もう一度しません?
ハイネのその行為もその言葉もその表情も異常なものとはジーナには感じられなかった。
そう感じる自分にはなにかが欠けていることなど気づかずに。
それどころかいまの自分の行動と涙への対応として正しいとものと見え、問いに対しそのままの心で以っていつもの声による返事が出た。
なにかを失っていることすら知らず忘れたまま。
「いいや。これはやってはいないな」
「じゃあこれは?」
立ち上がるハイネの手がジーナの肩に乗ると上から顔が近づきそのまま唇に被さり重なった。口の中で何かを差し出されたなとジーナが舌でそれに触れると、知らないのに分かる自分の味がし、涙の欠片をが舌の先で吸い込み消えるとハイネが離れ座り直すと、笑い声をあげ聞いてきた。
「あの人と、これ、やりましたよね」
「こちらだとこれは軽い触れ合いにすぎないものみたいだな」
「へぇ……それでジーナさんはどうしました?」
どうって……とあの日のことをジーナは思い出すとハイネが何故か瞼を閉じた。すると自然に手がハイネの首にかかり固定しジーナは前に出る。唇同士が当たり合うもハイネは無反応でありながらも、微かに唇を開き今度はジーナの中に息を入れそれから一呼吸し、のちに離れた。
いまのハイネの行動にジーナはなにかを盗られたような感覚に襲われた、がそれがなにかはわからない。
「手慣れた動きでしたが、ではこれをヘイム様におやりになられたのですね。ふーん、そうですか。さしずめ報復的な意味合いでやられたのでしょうが、あの人はどんなご反応でしたか?」
ハイネの顔色はどちらかというと青白く冷たさがあり、その表情はあの時のヘイムのに似ていたが、もちろん別人であった。
「ハイネさんのとあまり変わらなかったし、その後もいつも通りだった」
そう返すとハイネの固い表情が崩れ堪えるも止まらずに笑いだしジーナは意味不明なために首を傾げた。そんなに面白いことでも言ったのか?
「なるほど素晴らしいご反応で。それではもうこれに特別深い意味がおありだとは思われないでしょう? 西と東ではこの行為の意味が異なるというところですよ。こんなのは手を繋いだり身を寄せ合ったりした次の段階にあるソグだとちょっと上ぐらいのスキンシップですよ。その程度のことです」
頬に手を当てて撫でて来たハイネに向かってジーナは問うた。
「そう言うのなら、ハイネさんは他の男達とこういうことをしているわけか」
手が止まり一瞬怯むような震えをジーナは頬に触れる指先で感じたが、すぐに手はまた動きだし間をおいてからハイネは答えた。
「はい、あまり致しませんが一部の友達とたまにですかね。私はそういう類の女ですので……」
右頬を撫でる指の動きをまだやめずにハイネは続ける。何か書いているのか? そうだとしたら右頬で良かった。
「しかしやはりそうですか。ヘイム様のご様子が変わっていましたので道理で……まっあの人は兎も角としてあなたですね、あなた」
ハイネはジーナの頬に今度は掌を押し当てた。
「よくルーゲン師の講義を受けられましたね。悪いとは思ったりしませんか?」
「私は常々自分は善くないものものだとは自覚しているけれど」
「でもそれはこの件以外のものな気がしますから、こっちのでもっとその意識を持ってください。まぁこれでお分かりでしょうがルーゲン師は薄々とこの事に気が付いており、負の方向へ傾いてしまっているわけです。それですからこれはヘイム様のお遊戯だと申したのです。あの行為のこちらでの意味は私が身を以て証明しましたので、信じてくれますよね? あんなのは大したことではないと」
論理は重ねられるもまだ何か引っ掛かりのあるとジーナは返事に少しの躊躇を示すとハイネは頬に当てていた掌が額に移動しそれから顔を近づけ、畳みかけて来た。
「それとも私はあなたのことを実は想っていて結婚したいからああいうことをしたと? 同時にヘイム様のあれもあなたのことを想って結婚したいが故の行為といった幸せな解釈に浸りたいとでも?」
からかいの言葉にジーナは首を振った。
「まさか。そんなことがあっては」
「なりませんよね。それは私もヘイム様もおんなじこと、それで正解です。三人の心は等しく成立しているのです。ジーナさんはヘイム様にそんな感情を向けることはあってもなりませんし、その逆も然り。私もあなたについてそんな心を抱いてはおらず、そして」
「私もハイネさんのことについては何もない」
ジーナが言うとハイネは表情を変えずに額に当てた手の甲に自分の額を当て息を吐いた。さっきのと同じハイネの濃い臭いがし鼻と鼻が当たる距離にあった。
「もう一度しません?」




