏名は三津です」
「ふむ、伊勢屋の三津殿か、ありがたい」
彼はそれを聞き出すと伊勢屋へ急ごうとしたが、肝心の見世の場所がわからなかった。
「伊勢屋の場所はどこだろうか?」
「ああ、吉原細見を買えばわかりますよ」
「そ、そうか、ではそれを買うとしようか」
「はい、毎度ありがとうございます」
彼は劇場に備え付けてあった吉原を紹介する吉原細見を買うと早速見世の場所を探して伊勢屋へ向かうことにしたのであった。




