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あなたはいけないことをしております

「周知のことを敢えて言いますとルーゲン師は素晴らしいお人ですよ。どこかの誰かさんと違って綺麗で爽やかで優しくて婦人たちから人気があって」


 どこかのだれかさんとはいったいどなた様だろうか、とジーナは努めて気にしないように相槌を打ちながらハイネのその長広舌を遮らぬように聞いているが、ますます比較は激しくなる一方であった。


 ここは例の兵舎の裏の森、あの例の岩のうえ。こうやって二人で会うのが恒例となってしまいジーナはそれに奇妙さを覚える今日この頃。


「誰かと違って話していてもちっとも辛くは無いし時間も長く感じられないし終わった後に不快なものは何も残らない。ああいう御方と付き合えたらどれほど気持ちがいいかと常々思いますね」


 ハイネからルーゲンのことを聞こうとしたらこの有様だよとジーナは不思議な気分の中にいた。あの日からずっとおかしいなとジーナの心は乱れたままである。ルーゲンによる講義から心に落ち着きが無くなりどこかイライラしっぱなしであった。


 そのうえ出会って話を聞くことにしたハイネの態度は酷いものでジーナの心を踏みにじりに来ていた。あなたは最悪であり彼は最高と言い方を変えながらのその一点張り。


 私が一体なにをしたというのか? いっぱいやっているがなんだか納得ができん。


 それともハイネはいつもと変わらないが心が弱って神経質になっているからこうも辛いのか? はたまた本気で私を恨んでいるために攻撃しているのか? あるいはその両方か? 言葉は耳に入って来るが内容が頭には入ってこない。まだ褒めて貶しているのだろうか、どのみちうんざりなジーナは手をハイネの口の前に差し出した。


「あのハイネさん……ルーゲン師をその褒めちぎってこっちに投げつけるのはそろそろやめにしてもらいたいのだけど」


 言葉は急にぶつりと千切られ言葉の糸が宙に浮いて消えハイネはジーナの方を見る。だがそれは睨んでいるのではなくどちらかというと微笑んでいるかのように。


「お気に召しませんでしたか?」


「それはもう……ルーゲン師についてはちょっと」


「ジーナさんから教えて貰いたいと言われたのですがちょっとは、もしかしてルーゲン師と諍いでもありましたか?」


「……そんなことはない。これはただの私の思い込みとかで」


「あなたはそういうことに捕らわれない人ですよ」


 右に座っているハイネはその両手で以ってジーナの手を強く握りしめてきた。熱い。この人いつもながら体温が高いな。


「そう思うからにはそこそこの根拠がおありですよね……もしかしてヘイム様とのこととかで」


 自分の体温も上がっているとジーナは感じる。それをハイネはその掌で感じとっているのだろうが、この人はこれをどう解釈するのかな? とジーナはハイネを見つめながら思った。


「しいて言うなら最近ルーゲン師がたまに怖くなるんだ。ヘイム様とのことになるとちょっといつもと調子が違ってしまって」


 あんなにルーゲン師のことを褒め称えていたハイネのことだから、馬鹿言わないでくださいよ! と言語道断一刀両断とばかりに全否定するかと思いきや、無言のまま包み込んでいる両掌にもっと力を込め目に涙を潤ませながら見つめてきたためにジーナは心配になった。


 この人は身体のどこかが痛いのかな。


「あなたは、いけないことをしております」


 なにを今さらとジーナはハイネの言葉に動じない。行為以前に自分の存在はこの世界的にいいものであるはずがない、と思いつつもハイネがそういう意味で言っているのではないことは分かった。


「あのルーゲン師をそのような感情に走らせるだなんて……罪深いです」


 そう言うとハイネの両目から涙が零れ落ちていくのを見てジーナは慌てる。お前は悪人だと言われているようで。


「あのハイネさん、涙を、その拭いて」


「いまジーナさんは心が痛んでいるのですか?」


「それはもう。なんだか知りませんが、人が眼の前で泣かれるのはそれはちょっと」


 めんどくさい、とジーナは思った。強く、思った。


「その心の痛みこそが罪への当然の報いなのです。あなたが罪への自覚をするまで、涙は流れ続け拭ってはなりません」


 また一筋涙が頬を伝い落ちて行くのを見た。涙が何だというのか私には関係ないええい手を離せ! と言うことはできずにジーナは白旗を振った。


「罪の自覚というものをするから泣くのはやめてほしいし拭いて貰いたい。どうか」


 すると瞼を閉じながらハイネは掌を離しながら言った。


「かしこまりました。ではどうぞお拭きください」


「私が? 何で?」


「あなたが私を泣かせたのですし、それと私は泣き続けても別になんともありませんから、あなたが拭くべきでしょう」


 そうなのかなぁ? と、またの謎論理に首を捻るが逆らってもしょうがないのでジーナはハイネの両頬と目尻を拭いた。


 その間のハイネは人形のように微動だにせずに眠っているように見え、終わった瞬間に瞼を開くとどこか満足気であった。


「あなたの罪とはですね、悪事の加担というものでしょう」


 いきなり何を? 悪行の片棒を担ぐ? とジーナは混乱するがハイネは落ち着ききっていたために本当にそれっぽく聞こえた。


「ヘイム様の遊びに、からかいに最大限に協力してルーゲン師を苦しめている、これです」


 素早くハイネは天に向かって祈りの姿勢をとり声をあげる


「お許しください。この人は気づいていなかっただけなのです。無知は罪ではございません」


 芝居がかっているもののジーナはそこを見抜くほどの心の余裕は無くいっぱいいっぱいであった。私は、罪人なのか!? 実際にそうだが。


「ただし知ったからにはここからは罪ですからね……ジーナさん!」


 叱責の声によってジーナの姿勢は真っ直ぐになりハイネを見下す。だがどうしてかハイネを見上げるようになり、また手の上に手が重ねられる。



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