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好きですよ

 小さな頷きと返事を聞くとジーナは指輪を通し始めるも、歪みからか抵抗がかかっているように感じられ平静な表情のハイネに問おうとすると、先んじて止められる。


「大丈夫です、そのまま奥まで」


 そしてそのまま通し終えるとハイネは呼吸を止めていたのか長く息を吐き出し、自分の右手を凝視する。


 角度を変え輝きを変え光を当て暗さに置きあらゆる方法にて確認しているがその楽しんでいる姿を見てジーナは安堵の息を吐いた。


 これで終わったのだと。指輪一つ渡すだけでこんなに大変だとは西だと考えられないことであり東の文化の複雑さ……人の心の厄介さに疲れを覚えた。


 ところでいまは何時だと時間を意識すると、声が聞こえた。


「ジーナ」


 名を呼ばれるも、不思議な響きでありそれは染み込むように胸に入って来て誰の声かということはあとから来た。


 しかしその声は知らない声であるのに、誰のかは分かった。目をあげると右側に変わらずハイネがいるというのに、違う女のようにジーナには見えた。


 それは瞳の色であり、夕焼けを思わせる茜色であるのに透き通った朝の空のようにも見えジーナはその色を何色であるのかを言葉に出来なかった。


 それよりも言葉にするよりも先に感情が湧き出す、美しいと。魅入られるように見つめれば見つめるほどに、誰であるという認識は失いつつあり無へと移り変わり、残るのはその美しさだけであり、それが言った。


「好きですよ」


 挨拶であるように感情のこもらぬこ静かな声であり、それがジーナの心に入り水面に落ちた一滴によって広がる波紋が徐々に大きくなり、やがては大波へと変わっていくのを溢れださぬように堪えていた。


 これは何の言葉だろう? とジーナは言葉が理解できずもその何かに耐え、待った。


 続く言葉があるはずだと。ジーナはハイネの瞳と閉ざされた口を見つめ、待つ。


 再び時が止まったかのように凍った時が二人の間を取り巻いた。それでも時が動いていると分かるのはハイネの瞬きと呼吸による揺れ。


 ジーナもまた同じように口を閉ざし呼吸で揺れているだけであった。瞬きを見せながら、だがその回数はあちらよりも多いだろうと。


 これに気づいてからジーナは自分はずっとハイネの顔を見つめていると分かり、ふと思った。いまこれを見ているのは私だけであり、これはハイネ自身すら見ることができない私だけのものではないかと。


 そう考えるとジーナの心は温かいなにかで満たされているようにも感じられた。自分だけがこの美しさを知りいつまでも見ることができるのだと。


 いつまでも? どのくらい時が経ったのかジーナには分からず、次第に思い始める。もしも言葉の続きが来ないとしたら。あの言葉で完成でありその瞳はその心であり、そうだとしたら自分のその心は?


 はっきりと美しいと感じ喜びを覚えているこの心がもしも、あの心が、言葉にしても感じてもならないものであるとしたら、瞬きする度に感じるその心が、時がこのままずっと動かずにここにいられればいいなと願う心が、永遠を叶えているとしたら……否定しなければならない。そうしなければ時が進まないというのならば……


「ハイネさ」


「この指輪が好きですよ。凄く気に入りました。ありがとうジーナさん」


 言葉が被せられ、あっさりと時が動き出しハイネは指輪を見せながら微笑んだ。


 それは止まっていた時間などこの世界のどこにも無かったと伝えるように。全てはあなたの幻想だったと伝えるかのように。


「あなたが言う私よりも綺麗な宝石。どうです似合いますよね」


 そこには勝ち誇った顔があり指を見せつけるようにひらひらジーナの眼のまえで舞いさせ輝きを振りまき飛ばした。


「似合うよ。それと綺麗だね」


「宝石がですね、分かっていますよ」


「そうだ、宝石だ」


 即座に無駄に勢い込んで返事をするとハイネは鼻で笑いジーナの肩に後頭部を傾け寄りかかり、右手を顔の前に出す。


 ハイネの髪の匂いがいつもより強く違っているとジーナはその急な変化に疑問を覚える。


「ほら私の手に収まった方が良かったですよね」


「あんなにいらないと言っていたのに」


「実際につけて見ないとわかりませんもの。私が欲しい欲しいと言ってせがむのも品がありませんし」


 ハイネの手の動きをジーナは蝶のようだと思い、しばらく眺めていると不安が湧き起りその蝶を捕えた。


「よく見てみると傷痕が気になるな。本当にこれで良かったのか?」


 問いに対しハイネは得意そうに自信を込めているような表情でジーナに言った。


「たとえ傷痕があったとしても私は気にしませんよ」


 右手を掴んでいるそのジーナの手にハイネは左手を添えつつみ込み目を合わせ言葉を繰り返す。


「私は気にしませんし、これがいいのです」


 語られるハイネの言葉を聞きながらジーナはもう元の色に戻っているその瞳をしばらく眺めていた。

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