そろそろ落ち着いたので妙にプロポーズしたぜ
さて、捨て子を見ているうちに子どもというのはほんとうに可愛いものだと思った俺は、妙との結婚を決意した。
「善は急げって言うしな」
勿論、この江戸時代では婚姻をするにもとりあえず籍だけ入れときゃいいかというわけには行かない。
というか、この時代は厳密に戸籍で婚姻関係を定めてるわけじゃない。
そういうのは明治に民法や家族法が制定されてからだな。
また厳密に言えば神に対して結婚するふたりが永遠の愛を誓ったり、指輪を交換したりという結婚式というのも教会式は当然、神前式や仏前式も含めて明治から始まったものでこの時代にはない。
まあ、指輪を身につける習慣も江戸時代にはないしな。
そもそも日本では結納の作法が整えられたのは室町時代からで、そういったことが行われるのは公家や武家だけだった。
町民の間で結納などが行われるようになったのも江戸時代からだな。
室町以前の鎌倉時代や平安時代などは結婚ははっきりいつからというものではなく、夫婦の床入りが行われた時点で事実上結婚したものと考えられていたようだ。
正式には北の方などになった時なのだろうけどな。
江戸時代、武士や公家、宮家、神主など血統が大事な身分の人間は本人に結婚相手の選択権はほとんどなく、許婚や親が決めた相手と結婚するのが当然だった。
そしてこういった階層では女性には貞操観念はかなり重要視された。
一方、農業や漁業、林業を行う大多数の人間は、庄屋や名主のような血統が重要で裕福な家を除けば、祭りの時の乱交、夜這いなども含めた村のなかで決められたルールの中で、割りと自由に恋愛も出来たし当人同士で結婚相手を決めることもできた。
結婚前に恋愛をして、体をあわせて相性を見てから結婚するという事もあり男女とも結婚前の貞操観念についてはうるさくは言われなかった。
とはいえ農村や漁村、山村においては恋愛感情よりも現実的な生活能力が求められた、嫁は子どもをうんで家事、育児も行い、農作業や海女等の働き手としても期待されるわけで甘い生活とは程遠いことも多かった。
実際として生活が楽か大変かは住んでいる場所の年貢などの税率や藩主の性格などで大きく変わったしな。
都市部の商人や職人などのはその中間だな、貧乏な長屋住まいで自由なその日暮らしをしている棒手振などの行商人などは田舎の夜這い文化をそのまま残していることも多いし、それなりに裕福な長屋の住民は大家の管理下で共同生活して、見合いを行うこともある。
豪商や大工の親方ともなれば政略結婚もあるが、店などを継がせるという点では実の娘に番頭を婿入させて後を継がせることも多かった、武士などと違い血筋より能力重視という感じだな。
とにかく善は急げで俺は妙に俺の嫁になってもらえないかと告白することにした。
その前に小間物屋で一等優れた櫛と簪を買っていくことにする。
「おう、一番いい櫛と簪をくれ」
「櫛と簪ですか、ではこれなんてどうでしょう?」
それは柘植の櫛と鼈甲の簪だった。
「おう、いいなこれをくれ」
「へい、毎度あり」
そして、俺は三河屋に戻る。
妙はいつもの通り書類を片付けているな。
俺は妙に話しかける。
「妙、いつも仕事を手伝ってくれてありがとうな」
妙はニッコリ笑う。
「いえいえ、戒斗さんに比べれば私など」
「まあしかし、合縁奇縁というのは妙なものだ。
お前さんとあの時河原で合わなかったら今こうして一緒に書類に埋もれるなんてこともなかっただろうな」
「ふふ、そうですね。
でも、その御蔭で私も私の家もすごく助かりました」
そして俺は櫛と簪を差し出しながら妙にいった。
「この櫛と簪はお前ぇのもんだ。
俺と一緒になってくれるかい?」
この時代の櫛や簪は21世紀で言えば、婚約指輪に相当する超重要な求婚アイテムだった。
つまり、男性が女性に櫛や簪を贈ると言うのは結婚してくれというプロポーズなわけだな。
櫛については、「苦労」の「く」に「しんどい」の「し」をあわせて苦労を一緒にしてくれるかいという意味もあるのだがまあ、すでにしてるのではという気もしないでもない。
ちなみに、離婚のときはもらった櫛を妻が夫に投げつけて家から追い出したりもする。
もう苦労は願い下げだって事だな。
無論遊女が客に櫛や簪を送られることもたくさんあるわけだが、このあたりはキャバ嬢や風俗嬢にブランド品を送るのに近い感覚だろう。
妙はキョトンとした後、櫛と簪を受け取ってくれた。
「え、あ、はい、私で良ければ喜んで」
俺はホッとして息を吐いた
「ふう、良かったぜ」
妙が不思議そうに聞いてきた。
「どうしてですか?」
「いや、断られる可能性も当然あるからな」
妙は笑った。
「そうでしたら私はここにいませんよ」
「そりゃそうか」
俺たち二人はまず母さんに婚姻することを報告する。
まず俺が母さんにいう。
「母さん、俺妙と婚姻することに決めたよ」
そして妙が続く。
「どうかお許しいただけますか?」
母さんはウンウンと頷いてくれた。
「お前が結婚を報告してくれて嬉しいよ。
お妙さんこれからも息子をよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ不束者ですがよろしくお願いいたします」
そして俺達は妙の実家の材木問屋の木曽屋へ向かう。
そして木曽屋の主人、妙の父親と母親と対面させてもらった。
「木曽屋さん、どうか俺と妙の婚姻を認めてはいただけませんか?」
木曽屋の親父さんは優しそうな笑顔を浮かべていった。
「いやいや、そう言って頂けるならこちらには望外の喜びというものです。
これからも娘と私たち木曽屋をよろしくおねがいします」
そして母親もいった。
「ふつつかな娘ですがこれからもよろしくお願いします。
いまの私達がこうして商売を続けられるのも三河屋さんのおかげですので」
どうやら、無事俺達の婚姻は認められたようだ。
俺が遊女屋の楼主ということで嫌がられる可能性もあったわけだが、そうならなくてよかったぜ。
「三河屋さんは色々手広く手がけられていらっしゃるようで。
娘が少しでも役に立つなら望外の喜びですぞ」
こうして俺達は無事双方の両親に婚姻の許可を得ることが出来た。
道具入れ・嫁入り・祝言などの婚姻の儀式には準備の時間がいるのでそれらはしばらく先だが、三河屋などの従業員たちには先に俺と妙が婚姻することは伝えていった。
桃香が少し寂しそうにいった。
「戒斗様、その方と婚姻なさるんでありんすか?」
俺は桃香の頭をなでながら言ってやった。
「ああ、妙はいいやつだし、世間体というのもあるしな」
桃香は無理して笑顔を作っていった。
「戒斗様、おめでとうやんす
わっちもお祝いしやんすよ」
桃香は桃香なりに思うところもあるのだろうな。
「ありがとう桃香」
「ありがとうね桃香ちゃん」
藤乃は妙に芸事を教えているだけにちょっと手厳しかった。
「若旦那おめでとうやんす。
しかし、お妙は引っ込み禿に芸事を教えられるにはまだまだでありんすよ」
俺は苦笑するしかなかった。
まあ、藤乃から見ればまだまだなのは事実なんだろうな
「ああ、分かってる。
そのあたり桜やお前さんもうまく手助けししてくれると助かるぜ」
「はい、私もがんばりますのでよろしくお願いしします」
「まあ、若旦那のお願いなら仕方ないしこれからもっとビシバシ厳しく行くよ」
「はい!」
まあこうして俺と妙の仲は認められたわけさ。




