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その傷は私のもの

 幾千にも及ぶ闇の果て、ジーナは痛みと共に目を覚ました。正確には目を覚ましつつあった。生きているから痛みがあるのかそれとも死んでも痛みはあるのか?


 混乱した頭のまま、まず思ったのはここがどこであるかだが、知っている匂いが鼻に入りしかもそれが強く濃いことからジーナは呼んだ。


「ヘイム様。そこにいるのですか?」


 返事が無く瞼を開こうとすると、右手で以って遮られた。ヘイムによる闇の形成。


「瞼を開けてはならぬ。今のそなたがそれをやると、死ぬぞ。いいな妾が良いというまで閉じておれ」


 その口調の真剣さからどういうことなのかは聞かないことにし、ジーナはまず気になっていることを尋ねることにした。


「ここは死の世界ですか?」


「そうだとしたら何故妾がいるというのだ?」


「あなたならそこにいると思ったからです」


「するとそなたが死ぬと妾も自動的にあの世に行くというのか、なんとも馬鹿馬鹿しいことを言うのだな。頭でも強く打ったのか?」


「打ちましたけどそれは、うっ」


 胸の痛みはまた一つ増していきジーナは思い出す。自分は自らの胸を刺したということを。


「なぜ自ら胸を刺した?」


 ヘイムは傷口に手をいれながら尋ねる。


「あなたは見ていたのですか?」


「ではそうなのだな。しかし見てはいない、ただの勘だが当たって何よりだ。予兆があってな」


 またひとつ傷を広げるとジーナが軽く呻くもそれ以上の声はあげなかった。


「偵察隊になにか事件が起こるとな。だからこうしてそなたに御守りを渡したのだ。大方こうなるのだろうと思ってな。死なないだけ良かったな」


 傷の深さは限界に達したようでヘイムは今度は傷を縦に広げるようにしてくるが、これはいったいなんであるのか?


「いま妾がしていることをどう思う? そなたを殺すためのものだと思うか?」


「……不思議とそうは思わないです。わけがわからないけれど、これは私を生かすための痛みだと」


「痛いであろうによくそんなことを言えるものだな」


「だってその動きには悪意がない、ぐっ」


 強い痛みが走りそれから徐々にだが痛みが遠ざかっていくようにジーナには感じられた。


「そなたはな、なにもせずにただ刺されれば良かったのだ。そうしたら自動的に御守りが代わりを務めてくれた。それなのにわざわざそれごと刺しおってからに、よくそんな器用なことをしたものだな。おかげで機能に損傷が出て戻すのにこんなに手間がかかっておるのだぞ」


 御守りの機能がなんであるのかよく分からないが、ぶつくさと文句を言う声を聞くとジーナは答えた。


「どうしても刺さなければならなくなりましてね。それなら自分諸共ということで」


「どうしてもとは、それはまた妙なことをしたな。だがそれなら一緒に刺す必要などなかったであろうに、実に分からぬ」


 傷の痛みが少しずつ癒されていく快感に浸りながらジーナの口も開き出していた。


「御守りだけを刺すだなんて、ひどいではないですか。だったら私諸共に」


 ヘイムの失笑の声がし胸を三度叩いてきた、

 激しい痛みの中でジーナはこれはトドメなのではと悲鳴すら上げられなかった。


「心中なぞごめんであるぞ。死ぬのなら一人で死ぬがいい。一人で痛みを抱えてな……」 


 その小さくなっていく声と胸の消えゆく痛みからジーナは治療の終わりが近づいていると思いだすも、どこか腑に落ちないところがあった。一人で痛みを抱えて、とは。


「ヘイム様。瞼を開けてもよろしいでしょうか」 


「絶対に駄目だ。開けたら最後、傷口は再び開かれそなたは血塗れになって出血死するぞ」


「そうではないですよね、あなたが目を開けさせない理由は……どこを怪我されていますか?」


 ヘイムの手と口が止まり思考に費やす時間が少しできたがジーナはそれが固まる前に揺すぶった。


「御守りの機能とかは分かりませんが、身代わりとなってくれますけれど一緒に刺したことによってその機能の一部が故障し、私への深手は命の一歩手前の段階であなた自身に転移し傷がついたのではありませんか。だから声が苦痛を滲ませてそしてその傷を私を見せたくなく目を開けさせないと」


「……だからどうした?」


「あなたはそれを誰にも話しはしませんよね。シオン様にもこの私にも」


「なにが言いたいのだ? それがもし事実だとしても妾は感謝や謝罪など欲しくもなく不必要だ。これは妾の痛みだ」


「いいえ、それは私の傷です。私が持つものだったものをあなたに与える理由などなかった、だから、せめて」


 ジーナは自分の左手を感覚で動かしヘイムの顔の前あたりまであげた。


「その傷に触れさせてください。何の意味もありません、ただその傷を確かめたいだけです」


 間が生まれ、時が止まり言葉も止まり、その時と意識の狭間のなかでヘイムはジーナの手を掴んだ。その瞬間的な間でなければならなかったかのように。


「それに何の意味があるというのだ」


「あなたの痛み苦しみ」


 瞼を閉じたままのジーナは自分の手に強い力が加わるのを闇の中で感じた。加えて伝わって来る感情のなにかも。


「私があなたにつけた傷に触れることによって、また痛みを感じる。どうかそれをさせてもらいたい。私はあなたを苦しめている傷に触れさせてください。その傷は私のものだとしたら私だけはあなたの呻きを聞く権利がある」


 更に強い力が手にかかるもののジーナには痛みは無く、それから手は導かれ覚えている熱から知らない熱へその内へ、もっと熱い中へ指先が触れ入っていくと、呻きが聞こえと指先に抵抗がかかり、そこで止まる。


「痛い……痛いな」


 震えがくるもヘイムはその手を離そうとはしなかった。


「おお痛い……お前のせいだ」


 掌の上に胸になにかが落ちてくる感覚だけがあった。


「お前は妾に傷をつけ、苦しめる」


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