ま、暖房は大事だよな、真田の殿様にも長生きしてもらいたいもんだ。
さて、吉原の歌劇用の劇場に設置したロケットストーブにより劇場の中はかなり暖かい。
火鉢などは手をかざして温めるのが主だが、劇場の中は空気自体が温かいのだ。
火鉢が電気ストーブのようなものだとすると、ロケットストーブは石油ファンヒーター並みに部屋を温めることができると考えればそりゃあその差は大きいよな。
ロケットストーブのメリットは木材の中に入っている可燃性の物質をほとんど燃焼させることが可能なことなんだが、それにより不完全燃焼による一酸化炭素やすすなどもほとんど出なかったりする。
まあそれでも換気は必要なんだけどこの時代における建物は隙間だらけなのであんまり心配することも無い。
これを応用すれば風呂などを効率よく沸かすこともできそうな気がするな。
ロケット風呂釜を作ったら売れるかね?
「まあ、それでもすすを完全になくすのは無理なんだけどな」
ともかく冬であっても吉原の劇場は相当暖かいのは間違いが無い。
そのために劇場の入場料を払って一日中入り浸ってるやつも居るようだ。
「まあ、気持ちはわかるし、歌劇の見物客が増えるなら悪いことじゃないな」
そんなことを考えていたら、また俺は藤乃付きの禿の桃香に呼ばれた。
「藤乃様のお客はんが、戒斗様とお話しがしたいそうでありんすよ」
俺は桃香に頷いてみせる。
「ん、わかった、行くとするぜ」
俺達は揚屋の藤乃が持ってる部屋へ向かい、座敷に上がることにする。
「三河屋楼主戒斗、失礼致します」
すっと障子を開けて中を見る。
今日の藤乃の客は松代藩の真田信政のようだ。
「うむ、楼主よ来たな。
お前が作った吉原歌劇の暖房に使っているでかい七輪のようなものあれを私にも作って欲しいのだ」
「はあ、それはもちろん構いませんがなにしろまだ作ったばかりのものでもありますので
完成まで少々時間をいただけますか?」
「ふむ、できれば早めに頼みたい。
父上のためにな」
「なるほど、ご高齢のお父上にとって冬の寒さは厳しいものでしょうからな。
なるべく早く作ってもらうようにいたしましょう」
「うむ、頼むぞ」
真田信政と父の真田信之の関係は本来相当悪かったようなのだが、ここでは健康の心配をするくらいには仲は修復できたらしい。
そしてその他にも劇場に来ている金のある商人やら武家の奥さんなんかから同じものを作ってほしいという依頼が歌劇を通してたくさん入ってきたのだ。
「うむむ、まあ、構造自体は単純だから作るのは簡単なんだがそれを作れる人間がそんないないからな……」
というわけで俺は七輪職人に追加発注をすることにした。
「お前さんに作ってもらったあれな、かなり評判がいいみたいなんで、同じ物を作ってほしいんだが、できればお前さんが全部直接つくるのではなくてお前さんの仲間にもやり方を教えつつ数を作れるようにできるかい?」
七輪職人は腕を組んで考えてから言った。
「ほう、評判が良いのかい。
じゃあ、やらざるをえねえだろう。
俺の仲間に声をかけて作ることにするぜ」
「ああ、そうしてくれると助かるぜ」
こうして珪藻土のロケットストーブもなんとか数を作れるようにしていくことにした。
こうなったらこっちも工場化して通年で作れるようにしようか。
冬の間は暖房製品を、夏には風呂釜や調理器具を作れば通年で仕事がなくなることもないだろう。
何日かして、七輪職人は松代の殿様用のロケットストーブをちゃんと作り上げてくれた。
「どうでぇ、出来栄えの方は」
「おう、さすがだなお前さん。
これで真田の殿様も暖かく過ごせるだろう」
「おうよ、俺も鼻が高いってもんよ」
「で、お前さんの腕を見込んでなんだが。
俺の工場で俺の専任で働いてもらえねえかな?
無論いまの冬場だけじゃなく夏場にも働けるように
考えてるんだが」
「俺様をお前さん専任に?」
「ああ、そうだ、お前さんの腕ならそれだけの価値がある」
「わりいがその話は断らせてもらうぜ」
「ん、なんでだ?」
「なんだか面倒事を押し付けられそうな気がするんでな」
むう、まあそうならない可能性もないとはいえないか。
「わかった、だが、七輪暖炉の注文はたくさん来てるんでそれについての注文はうけてもらえるか?」
「まあ、それくらいは構わんぞ」
こうして俺はロケットストーブの注文を受けてその制作を七輪職人に投げて作ってもらうことにした。
そして後日、藤乃が真田信政に伝えられたようだが真田の殿様は息子から送られた七輪暖炉にすごく喜んでいたそうだ。




