舌で受け止めましたが苦いですね……これ
ハイネは続ける。
「そこに関しては女はいつも真剣なんですよ。遊びつつもお遊びではない戦略が常にあります。その無駄に見えるあれこれ、それ自体が目的なのですよ。例えばですよ散策の終わりにルーゲン師が出て来るというのは果たしてただの偶然でしょうか?」
散策の終わりは必ずルーゲン師が現れヘイムと共に龍の館に入っていく……ジーナはその光景を思い出した。
「ここを検討しましょう。あなたはこれを偶々だとしか思わないでしょうが、私はそうは思いません。何故ならヘイム様はルーゲン師が来る時間を熟知しておりますからね。それに加えてお二人がお座りになられる場所とは……池と門との間の木陰道の真ん中にある若干平べったくなっている岩のはずですよね?」
まさにそこであるために感嘆の声をあげるとハイネは黄色な声で応じはしゃいだ。
「やっぱりそうでしたか!今のでお分かりなように私はこれを誰にも聞かず見ずに当てましたからね。分かった理由はルーゲン師の進路の癖です。というのはこの前に気付いたのですが、あの方は門から入ると真っ直ぐに館に入らずに芝生地へと回ります。そこからあの方は見るのです」
ハイネは人差し指に力を込めながら空を指差した。
「ご覧くださいって私の指ではありませんよ。その先の、あれ、そう太陽をです。天の動きを見ることはソグ僧にとって儀礼上欠かせないものです」
ジーナは今度は太陽を見るも雲に邪魔をされ朧げな光を雲の中に留めている。
「あの時刻は太陽の位置が微妙な位置でありまして、最適な場所は館の正面からではなく芝生地に入ってその向こう側からです」
言われてみるとジーナはル-ゲン師が二度同じ位置にいたことを思い出した。となるとあれは偶然ではなく必然だとしたら。はじめは自分があの岩を選んだが、それ以降はあの人が選び続けたとしたら。
「良いですねジーナさん。その考えることによって無口になるところとかが語るに及ばずと言ったところで。あなたは今こう思っていらっしゃるでしょう。そのことをヘイム様は存じていたのだろうか、と。はい存じておりました。ヘイム様も儀式のために時間によってのソグの太陽の位置は把握しきっておられます。なんといっても御公儀の際も龍を中心とした地点からの太陽の位置を確認することから始まりますし。ここまでを一本の線で繋げればこうです」
ハイネの指先がジーナの胸の正中線に当てられ縦に線をなぞった。
「ヘイム様はジーナさんと仲良くするふりをすることによってルーゲン師の嫉妬心を発動させ
より強い感情で来るように仕向けている、と。つまりは狙いは一周回ってやはりルーゲン師なのですよ」
「……違う」
心から零れ落ちたかのようなか細い呟きであるのにハイネは聞きかえしもせずに正確にその言葉を拾う。
「そう言われるのならヘイム様はジーナさんにこの行いの意図をお話されました? 違うというのならそういった感触でもございましたか? お考えください」
考えた途端ジーナは身体の血の気が引き震えが来たと自覚するとそれがハイネが察したように、答えをもう得たかのように返答が来るのを待たずに次へ次へと跳んだ。
「それではあなた自身はどうです? ジーナさんはあの方をどうなのです」
どうとはなんだどうとは、とその言葉を考えるとジーナは先ず胸に鈍い痛みが込み上げて来てそれから呼吸が難しくなり、自らの位置感覚がつかめなくなり足元に穴が開いたように意識が落ちて行きそうになった。
しがみつくものは、掴まれるものは今は一つ。ハイネのその手。だからジーナは手から腕を自らのほうに引き寄せその肩へ背中へ、不思議なくらいに違和感や抵抗感も無くそれは手繰り寄せられ、その身体にしがみ付く形となった。
そうした途端にジーナは両頬に温かな気持ちの悪いなにかが流れ落ちて行く感覚があった。
涙か、と両瞼をきつく閉じて防ごうとしても先に流れるものがまた頬を伝い落ちていく中でジーナは止めるためか言葉を繰り返した。
「そんなことはない、そんなことは」
「あってはなりませんよね」
「そうだ」
合いの手が叩かれジーナは正気に戻ると今いる場所が闇だと気づいた。そう瞼を閉じていることに気づくも硬直しているのか開かれず闇の中にいると。すると熱いなにかが頬を触れその熱が耳元で囁く。
「舌で受け止めましたが苦いですね……これ」
「なにが?」
疑問の声を発すると同時に瞼が開き曇り空の隙間から陽が差したのか光が溢れ眼が眩む中で、ぼやけたシルエットと化したハイネが目の前にいた。
「涙の味が、ですよ……こういうことをあの人とはしましたか?」




