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聞こえなかったですか?薬指にですよ

 何が言いたいのかさっぱり分からず男は考える。もしやこちらのとんでもない勘違いであれは買ってはならないタイプの石であったのでは?


 あの時回避したというのに性懲りもなく私が買ったとしたら。そうだとしたらあの努力と金はいったい何の意味が?


「そっそれは買ってはならない宝石だったのでしょうか?」


「そうではない、買えるはずもない宝石なのだ。のぉ……なにか悪い事でもしたのか?」


 女の顔は今まで見たこともない不安に満ちたものであり男も心配になってきた。これはそれほどに高価なものであるのか? と。


「実のところシオン様から去年分の資金を預かってそれを全額使いまして」


 その言葉によって頭を抱えていた女の顔が上がり光が少し戻る。そうか、それならなんとか……いやまだだ。


「それでもまだ足りぬと妾は思う。悪いことをしたとは思えぬから、無理なことをしたのではないか?」


 無理かどうかはそういえばわからない。元値はいくらかだと主は教えてくれなかった。よって分割払いの金額がとんでもないことになるかもしれない。あれがもしも悪人だったら、アルと共謀した悪者だったら、ナギの言うことは正しい。


 私はそうとは思えないが、そういうことは良くある話だ。そこまで心配するのなら……心苦しさを覚えるのなら。男は懐から手紙を取り出し女の前に出した。主からアルへの二通。帰り際に貰ったもの。


「分割払いによる取り決めだが、これは私が読んではならないというものだけど、妻には読ませてはならないといった約束はしていない。もしも私に、いいや私達に不可能であるようなことが書いてあったら教えてくれ」


 女は白い顔をしながらそれを受け取り開き見る。


「心配をさせて済まない」


 軽く首を振った女が書に目を走らせると途中で止まり小声で文章を口ずさんだ。


「女人関係を……たいへんなことにしそうな人……支えてあげて」


 なんだその文章? と男は思うも黙った。女の読む目はすぐに下まで行き、それから見終わり、すぐさま手紙をもとのように折りたたみ封筒に入れ男に返すと、残っていた酒を一口ではなく長い時間をかけて飲み干し、笑いだした。


「そなたは心配のし過ぎであったな」


 そうじゃないだろ、と言おうとすると女は手で制した。


「あれはそなたの部下であるアル宛ので妾も読んではならないものであったぞ。細々した一族の話は飛ばし読みしてそして、な」


 何故可能であるのかという分割払いの内容や妻である自分への称賛から悪い女に付き纏われているなんて酷いことを書くなという甥への叱責。そういった内容を一瞥するも男には一切語らずに箱に再び手を伸ばし持ち上げる。


「ありがとうなジン。このようなものを買って貰って妾はナギはとても嬉しいと感じていると思われるぞ」


 軽い微笑みでありいつもの女の笑みであり男も息をついた。するとさっきの会話のことや手紙の内容に金のことなど後方のどこか遠くへ流れて消えて行った。


 もはやそんなことはどうでもよく、いまはこの女のことだけを思っていたいとさえ思い始めている。女は箱を開け目を細めながら石に見入り男は女の拡大するその瞳を見ていた。


 言葉を発せず頬尻をあげそれから箱を閉じようとするのを男は止めさせる。


「確認のために指に通してみようか」


 女の瞳は宝石を見ていた際よりもさらに大きく開いていくのを男は、見た。


「指輪は箱の中にあるものではなく指についているべきであるし。箱をこちらに渡してください、私も協力しますから」


 女は反射的に首を振ったが男はそれを見ずに箱に手を伸ばす。そういうことではないはずだ、と思いながら女は箱が開き指輪が抓まれるところを見ている、


 これはナギの話であり、そういうことでは、ないはずだと。


 違うのだ、と女は無言のまま右手を男に取られ持ち上げられる。予感がなかったわけでは無い。


「では手を広げて、いや全部じゃなくて小指と中指を開いてください」


 こうなる可能性はあった。そんなことは分かっていた……だが、と女は改めて首を振り、その言葉が幻聴かどうか確認のため、分からないという視線を送るといつもと違い男はそれを理解した。


「聞こえなかったですか? 薬指にですよ。指輪は薬指に通しますから、手をどうかそのように開いてください」


 やはり幻ではなくこれは現実であり、開いたら確実にそれが来て通される。しかも自らの意志によってであると認識すると女は思う、だがいいのか? それは許されるのか? それは許されるものなのか? そう思えば思うほど指は開かれず固く閉ざされていく。


 お前は、どういうつもりなのか? と女は男を見る。そこには不審そうな表情を浮かべた男の顔があり、女は頭に来た。何故お前は少しも苦しそうでないのだ? 少しは、苦しめ。


「問うが西において右薬指の指輪の意味はなんだ?」


 尋ねると男は身体を強張らせたのが手から感じ取れ女は気持ちが良くなった。


「義務と約束だけれど、こっちは違うのか?」


「なるほどそういうことか。では何だと思う?

この指を意味するのは、なんだ?」


 女の眼差しに男は息を呑み考える、この状況において拒むに足る理由は、その指の意味は? あるとすればそれは


「結婚関係とかか?」

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