とりあえず水茶屋の対策のおとり捜査要員を集めようか
さて、潰された湯屋が水茶屋に名を変えて店を開いている件について、町奉行所に報告はしたが”証拠を出せ”という塩対応はまあ予想通りではある。
実際人が殺されたり物が盗まれたりしてるわけではない上に、江戸時代の日本は春を売ることに対して寛容な文化であるからから仕方ないとは言えるんだがな。
「とは言え、色んな意味でほおっておくわけには行かねえんだけどな」
吉原の大見世や中見世は21世紀でいえば銀座の高級クラブや高級コンパニオンのような会話や教養の高さ、芸事の旨さなどをメインとする接客業、江戸時代の京都の島原などの太夫などのような方向へ舵を切っているので品川や深川の飯盛女や水茶屋と客層がかぶることはない。
しかし、小見世や切見世の客層はかぶるし吉原は辺鄙な場所である分こっちのほうが不利だ。
まあ、浅草の観光客を拾えるようになったので少しはましになっているんだろうけどな。
もっとも、水茶屋などの摘発に幕府の手が回らないのは予想済みではあるんだが。
与力同心の数が少なすぎるから、実際史実のように奉行の面目が潰されない限りは動かないだろうし、むしろ品川を中心に四宿の飯盛女に関してはその後、公的に黙認されてるからな。
旅籠だって生き残るために必死なんだが千住宿についてはまじで客がかぶるのでこちらもなんとかするべきだろう。
「じゃあ、私娼を取り締まるための権限をもらってこっちで対策するしかねえよな」
そういうわけで俺は奉行所のお奉行様に心付けの金を手渡しつつ手回しをする。
「これより茶屋や旅籠での売春の証拠を手に入れてこようと思います。
その際茶屋のほうから吉原に引っ越したいと申し入れてきたら受け入れたいと思います。
しかし、茶屋が納得しなければ、問答無用でお奉行様へと引っ捕らえて差し出します。
そのために必要な人を集める許可をいただけますでしょうか」
と俺は町奉行へ申し出た。
「なるほどわかった。
良かろうその方の申し出を許可する」
奉行所でも人手は足りないのでこれ幸いと許可された。
そしてその書状も手に入れた。
文書を形にして手に入れておくのは大事だからな。
「よし、町奉行の言質は取ったし文も預かった。
早速人手を集めるとしようか」
まずは俺は惣名主付き秘書の高坂伊右衛門のところに足を運んだ。
「おう、忙しい所悪いが、ちょっといいかい?」
高坂伊右衛門は相変わらず書類との終わりのない戦いの最中だ。
いつもすまんな、でも俺も働いてるから勘弁してくれ。
もっとも俺が手を広げれば広げるほど彼も大変になるという話でもあるんだが。
彼が顔を上げて俺の方を見た
「はい、なんでしょうか?」
俺は彼にやってもらいたいことを説明する。
「お前さんの知り合いの浪人で食うに困ってる者はまだまだいると思うんだがそういった連中に
声をかけたら、俺の下で働いてくれるやつはいるかな?
水茶屋の取締の権限を奉行様からもらったんで力を貸してほしいんだよ」
やはり俺がいきなり浪人に声をかけようとしても難しいだろう。
しかし、元浪人である高坂伊右衛門ならつながりもあると思う。
彼は頷いた。
「それは当然います。
なにせ今や仕官先は限られていますからね」
俺は頷いて話を続ける。
「ああ、なら是非お前さんから声をかけてほしい。
その際に金子がいくらか必要であればそれも用意する。
忙しい所すまんがよろしくな」
彼も頷いてくれた。
「はい、では昔の同僚などに声をかけてみましょう」
そういって俺は彼に10両ほど手渡す。
高坂伊右衛門は書類を片付けると部屋からでていった。
とりあえず新年明け早々だが仕官先のない浪人は食うにも困ってる奴も多いだろうし、ある程度は来てくれるだろう。
そう思っていたら暫くして20人ほどの浪人が俺のところに来てくれた。
中にはそれとは別に家族を連れてきてるやつもいるようだ。
浪人のリーダー格らしい男が俺に聞いてきた。
「お前さんのところに来ればまずは飯を食わせてもらえると聞いたんだが本当かね?」
俺は頷いて答える。
「ああ、まずは飯だな。
詳しい話はその後しようじゃねえか」
俺は揚屋の宴席を使って彼らに飯をたらふく食わせた。
男たちはともかく女や子供までひもじがってるのは見てて辛い物があるな。
腹一杯の米を食った後浪人のリーダーが聞く。
「で、俺達にやらせたいことってのはなんなんだ?」
浪人の質問に俺は答えた。
「ああ、お前さんたちにやってもらいたいのは吉原以外で店を構えて春を売ってる連中のところに遊びに行ってその証拠を手に入れてきてほしいんだ。
そして、証拠が上がったそいつらを奉行所へしょっぴくのと吉原にかちこんでくるかもしれねえ連中から吉原を守って欲しいんだ。
無論遊びに必要な金はこっちから出すし用心棒としての日当は別に出す。
どうだろうか引き受けちゃくれねえだろうか」
浪人は腕を組んで考えたあと俺に聞いた。
「ふむ、つまり日本橋やら鉄砲洲やら深川で茶立て女と遊んでその後そいつらから文でも貰えばいいってことか」
俺はそれに頷く。
「ああ、そうだやってもらえるかね」
浪人のリーダーはニヤリと笑った。
「ああ、かまわないぜ。
茶立て女と遊んで、文を手に入れ、いざとなれば身を守るために剣を振るえばいいってわけだな」
俺はそれに頷く。
「ああ、そうだ。
やってもらえりゃ助かるぜ。
ただしお前さんたちに何かあっても俺の方では責任は取れない。
それだけは覚悟してくれ。
あと、いま連れてきてない家族がいる奴は明日からは連れてきてくれてかまわないぜ」
浪人たちは頷いた。
「ああ、わかったぜ」
こうして俺は浪人たちを水茶屋に送り込むおとり捜査要員として確保した。
我ら吉原裏同心、死して屍拾う者無しって感じかね。




