表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/486

俺に命令をしないでください

 そこまで目に入らないとはこの人はいったい……とジーナは驚いていると、シオンはまた悩みだしたのか今度は指先で髪をその短い髪をさすりだした。相当に苛々としている様子だとジーナには見た。


「……あなたは他言するような男ではないと信じて伝えますが、一言で言いますとヘイム様がお忍びでバザーに行くのです。ただそれだけですが、これは龍身とは無関係な行事であって公務ではありません。ごく一部のものしか知られておらずバルツ将軍だって知りません。これはもともとソグ王室時代からの伝統行事といえるものでしてね」


「代わりのものに買い物をさせたら良いのでは?」


 久しぶりに声を出したなとジーナはまるで水中から浮き上がり呼吸をしたような心地で返すとシオンは軽く笑い返してきた。


「それでは意味がありません。なにがあるのかは行って見なければ分からず、自ら見なければ分かろうはずもないでしょう。直接ご自身で行かなくては」


「直接と言われましても現在は様々な理由で難しそうに見えます。おやめになられてはいかがでしょうか?」


 良い声が出たとジーナは思った。この声が出たのなら大丈夫なはずだ、とも。


 ハイネの前で誓った約束のように自分はいま関係を絶っている。あのおかしな感情も一緒に断絶している。


 シオンは息を小さく吐き茶を口に運びその隣の方から声が来た。それは独り言であり、こちらに向けての言葉でない声にも聞こえた。


「そうだな。そのまま廃止してもいいのだ。これはソグの王族の伝統行事であって龍となる妾にはもう無関係なことだ」


 ヘイムの言葉にシオンは止めに入る。さっきとはまるで違う柔らかな声で以って。


「いいえ。あなたはまだ龍ではありません。前回のは戦争で行けなかったのですから、今回のは必ずと前々から言っていたではありませんか。それにこれが最後だと」


「この先はできんがそれならそれで割り切って去年のを最後だと思えば良い」


「ヘイム! それは言わないという約束でしたよね。最後だと思えば良い、だなんて冗談じゃありませんよ。突然天気が悪くなっていきなり中止になったではありませんか。あんなのは忘れるに値することです」


「そうは言うがな妾には良い思い出だ。あの頃はまだ一人で歩けたのだしな」


 シオンは言葉を失い口を半開きにして固まった。


「昔はソグの皇女で今は龍となるもの。これは龍とは無関係の行事であり、妾でなくても良いのだ。前々から言っておるが反対意見が強かったり不都合な点があったり調整がうまくいかないのなら、妾が行く必要はなくそれについて文句はなにもない。もとより言えぬ立場であるからな。ジーナの言うように、そのような感傷に塗れたわがままなどおやめになられてはいかがでしょう、だ」


 被害妄想と共に責められ名を呼ばれたジーナはヘイムの方を見る。ヘイムもまたジーナの方を向いており視線が当然合い交わった。


 ヘイムの些かの乱れもない平穏冷静な表情にいまは若干色素が薄くなっているように見える澄んだ空色の瞳。


 ほぼいつも通りのヘイムの顔であるのに、そこに諦念や寂しさに虚しさによるものが色濃く感じられ目を逸らしたくなった。


 だがどうして見るに耐えられないのだ?


 あなたがそのような顔をしているからといってこちらの心が苦しくなる道理はどこにもないのに、むしろそれは逆であるというのに。


 苦しむあなたを見て私はジーナは喜ばなければならない。


 そうであるのに、これはなにによる感情が、どのような心でいま自分の中に宿り感じているのかをジーナは分からない。そのまま長い数秒が経ち先に視線を外したヘイムが通告する。


「どうでも良い会話に付き合わせてしまったな。これより先に行う作業もないから、帰ってよいぞ」


 視線を外してくれたというのに何かが脱落した衝撃が走り加えてその言葉に痛みが走る。どうでも良いとは……あぁその通りだ。


 私にとって関係ないのだ。だが、腰が上がらない。視線はそのまま遠くを見つめるヘイムから離れない。その、不快な表情。見上げているのに俯いているかの、ヘイムのその顔にジーナの心は言葉が熱と怒りの叫びで一色となる。


 そんな顔をするな……私はそんな顔を……


「どうした立て」


「どうでも良い、関係が無い、と何故私に対して、そう言うのか」


 我ながらなんて酷い声が出たとジーナは思った。その呼吸が乱れ抑揚が壊れた声にヘイムは顔を振り向き再びジーナを見る。


 突然の変化にシオンは怪訝な顔で見て何かを言うが、ジーナには聞こえずヘイムが手で制した。


「何故もへったくれもあるか。そなたの顔にそう書いてあったろうに。さっきのあの散策の時にそれを顔に書いてこっちを見せていたではないか」


 そうだ書いてありそして隣にはハイネがいた。一緒に隠れているのをこの人は知り、その意図も察したのなら、そうだあなたの言う通りだ。


 元の青色から空色へと色が薄れ消えゆき、あたかも命を終わりを告げるほど透き通っていくヘイムの瞳をジーナは正面から受け、その全てを肯定する。


 そうだ、あなたは間違えてなどいない、だが私は間違えているのだ。


「では今はどうなのですか、いまの私の顔にはそれはありますか?」


「……まだ、書いておる」


 ヘイムの眼が左右に動いたことによってジーナは決心する。


「違う。そんなことはありえない。あの、シオン様よろしいでしょうか」


 ジーナは急に体を反転させヘイムに背を向けシオンの方を向いた。シオンは首を左右に傾けながら話がよく分かっていないままでいた。


「落書きでもされたのですか? どこにもそんなものは見えませんけど」


「落書きは脇に置きまして、私がこうして催促されても帰らずにここに座っているのは」


「あのねジーナ、気にしなくてもいいのですよ。これは仲間はずれにしているとかでは無くてですね、その日は特別な祝祭日ですしバルツ将軍はそういうのを凄く大事にする人です。それなのにそっちの行事を休ませてこちらの王室行事に付き合っていただくとは言えるはずがないだけでしてね。なにもあなたに問題があるとは私は全然思ってもいませんから」


「ルーゲン師がどうしても駄目であるのなら、私をその任に就かせてください」


 後方から椅子が旋回する音がし視線によって背中が焼ける感覚に襲われた。だがジーナは振り返らない。それから叱責する声がくるがジーナは何も感じない。


「やめろ」


「それは命令でしょうか」


「命令だとする」


「それならば、しないでいただきたい」


 

第一部分あらすじ・人物紹介を更新しました。小説の完結までの予定について重要なお知らせがありますので良かったら見てください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ