原点回帰
頭を冷やすと言って出て行ったミラーは、クルーラウンジにいた。
ラウンジには十名ほどのクルーが立ちながら談笑する者、座って一人で音楽を聴いている者や、タブレットで小説を読む者などがいた。
そんなザワザワと声が響くラウンジの、端っこのテーブルの席に、ミラーは座ってコーヒーを飲みながら佇んでいた。
「ミラー班長?」
ミラーは顔を上げ、声のした方を見る。
サムだった。
「どうしたんで? 今ミーティング中だったんじゃ?」
サムには珍しく鋭い質問に、ミラーは焦ってしまう。
「あ、いや・・・今は・・・そう、今は休憩時間だ・・・」
「相席しても?」
「・・・ああ、かまわん。」
サムは様子のおかしいミラーを見つめつつ、対面の席に座った。
「ミラー・・・質問しても?」
サムは上目遣いで探るように尋ねた。
「何だ?・・・答えられることならかまわない。」
「最近クルーの間でも噂になってるんだが、
上からの情報がなんか嘘くさいって・・・
先日もアーク7が来なかったら全滅だったんだろ?
なんで、教えてくれなかったのか・・・?
誰だって、後悔して死ぬより、納得して死にたい・・・
レオンだったら、わかりやすく教えてくれてたけど、
今の班長代理は、ちゃんと教えてくれない。」
サムは、上の情報統制に不満を持っていた。
だからと言って、ミラーは現在の状況を簡単には教えられない。
しかも、ミラーはクルー達を見捨て、地球に帰ろうと考えていた。
眉間にしわをよせ、何度も瞬きを繰り返し、やっとの思いで口を開いた。
「・・・そうか・・・レオンに改善させるように言っておく。」
あいまいな言葉で逃げるように答えた。
サムは一つため息をつき、コーヒーを飲もうとして、“あっ”という顔をする。
コーヒーを飲むのをやめ、口を開いた。
「あ、そう言えば、生産班の連中も、ミラーのこと心配してたよ。」
「なに?」
「最近、切羽詰まってて、考え事してることが多いって。」
サムの言葉に、先ほどのミーティングの件や、
仕事中も敵のことばかり考えていたことを思い出す。
(確かに最近のオレは、自分のことばかり考え、周りのことを見ていなかったな・・・)
動揺を隠すように、ミラーはコーヒーに手を伸ばす。
「そうか・・・気をつけておく・・・」
コーヒーを口に運ぶと、こぶしから血が出ていることに、サムが気づく。
「おい、ミラー・・・手から血が出てるぞ。 どうしたんだ?」
「!?」
カップをテーブルに置き、手の甲を開いて見て確認する。
「・・・ミラー?」
サムが、動きの止まったミラーが気にかかる。
その声に、頷きながらサムに答えた。
「ああ・・・大丈夫・・・大丈夫だ。 ・・・ありがとう。」
ミラーの声が少し強くなって、サムはほっとした。
そんな時、サムはラウンジの入り口を見て何かに気づく。
「じゃあ、オレはそろそろ仕事に戻ろうかと。
ミラーもあまり悩まずに・・・」
そう言って、サムは立ちあがる。
ミラーは目を伏せ、手を上げて答えた。
サムは名残惜しそうにミラーを見ながら机から離れていった。
そして、サムはリードの待つ、ラウンジの入口へとやってくる。
周りに聞かれない様に、顔を近づけて話す。
「すまんな。話してる途中で呼んで。」
「いや、それは別に・・・それよりミラー・・・なんかあったんで?」
「ああ、ちょっと上とぶつかってな・・・」
「え? あの自分に厳しいミラーが・・・?」
「まあ、色々情勢が影響してるんだ。
オレもちょっと話してくる。」
そう言って、リードがサムの肩を叩く。
リードが、先ほどまでサムが座っていた場所へやってくる。
「こんなとこにいたのか・・・」
リードの声に、ミラーが軽くため息を吐き、血のにじんだ手をテーブルの下へと隠す。
自分が色んな所に迷惑をかけているのだと理解した。
逆の手でコーヒーを持ち、口にする。
「・・・ミーティングはどうした?」
「長くなったんで、休憩になった。
誰かさんも“頭を冷やす”と言って戻って来ないしな。」
リードは、テーブルにコーヒーを置き、椅子を引いて座る。
「言いたい事は分かっている・・・
だが、今のオレは人類に情報を与える事では、納得ができないんだ。」
リードはコーヒーに手を伸ばす。
一口すすり、ミラーを見る。
「いいんじゃないか、それで。」
意外な言葉にミラーは顔を上げてリードを見る。
「やっと見てくれたな。」
リードは優しい目をしていた。
歳を重ねた目じりのシワが、自分の心を見透かしているように感じた。
「すまん・・・心配ばかりかけて・・・」
「大丈夫だ。オマエはまだ若い。
たまには突っ走ることも悪くはない。
歳を取ると、そんなミラーが羨ましいぐらいだ。」
「羨ましいとか・・・」
リードは優しい顔から真剣な表情になり、言葉も強くなる。
「で、だ。ミラー・・・今回は諦めてくれ。」
「それは・・・わかっている。」
ミラーはこぶしを強く握る。
否定したい気持ちはあるが、規律違反は出来ない。
そもそも月から地球へ、無断で帰ることはできないのだから。
「地球で戦いたいのは分かっている。
だが、この戦いはきっと長い。
いや、終わらないかもしれない・・・
だから、今は情報が大事なんだ。
フィリップもああ言ったが、オマエの気持ちは汲んでくれるはずだ。
オマエの後任も決めてくれるだろう。
きっと予定より早く、帰還船で地球に戻れる。
だから、今は情報を集め、
敵と戦うための準備期間と考えればいい。」
ミラーは黙って聞いていた。
戦いたいという気持ちは変わらないが、
リードの言う通り、敵を知ることも重要な戦いだったからだ。
「だめか?」
リードの問いに“ドキリ”とする。
「いや、リードの言う通りだ・・・
戦うには、まず敵を知らなければならない・・・
それは、戦いの基本だ。
オレは、それを感情だけで突っ走って、そんなことすら忘れていた・・・」
ミラーは頭を両手でグシャグシャと掻き、大きく深呼吸した。
目を瞑り、胸に手を当て、心臓の鼓動を確かめる。
戦場でもよくやっていた動作だった。
これをやると自分の外側から自分を見ている気持ちになる。
ドクン…ドクン……トクン……トクン……
心拍数と共に、次第に落ち着いていった。
そして、リードの目をまっすぐに見た。
「――もう、迷わない! 大丈夫だ!」
その顔はいつものミラーだった。
残ったコーヒーを一口で飲み干す。
そして、太ももを手のひらで力強く叩くと、立ち上がってリードに尋ねる。
「ミーティングの再開の時間は?」
リードは時計に目をやり、ミラーを見て答える。
「間に合ったな、5分後だ!」




