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不知火血風抄  作者: 高倉麻耶
三章
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三 其の陸

 ざくざくと近づく足音に気づいて振り向くと、木刀を提げた桜木が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。いつものように、庭で素振りの練習をしていたらしい。思わず、不知火は立ち上がって身を引いた。桜木は、慌てたように片手を上げて制止した。


「あいすまぬ、どうぞ続けられよ」


 不知火は首を横に振り、桶を置いて立ち去ろうとした。が、


「お待ちを」


と、桜木に声をかけられた。


「不知火どの、暇はおありだろうか」


 不知火は、振り向いて桜木の眼を見た。かつて土生家において「ちか」を一番可愛がってくれた門下生が、これとよく似た眼をしていた。名は桜木ではなかったと思うが、彼がどう呼ばれていたかは思い出せない。


「もし良ければ、ご指導をいただきたい。皆、道場で修練に励んでいる」


 桜木の言葉に、不知火は、目を逸らして少し考えた。道場で木刀を振っている者たちの動きを見るのは、自分にとって得策であるかもしれない。


 そのとき不知火は、桜木の頬がやや紅潮していることに気がついた。濡れた黒髪と白い夜着一枚を、肌にぴったりと纏わせた不知火の姿は、年頃の若者にとっては目の毒である。桜木は自分の視線に気づかれたと思ったのか、焦った様子で否定した。


「いや、いや、違う違う、おれはあなたに……その、劣情をもよおした訳ではない。そんな気持ちは微塵もない」


 そのとき廊下の向こうで、ひときわ大きな笑い声がした。


「赤城! 何が可笑しいッ」


 桜木は、照れ隠しに怒号を放った。彼の顔は真っ赤になっていた。



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