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見世にとっても遊女にとっても初めて新造が客と床をともにする水揚げは大事なものだった

 さて、吉原において大見世、中見世の遊女で小さい頃に売られてきたものは禿として教育を施され15歳に新造出しでお披露目を受けて振り袖新造になり17歳に水揚げを行い客を取り始める。


 もちろん小見世や切見世の場合はそうとは限らないんだが。


 尤も10歳以上の年齢で売られてきた場合は教育期間が足りないので15になったら留袖新造となってそのまま客を取ったりはするんだがな。


 新造出しは3月5日は出代わりの日に行われることが多いし、水揚げも同じくらいが多いのだが、客がなかなか決まらなくてのびのびになる場合もある。


 何故かと言うと大見世の振り袖新造は将来の太夫候補であり、太夫というのはアイドルのようなものだからだ。


 ちなみに遊女の年季の10年というのは客を取り始めて金を稼げるようになってから10年なので売られてきてから水揚げするまでの生活費や教育費用などはすべて借金になるわけだ。


 遊女が借金まみれなのは色々理由があるんだが芸事や教養の習得に金がとてもかかるのも大きいんだ。


 ちなみに水揚げの際に道中による披露目を行うばあいは突き出しと呼ばれたようだが水揚げと突き出しをあんまり厳密に分けて考えることもない。


 中には水揚げの際に道中でのお披露目を行わないでいきなり張り見世から始まる場合もある。


 留袖新造や奴刑で吉原に落とされた者などはいちいちお披露目はしないんだ。


 お披露目には莫大な金がかかるからな。


 ちなみに派手にお披露目道中を行っての突き出しはその遊女を抱えている楼主、突き出しの相手となる馴染客、いままで面倒を見ていた太夫や格子太夫にとっては金銭的に大きな負担がかかる。


 なにしろ宣伝告知の方法が少ない江戸時代だからお披露目を行って客を取れるようになったということを可能な限り広まるようにしないといけないからな。


 無論、将来江戸のアイドルになるかもしれない遊女の初めての相手になる客にとっては大変名誉なことであるし、道中を行って世話役となる姉女郎にとっても大きな名誉であったわけだが。


 ちなみに突き出しを行う遊女は、まずお歯黒をこの日初めて行う。


 お歯黒は成人もしくは既婚の証だが遊女と床を一緒にすると言うのは仮初めの結婚であると考えられていたからだ。


 これをつけ染めというんだな。


 そして引手茶屋や船宿などに菓子などの贈り物をして遊女のデビューを広めてもらうべく話を伝える。



 そして、世話役の姉女郎は七日間突き出しを行う遊女や新造、禿、番頭新造、見世の若い衆なども一緒に従えて太夫道中ながらに盛大に練り歩く。

 その道中にかかる費用は本来姉遊女が一切を負担するんだが、俺は店が負担することに変えている。


 まあ結局デビューする遊女の借金が増えるだけという話もあるんだが。


 また突き出しした振袖新造の水揚げを行い、処女を貰い受けて最初の馴染客となる者は、寝具一式を送る定めになっており、それを用いて一緒に床入りする。


 この寝具の費用は三枚重ねの敷蒲団と夜着一枚でこれだけで五十両から百両位かかった。


 そんなもんだから水揚げを行えるのはまず金が無いとダメだ。


 基本的には超お得意様のお客でないと無理だってことだな。


 なおかつ振袖新造に夜の作法も教えられ、客と床をともにすることに恐怖をいだかせないようなくらいに遊び方も心得てないといけなかった。


 だから見世の楼主や若い衆が、水揚げをすることはないし、経験の浅い若い男が水揚げをすることもない。


 男に経験がなくてたとえば爪を伸ばしたままの指をガシガシ出し入れされたり何本もの指を入れたりされたら、新造の未発達な局部を傷つけてしまって、その後に響いたりするからな。


 尤も時代が下って見世の経済状況が厳しくなると客を選べる立場ではなくなって、遊女に対する態度に問題が有っても金払いが良い客を優先することになったりする。


 そうすると水揚げで客に傷つけられて遊女として使い物にならなくなる場合もあったらしい。


 余裕って大事だよな。


 んで、今日は振袖新造の杏の水揚げなんだ。


 で、なんで杏の水揚げがのびのびになっていたかというと、御三家の殿様たちの誰が突き出しの相手を行うかで揉めていたらしい。


「結局お相手は尾張の殿様になったようだぞ」


「まあ、それはえらいこってすなぁ」


「まあ、大丈夫だろう」


 結局遊女の水揚げを行うのはそれなりに世俗で知られた名があって、40歳以上の気心しれた常連客の中から選ばれた事が多い。


 無論初物好きな江戸ッ子の中には自らを水揚げの相手に推薦したりする者もいる。


 しかし、現在の水戸の若様だとちょっと年齢とか女性に対しての落ち着きが足らないわけだな。


 江戸時代の40歳というと初老で商人や職人なら隠居して悠々自適の生活をしていたりする。


 ある程度歳を重ねている方が色々と性経験も豊かで、新造の心身を痛めることもないだろうと信頼されていたんだ。


「まあ、相手が御三家の殿様だからって緊張しすぎることもないさ。

 これから馴染みになってもらえるはずだしな。

 もちろん度を超えて無礼なことをしたらまずいけどな」


「もちろんしまへんがな」


 ちなみに道中の後見人は一応藤乃にやってもらうことにしている。


 派手に道中を練り歩いた後は揚屋に向かう。


 そこには尾張の殿様が待っていた。


「どうぞ杏をよろしくお願いいたします」


「うむ、任せておくが良い」


 こうして杏は無事に一夜を過ごし振り袖新造としてのデビューを果たしたわけだ。


 御三家が馴染み客になってくれれば一安心だよな。

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