お前が憎い
それが涙であるのか血であるのか確かめる術はなくジーナはそれをひたすらに受け入れ続けた。
皮膚に染み込みそれが体内に入ろうとも、全て受け入れなければならなかった。また一滴落ちてくるもジーナは疑問に思う。涙と血の違いとはなんだろうかと。
「お前が憎い」
いま身体の中に何かが入ったとジーナは感じた。血に涙に言葉に心のどれかかそれとも。
「お前さえいなければ、このような傷がついた身体にはならなかった、お前さえいなければ」
息が止まりそうなほどの痛みが胸へと迫るも男はそれも受け入れ苦しさを覚え、それからヘイムに今の心を伝えたくなった。
それはどこか助けを呼ぶ際の気分にも似ていた。その声は必ず届き救いが来ることも、信じることができた。だが男は切なさと苦しいのなかで踏み止まった。私にそんな資格などあるのかと。
私が私であることを望む限りはその声をあげることは、許されるのか? この痛みを癒さず抱えたまま生きることがこの選んだ生の条件なのではないのか?
ここが線なのではないか? 限界の線はここであり、互いの息があたり鼻がつくほどの距離、だがその無限の距離。
「憎むけれども、あなたが中央に行くためには私がいなければなりません」
ジーナが言葉を発すると手の力が緩みどこか遠くへ去っていく感覚があった。
「だからあなたはわざわざ私を助けた。そうですよね」
指先がヘイムの肉から離れるのが外気に触れた冷たさから分かった。
「そうだ。そうだともお前は敵だ。死を願うが中央につくまでは生きて貰わねばならない」
「生きている限り私は最前線に立ってあなたを中央まで導きますよ。私もあなたが憎いですが、それに関係なくこの身がある限り間違いなく。あなたは中央にて龍となればいいのです。龍となるものよ」
「ではそなたは中央にてそこにいる龍を討てばいいであろう。龍を討つものよ。我々はもとよりそのような関係であったのだ。依然変わらずな」
手は自分の胸元に戻されヘイムが立ち上がる音がし遠ざかっていく足音が聞こえる。そのいつもの足音。
「妾が扉を閉めたら、瞼をあげよ」
命令されたことによりジーナはヘイムの音を耳で追いかけ、やがて扉が開きすぐさま閉まる音を聞くと同時に瞼を開くと信じられない光景がそこにあった。
ここはなんて暗い部屋なのか、と。もっと光が満ち溢れていると瞼を閉じた闇の中において思っていたのに。
それは傍にヘイムがいたからなのか? あの人と会う時はそういつも昼であり、陽の下の庭園であり、必ず光がそこにあった。
ただそれだけであり、それ以外にはない、とジーナは首を振り左手を目を凝らして子細に見るも何処にも血などついてはおらず涙の跡もなかった。
指先は間違いなく傷口に入ったというのにどこにも痕跡が見当たらず、よく見るために目を拭うと指先に涙がついた。
引かれるように頬にも触れると湿っており涙が通過していたとは分かるも、いつ零れたのかは分からなかった。
泣いていたのは私であり、あの人は泣いていおらず、また血を流していたのは私でありあの人はどこも血を流してはいなかったのか?
暗闇の中で起こった全ては私自身の幻覚であり、またもしかしたらあのヘイムすらも夢であったとしたら……傷は? とジーナは右懐に手を入れるもやはりそのようなものはなく手に触れるたのは千切れかけたお守りであり、中から覗かせるのはあの日ヘイムが書き続けていた文書であり、それに血が滲んでいた。
その血痕は自分のものであるのにジーナにはそうとは思えず、自然と両掌にて包み込み祈りように額をつけ思うは、あの人は来ていたと確信を持ちそして掌を開くとその御守りは消え去っていた。
それはもとからなかったかのように。




