無いとしたら心がない
午後となると医師の診察と軍からは調書が行われ、この事件はあっさりと終わりを告げる。
「お前が怪しいと感じて探索に行ったら具合が悪くなって気絶した……ただそれだけだろ?」
懲罰を覚悟しあわよくば龍の護衛の任が解かれるかもと心のどこかで期待していたジーナはバルツのつまらなそうな態度に失望した。どうしてあなたはそこまで寛大でもの分かりが良いのか、おかしいです。
「罰があったほうが逆に体裁が良いかもしれんし、お前の気も晴れるかもしれんな。では勉強時間を増やすとしよう。学習態度が改善されたことだし、もっと勉強をすればお前も龍への信仰にはやく目覚めるだろうに」
「そのご処置はたいへんにつろうございますから、代わりに違う罰を。たとえば解任とか」
「罰を注文する奴があるか。今は辛いかもしれんがこの先お前には龍の信徒となる幸福が待っておるのだ。いわばこれは罰ではなく御褒美であり俺からの労いだ。羨ましいものだ。目覚める瞬間をその年で覚えることができるとはな」
そのような瞬間は訪れないしそれを拒絶するための傷がこれであると、ジーナは胸に手を当てて思う。自分はそうなってはならない唯一の存在だと。それと同時に思う。
あの二人と対峙するときに発する痛みの箇所と、短刀で突き刺そうとした箇所はずれたものの、その二つは近いあるいは同じところであるのは何故かを。
体力の低下を歩くたびに感じつつも後遺症を感じることはなく、いわゆる退院となった。随分久しぶりのように兵舎に帰った際も慰労の言葉と復帰の喜びに満ちていたのも、昨晩ようやく行われた祝賀会のおかげだろうとジーナは思った。
「隊長もせめて席におられれば良かったのに」
と道具の整頓中に近づいてきたノイスがそう言うが、その身体からは複雑に染み込んだいくつもの香水の臭いがして、一歩離れた。
「ノイス……凄い臭いがするぞ。昨日は相当派手にやらかしたんだな」
「あっそうですかこれは失礼。自分だと慣れちゃって気づきませんからね。でも隊長のこともありましたから抑えましたよ」
抑えてそれかとそういえば部屋に入った際にやけに女臭いなと思ったが、祝賀会とはそういうものでもあるとジーナは思い出した。
「惜しかったですね。ですから出席なされれば良かったのですって。隊長なら今回の件もあって女が寄ってきましたよ」
「寄ってくるわけがないだろうに。私はこんなのだし」
「こんなのとは?」
小首を傾げながらノイスが尋ねるとジーナは左頬を指差した。
「こんな男でしかも顔は傷っ面。不気味がって近づきもしないだろうに。だいたい私は女の人といても話すことが特にないぞ」
自分の言葉なのに、どこか引っ掛かりがあるとジーナは感じた。なにかとても大きな違和感が、嘘を。
「ほぉ。隊長は女人から離れておられますか。まぁその通りですね。隊長と女が一緒にいるところとかは大変珍しい事ですが」
ノイスは鼻を鳴らしながらジーナの身体を嗅ぎだした。その手を特に右肩付近を、ハイネが特に接触した箇所を、的確に。
「そう言うにしては隊長のお身体からは女の濃い匂いがしますね」
「違うんだ。あれは看護で」
「肩に頭をうずめる看護とは新治療法でしょうかね。そういった行為は普通は」
「違うんだ。向うが疲れただけで」
「何に疲れたのですかね」
ドツボに嵌っていく感覚に陥りジーナは自棄のような一言でそこから飛ぶことにした。
「看護で疲れたんだ。それに向うがそうしてきたのに避けるとか、私に鬼にでもなれと言うのか」
半ば怒るとノイスは笑い出し微笑みを向ける。
「若干鬼だとは思いますが、すみませんちょっとからかいが過ぎたようで。お二人の関係は分かります。臭いが足りませんでしたし」
若干? ちょっと? 足りないとツッコミどころが多すぎるためにジーナはどこからどう言っていいのか分からないでいるとノイスは話を変えた。
「ハイネ氏は男の仲間たちと共に頑張ってくれましたからね。あんなに良い人と同僚になれるだなんて良い役目に就けましたよ隊長は」
「そこはそう思うな。素晴らしい同僚でな」
「素晴らしい御関係ですよね。肩に頭を埋めながら共に語り合い触れ合うということは」
「頼むからノイス。私達の間にはな」
「間には、なにがないのでしょうか?」
なにがないのか? そう言うのなら、ではいったいなにがあるというのか、とジーナはハイネとのこの間のことを思い返す。
指摘された胸から肩にかけてのハイネの頭の重みからその手の熱、息の臭い、瞳の色、頭の固さ、声、声、声、私の名を呼ぶあの声、とある物しか見当たらず、ジーナは一度手で口を拭いノイスの眼がそれを追うのを見て後悔をした。
そうこの唇も知っている。何度も触れたなんの感情も籠っていないただの手段としてのあれも、そう、ないのだ。私達には。身体との接触による何かは知っているのだけれど、決して知ることのない、無いものをはっきりと見つけノイスに言うことができた。
「無いと言うとしたら心が無い。特に私の、心がな」
そう答えるとノイスの表情はそれは本当か?と問い質してくるものとなりまたジーナは例の胸の部分に鈍い痛みが湧き起る。
心などないと言った癖に。
「もしも真実そうだとしましたら隊長は俺よりもずっとずっと、罪深いことをしていますよ」
「あちらだって同じことをしているし」
「男と女では同じ行為でも罪の重さは違いますよ」




