七 其の肆
一通り読んで、柿村は手紙を元のように折りたたみ、丁寧に包んで封をした。そしてそれを懐にしまいこむと、腕組みをしてうーんと唸った。
(白石の奴、なんとも周到な男だな)
柿村は内心、舌を巻いていた。もし彼がこの手紙を残してくれなかったら、そして、二通の手紙を作るという仕掛けをしておいてくれなかったら、自分はこのあと何の手がかりもなく、調査に四苦八苦していたことだろう。
なぜ白石がそこまでしておいてくれたのかと言えば、答えはひとつである。もし任務の途中に死んでしまった場合、残される妻子の行く末を考えてのことであろう。
この件は、もしかしたら首斬鬼の正体を明かすだけにとどまらず、何かもっと大きな事件と結びついているのかもしれない、と柿村は考えた。一刻も早く白石を探し出し、事の次第を聞いて奉行に伝えねばならない。
「よおーくわかったぜ、白石よ」
柿村はひとり呟いて立ち上がった。
「お前さんの覚悟は無駄にしねぇ」
彼はおもむろに押し入れを開けると、大きな長持を取り出した。長持に入っているのは、変装用の炭と笠、くたびれた蓑である。すばやく町人に化けた柿村は、少しの炭を手にとって、顔を汚し、手にぶっと唾を吹き付けて、もみこすった。
御用伺いの格好で奉行所に着いた柿村は、門のところで顔見知りの同心が出てくるのをつかまえ、
「おれだ」
と囁いた。
「なんだ、どうしたんだ」
「すまぬが頼みがある。急いで、御奉行様に文をお渡しして欲しい。おれは調べることがあってな、すぐに行かねばならぬ。お目通りを待っている暇はないのだ」
それだけ言うと、柿村は懐から白石の手紙を取り出して、同心の懐にねじ込んだ。
「頼むぞ、じゃあな」
「わかった」
同心は身を翻して奉行所へ戻ろうとしたが、
「あっ」
と声を上げて柿村の腕をとり、引きとめた。
「うん?」
柿村が怪訝な顔で振り向くと、同心は真剣な面持ちで声をひそめながら言った。
「お主が行った土生村の調査だがな、中止になったぞ」
「なんだと」
柿村は血相を変えた。
「なぜだ? 何があった」
「十人の与力が向かって、そのまま全員逃げ帰ってきた。山道で襲われたらしい」
「首斬りか?」
「そうだ。小面をつけた小柄な男たちだったと聞いた。当分、調査に向かう者はおるまい。お主もあぶないぞ、気をつけろよ」
「……よう教えてくれた。感謝する」
同心は肯いて、くるりと踵を返し奉行所へ舞い戻った。それを見送った柿村は、笠を深く被りなおして顎紐をきつく絞め、ひとり俯いて街道を歩き出した。