ようやく新遊女歌舞伎のお披露目ができそうだぜ
さて、俺は中見世の遊女たちの中でも一番稼いでいる小太夫という遊女をリーダー、もしくはセンターと呼ばれるメインポジジョンとし、その他に踊りの上手と思われる4人の遊女たちをダンスをシンクロさせてバックダンサー的に躍らせ、三味線や太鼓、笛などの楽器も遊女に演奏させるようにした。
昔の女歌舞伎では三味線を太夫が引きつつ歌い、その他の遊女を単純な踊りで大勢で踊ることで目立たせたが、今回は芸事のレベルを上げて対応しないと散茶などに簡単に真似されても困るしな。
それと今回の踊りは日本舞踊ではなく21世紀のJポップやボカロ曲のような流れの速い曲で、踊りも日本舞踊や盆踊りのようなゆっくりした動作のものではなくかなり速くて激しい動きのものにした。
無論和服で動ける範囲ではあるけどな。
俺は小太夫に言う。
「お前さんはこの店の看板だ、
もちろん注目が一番集まるのもお前さんだ。
その分大変だが成功すれば売れっ子になるのは間違いない。
店の将来はお前さんにかかってると言っても過言でない。
全力を尽くして頑張ってくれ」
小太夫は頷く。
「あい、わかりんした」
俺は他の遊女たちにも言う。
「今回はこういう編成だが結果次第でいつでも場所は入れ替える。
だから全員最善を尽くしてくれよ」
「あい!」
そして俺はメインの5人に言う。
「踊りはお前さん達の動作が完璧に合わせてこそ観客を感動させられるものだ。
だから大変だろうが頑張れ」
「あい!」
「わっちらにおまかせでありんすよ」
俺は頷いて言葉を続ける。
「よし、じゃあやってみよう」
5人の歌と踊りは最初はバラバラだったが、段々とうまくなってきて、動作もシンクロしてきている。
ムーンウォークを交えて、入れ代わり立ち代わり場所を入れ替え、彼女たちは華麗な踊りを見せる。
薄い単が汗でうっすら透けるのも一応計算通りだ。
「うん、見事で綺麗な踊りだな」
小太夫が笑う。
「まあ、大見世の遊女さんたちほどではありんせんがわっちらも芸事にはそれなりに自信はありんすから」
俺は頷く。
「ああ、それでいい。
自分が持つ長所を伸ばすのが大事だ」
そして半月ほどの間みっちりと訓練を重ねたある日。
彼女たちが初舞台の披露を行うことになった。
もちろん劇場や美人楼、万国食堂等の表に張り紙をしたりしての舞台の告知は行っている。
中見世の遊女たちの歌や踊りも公開して衆目を集めることができるレベルに達しただろう。
それは21世紀のさほど注目されない地下アイドルに及ぶものですらないかもしれないがテレビやようつべなどで小さい頃からいくらでも見る機会のある21世紀と違い江戸時代では誰も知らない物をはじめてやろうというのだから十分だ。
「よし、お前さん達いくぞ」
小太夫が力強く頷いた。
「あい、わっちの全身全霊を込めて頑張って成功させるでやんすよ」
今回は江戸城に勤務している武士に見てもらえるように彼らの勤務が終わる八ツ半(15時過ぎ)に劇場を開演することにした。
中見世の客層としては役職のある武士をこちらで取り込み、芸事や教養をきにしない富裕な町人は散茶が相手するという形にしたいのだ。
「まあ、それなりの人数にはなったか」
楓の初脱衣劇のときほどではないが、劇場にはそこそこ武士っぽい姿の男の姿がある。
あの三河屋が今度は何をやるのかと小さくささやきあっているようだ。
「これは失敗できんでやんすな」
劇場の客席数は50席半分くらいは埋まってると思う。
今日は座るための床机も用意してある。
”ベベンベンベン”
三味線の速弾きが開始されるとともに舞台の袖から遊女たちがムーンウォークで舞台上に入ってくる。
その動きはピッタリシンクロしていて、客席の武士たちも驚いているようだ。
”うおお?なんだこれは”
そりゃそうだよな、前に進むはずの足運びなのに後ろに進んでるんだから。
武芸者であれば足の重心移動を見て原理はわかるとは思うが。
”しかし一糸乱れぬ踊りは素晴らしいな”
”それにこの歌の儚さは”
彼女たちの歌う歌は遊女を花に例えて美しく咲いてもすぐに散っていくような意味合いをもたせた歌にしてある。
21世紀の日本の歌謡曲にもその手の歌は多いから適当に歌詞を混ぜ込んでみた。
信長の忍びのOPとかな。
”うむ、素晴らしき歌に踊りよな”
やがて一曲歌い終わった遊女たちははじめと同じように袖に戻っていった。
そして観客の武士たちはウムウムと頷いている。
明治以前の江戸時代にはこういった舞台などでは拍手を送るという習慣はないのだ。
そして、夜見世が始まる時間にもう一度今度は町人向けに歌や踊りを披露する。
客席はこちらは満員でやはり観客には好評だった。
結果として言えばこの新遊女歌舞伎には劇的なものではなくとも間違いなく集客効果はあった。
着物で激しく踊れば足などは見えるからチラリズムとして機能するし、汗で衣服がうっすら透ければ脱衣劇ほどではなくとも体の線が見えて扇情的に見えるしな。
そしてテンポの早い新しい”吉原歌”が広まる切っ掛けにもなったのさ。
「まあ、とりあえずは成功したしめでたしめでたしってとこかね」
小太夫が笑っていった。
「あい、仕事もつくようになったしありがたいことでありんす」
俺は頷いた。
「ああ、お前さんたちの努力の結果でもあるんだから胸を張っていいぞ」
そう、考えたというかアイデアを21世紀のグループアイドルからパクったのは俺だがそれをちゃんと実行してみせたのは彼女たちだ。
その頑張りは褒めてやるべきだし、名が売れて客がつくようになったのは本当に良いことだ。




