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俺と妙の祝言

 さて、吉日を選んで俺達は祝言をあげることにする。


 祝言というのはまあ披露宴みたいなものだ。


 まずはその前にこちらから妙の家へと結納品を目録を添えて贈る。


 結納は元々は中国のしきたりで日本で最初にやったのは仁徳天皇の皇太子で後の履中天皇が羽田矢代宿禰の娘、黒媛を妃とした時に納菜が贈られたことだそうだ。


 平安時代には公家が、室町時代には武家が行うようになり、江戸時代になって裕福な商家では武家に習うことが憧れになるとその真似をして結納が行わるようになる。


 一般の町人や農民も行うようになるのは明治以降らしいな。


 結納は二人の結婚の意志を公にして、正式な婚姻の成立を周りにも知らせる重要な儀式だ。


 贈るのは紅白の衣装、真綿、のしアワビである長熨斗ながのし寿留女するめ子生婦こんぶ、金銀一対の扇子である末広すえひろ、酒樽の家内喜多留やなぎだるなど長寿や子孫繁栄を祈るための縁起物だな。


 縁起物の性格上、5点、7点、9点、11点と2で割れない奇数を揃えるようにした。


「こちら結納の品でございます。

 どうぞお受け取りくださいませ」


「これは有り難い、どうか娘をよろしくお願いします」


 婚礼は吉日を選び夜間に行われる。


 これは陰陽思想により女性は陰であり、そのほうが縁起が良いと考えられていたからだ。


 そして、箪笥や長持、化粧道具等の花嫁道具を運びいれる道具入れ、花嫁が新郎家に輿に乗って移動する輿入れ、花婿の家に親戚縁者などを呼びもてなしてお披露目をする祝言を執り行う。


 これ等3つを合わせて婚礼の儀礼とするのだな。


 俺の方は祝言を行う広間に白絹の布を敷き婚礼にふさわしい飾付けを行って嫁さんが来るのを待つ。


「ああ、若旦那と婚姻出来るなんて羨ましいですわ」


「ほんま、ほんまわっちも身請けしてくれる人が現れてほしいもんですわ」


 遊女たちは祝言の飾り付けをそんなことを言いながら進めていく。


「戒斗様、これはどこに飾ればいいでやす?」


 桃香がそう聞いてきた。


「ああ、これはあそこに飾ってくれ」


 桃香はコクリと頷く。


「わかりんした」


 桃香はなんだかんだで一生懸命に飾り付けを手伝っている。


 本当にいい娘だ。


 いよいよ夕刻の嫁の門出となると、その前に嫁方は父母への暇乞いを行い、酒を一つの杯を順次回しながら飲んでいく式三献をしてこちらへ向かうことになる。


 夕刻になれば家の前に提灯で明かりをともし輿に嫁がのり花嫁行列が出発する。


 花嫁行列には一緒に嫁入り道具を運ぶ荷物の列が従う。


 嫁の輿の中には多産のシンボルである雌雄一対の犬の立ち姿の犬張子が入れられその間に嫁は座り運ばれる。


 一方俺はこちらの置屋の前で提灯を吊るして待ちながら餅をついた。


「ほいさ」


「よいさ」


「ほいさ」


「よいさ」


 餅つきは臼に杵が入る様子から男女の交わりを意味し餅はそれによって生まれる子どもを意味するわけだ。


 妙は置屋に到着すると輿ごと家の中にかつぎ入れられ、祝言の間に嫁が入るといよいよ祝言が始まる。


 暮の五ツ半(21時)から始まるように調整された祝言では、正面を避けて向かって左に妙が先に座り、右に俺が後に座る。


 結納では客分として嫁が上座、婿が下座なのだ。


 衣装は俺は白い麻裃、妙は麻の打ち掛けに顔を隠す被衣かずきではなく白い綿帽子をかぶっている。


 被衣は浪人が顔を隠したりするのに使われたので禁止されたのだ。


 絹ではなく麻なのは身分で着て良いもの駄目なものが定まってるからだな。


 まず祝言は式三献を行い大中小の盃で3度づつ妙が先に呑み、次に俺が飲む。


 これで俺たちは晴れて夫婦となった。


 雑煮が出て酒も燗酒、塗盃で宴を行う。


 初日は夫婦だけで式を執り行うのだな。


「これからよろしくな妙」


「はい、こちらこそ」


 二日目は俺の親が混ざる。


 妙は土産の品を母さんに差し出し姑と嫁で盃を交わす。


 本来は父親も加わるんだがうちはもう死んでるからな。


「お妙さん、これからうちの息子を頼みますよ」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 そして俺が妙を連れて父さんの墓にお参りにいく。


「父さん、俺も無事結婚できたよ。

 だから心配しないでくれよな」


「お父様、安らかにお眠りになってください」


 ここまでは二日目。


 三日目に妙は赤い服に着替え、色直してから三河屋と木曽屋の皆で祝う宴になる。


「禿だった坊っちゃんが嫁を取るようになるとはほんま早いもんですなぁ」


 桜はしみじみとそういう。


「まあ、誰だって成長はするさ」


 俺は苦笑しながらそう言って桜に言い返す。


 もう俺も子どもじゃないんだがな。


 一方藤乃は妙にコンコンと言っている。


「これからあんさんは三河屋を若旦那と一緒に背負ってゆくのだから頑張りなんし」


「はい、頑張ります」


 そして桃香が盃を2つ持ってやってくる。


「戒斗様、お妙さん、結婚おめでとうでやす」


 俺は桃香から盃を受け取るとその酒を飲んだ。


 妙も同じく盃を飲み干す。


「ああ、桃香ありがとうな」


「桃香ちゃん、ありがとうね」


 俺は桃香の頭をなでてやった。


「へへへ」


 桃香はそう言って笑うと離れていった。


 こうして俺達は晴れて夫婦になった。


 まあ、仕事の上でやることはそう変わらないと言いたいところだが、これから妙は三河屋の内儀として母さんや桜、藤乃といった太夫に禿の目利きや芸事などについても仕込まれることになるわけだ。


「うむむ、書類仕事の手伝いが出来るやつがまた必要になるかもしれないな」


「私もがんばりますけど、そのほうがいいかもしれませんね」


 まあ、夫婦水入らずにはしばらくは程遠そうだな。

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