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江戸時代の遊郭の楼主に生まれ変わったので遊女の待遇改善に努めつつ吉原遊廓の未来も変えようと思う  作者: 水源
明暦4年・万治元年(1658年)

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小見世女郎お雪の一日

 私は三河屋の楼主戒斗様が見世を見る事になりました椿屋の雪と申します。

 今年20の並局でありんすな。


 今は廻しもしておりませぬし、見世泊の旦那はほとんどいませんので大体の起床時間は朝四ツの巳の刻(おおよそ朝10時)です。


 泊まりの場合は朝に見送りがある分遅く起きてもよいのですが。


 まず起きたら最初に入浴ですが、小見世には当然内湯などはないので湯屋へと向かいます。


「ああ、今日も混んでるねぇ」


 江戸の湯屋の営業時間は、朝五ツの辰の刻(8時)から暮六ツの酉の刻(18時)までなのが普通なのですが、吉原の湯屋は昼九ツの午の刻(正午12時)までで終わってしまう店が多い。


 それ以降は昼見世が始まるからほとんどの遊女はそれまでに入浴を済ませないといけないからですが、その分湯屋はとても混んでいるのです。


 入浴料金は大人8文(約200円)なので銭を払って風呂に入る。


「早く垢を落としてしまわないとね」


 かけ湯殿からかけ湯をして、蒸気風呂に入ったあとたらいに湯をすくうと糠袋で肌をあらう。

 最後にかけ湯で垢を流して落としたら風呂屋から出ます。


 見世に戻ったら、広間で昼食の膳をいただくのです。


「はあ、それにしても食える飯が良うなったのは嬉しいでありんすな」


 今日の献立は納豆の味噌汁、雑穀と玄米のご飯、きゅうりの漬物、海苔の佃煮、それに焼き鰯。


 チョット前までは虫が湧いたクッサイ米に塩っ辛い汁物、塩っ辛い漬物だったのを考えれば涙がでるほど嬉しい。


「ではいただきんすか」


 そしてなんだかんだで毎日ちょっとずつ献立が違うのもうれしい。


 食事を取り終わったら髪を結い、化粧を施し、座敷の掃除や床の間への花生けなども行いお仕事の準備をします。


 そして昼九ツの午の刻(正午12時)からは昼見世が始まります。


 私達遊女が格子の後ろの張り見世についていくのですが、勿論座る場所には決まりがあります。


 一番最前列の真ん中が最も人気のある人が座る場所です。


 私も前列なのでそこそこ人気はある方だと思いますけど。


 とは言え昼見世は暇な時間帯です。


 昼見世にやってくるお客は昼間しか遊べない武士などが多いのですが、明暦の大火の後は参勤交代が停止していて、地方のお武家さんは国元へ帰ってしまっているのも有って、昼間に吉原に来る客は少ないのです。


 その中には金を持ってきていない“ひやかし”のお客も多くて困ります。


 なので、私達もこの時間は芸事の練習のために三味線や琴をつまびいてみたり、貸本屋から借りた本を読んでみたり、一緒に座っている遊女で百人一首や双六、カルタをして遊んだり、流しの易者に手相を見てもらったり、お客さんを呼ぶために文を書いたりしながらのんびりと待ちます。


「そちらのお嬢さん、遊ばせていただきたいのだが良いかな?」


 おっと私に声がかかりましたね。


 当然そういったことはお客に見られながらなわけですが、今のように指名が入れば2階へ上がり接客をします。


「はい、ありがたく受けさせていただきやんすよ」


 そこそこ良い身なりのお武家さんのようですね。


「では、金一分か銀10匁いただきんす」


「うむ、これで良いか?」


 お武家さんは一分金を差し出してくれました。


「あい、ありがとやんすよ」


 時間を図るための線香に火をつけて線香皿に置きます。


「では、早速始めましょうか」


「うむ」


 2切れ(1時間)は、あっという間ですからね。


 今日は昼間にお客さんを取れたので幸先がいいですね。


 事が終わったら階段まで一緒に行き、見送りをしてからまた張見世に付きます。


 そして昼七ツ の申の刻(午後4時くらい)を過ぎたら昼見世は一度終わりますので、広間でまた夕食をとるのです。


 この時間は軽く茶漬けにナッパの漬物だけですね。


「頂きます」


 食事が終われば各自の自由時間となりますので、私は化粧直しを念入りにしましたが、大体はお客に手紙を書いたり三味線のお稽古をしたりすることが多いです。


 そうして、暮れ六つの酉の刻(おおよそ午後6時)日が暮れると吉原は賑わい始めます。


 妓楼に行灯や提灯の灯りがともされてゆき、吉原の往来を歩く人が増えて活気づくのです。


 三味線による清掻と呼ばれるお囃子が弾き鳴らされ、これが合図となり夜見世が始まるのですね。


 昼見世では遊びながら過ごす遊女も夜は真剣に客を待ちます。


 私にも声がかけられました。


「おめえさん、俺っちとどうだ?」


「ありがたく受けさせたいただきんすよ」


 まあ、私達には客を断ることはできないのですが。


 こうして客を取り2階に上がって事を済ませて階段で見送り、また張り見世について客を待つということを繰り返し、今日は昼一人、夜三人、合わせて金一両分となりました。


 私の取り分は金一分(おおよそ2万5千円)ですが。


「はあ、今日はいっぱいお客さんがついてよかったですわ」


 遅い時間に酔っぱらいに相手をするのも辛いものですが、最後まで張り見世に残り、通りすがりの冷やかしから「売れ残り」と指を刺されて嘲笑されるのは、本当に泣きそうな思いになりますからね。


 それに最悪お茶をひいても怒られたり飯抜きにはならなくなったのもありがたいですな。


 夜四ツ亥の刻(22時)になりお客さんが皆帰れば後は就寝です。


「明日は大島に行く日ですな」


 大島の南蛮人は私達が珍しいのもあるのかとても優しい。


 しかし、体の匂いがきついのと家に風呂がないのはチョットいただけないですけれど。

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