53.そして種が芽吹いた。
「シルヴィア様の神託について、でございますか……」
なぜ私に訊くのだろう。
皇帝の意図はどこにあるのか。
(あの時、雪崩が起きる直前……)
シルヴィアは神の声が聞こえると言っていた。
そして私が異端であるとも。
シルヴィアの言う神。
それはこの世界の神ではない。
——創造主だ。
シルヴィアは創造主の声を聞くことができるこの世界の唯一の存在だ。
なぜなら?
ここはラブロマンス小説『救国の聖女』の世界で、シルヴィアは主人公だから。
創造主のお助けの手がどんどん差し込まれるのも当然のことだ。
でもこれは私の胸の内だけにあればいい。
誰にも知られてはならない。
(特に陛下には絶対に知られてはならないわ)
私の中でアラームがなる。
どんなことでも皇帝に弱味を見せてはならない。
皇帝は狡猾だ。
いつ何時、気まぐれでカードを切られるかわからない。
私が心血を注ぐメルドルフの地を取り上げることなど、皇帝にとっては造作もないことなのだ。
最高権力者が手にできないものなど、この帝国の何もないのだから。
私は差し障りのない、けれど事実を語るための言葉を慎重に選ぶ。
「メルドルフに聖女様がいらした時に、聖女様ご本人から稀に神の声をお聞きになられるということをお伺いしております。聖女様は神の寵愛を一身に受けられる存在でございますゆえ、特段、奇異なことではないと存じますが……」
「男とあれば喰ろうてしまう淫奔なシルヴィアが、神の愛し子たる聖女であるというだけで我慢ならぬというのに、さらに神からの天啓をも得ることが可能というのか」
皇帝は乾いた笑い声をあげた。
「コンスタンツェよ。それならば神は何故に神の屋代に住む者らには声を与えぬのだろう。あれらこそ清き身のままに神に忠実に仕え、神に愛されるべき子であるだろう? そうではないか?」
「陛下。……私には分かりかねます」
「では、こうならばどうだ。シルヴィアはおまえを陥れるために神託を受けたと虚偽を吐いている。もしくはシルヴィアは異なる神を奉じており、異端ゆえに神殿に神託が降らぬとならば納得が行くではないか」
皇帝の瞳が鋭く光った。
知っていることを一つ残らず全て吐き出せと無言の圧がかかる。
胃がギリギリと悲鳴をあげ、額に冷たい汗が浮かんだ。
「申し訳ございません。私は学者ではございません。そのような大それたことなど、あずかり知らぬことでございます。私に分かることといえば、聖女様はこの世をお救いになられるお方ということだけ。それ以外に何があると仰せられるのでしょうか」
私は卓の下でイザークの手を握った。
指先の震えが止まらない。怖い。怖くてたまらない。
イザークは私の手をそっと握り返し、
「陛下、シルヴィア様の人柄がどれほど奔放であろうとも、その聖女としての力は強大でございます。これはまごう事なき真実。私はメルドルフが浄化されていくのをこの目で目撃いたしました」
と落ち着いた口調で言った。
そう。シルヴィアの到着は遅れ大きな被害は出たが、浄化は行った。事実だ。
不具合の私には出来なかったことだ。
もしもこの世にシルヴィアがいなければ、さらに被害が拡大してしまっていたことだろう。
「リーツ、高潔であることが誇りでもあるお前のことだ。シルヴィアの所業を嫌悪しておろう。なのに何故に庇い立てするのか。あの聖女のどこに褒められるところがあるのだ」
「聖女様とは個人的には関わりたくはないと考えております。ですがそれは……」
そこまで言うと、ふとイザークは言葉を止める。
広間の入り口から侍従と近衛たちの押し問答の声が聞こえてきた。
やがて騒ぎは大きくなり「なりません‼︎」という下僕の絶叫と共に扉が開け放たれた。
土埃にまみれた一人の騎士が広間に飛び込んでくる。
「皇帝陛下に奏上申し上げます!」
身体中を泥と埃で汚した騎士は、転がるように皇帝の足元まで駆け寄ると、鬼気迫る表情で床にひれ伏した。
皇帝は動揺することなく、騎士を一瞥する。
「誰ぞ。何事か」
「私は南部領の部隊に所属しております騎士、名をクスターと申します」
南部の領。
温暖な気候と豊かな実りに恵まれた土地であり、メルドルフの前に災禍に見舞われた領だ。
災禍が起こってすぐに浄化され(シルヴィアが行き渋らなかったのだ……風光明媚な領なので……)、メルドルフよりもずっと少ない被害で済んでいた。
(その領の騎士がなぜここに?)
しかもボロボロの姿で。
騎士は胸元から一通の書状を取り出すと、
「へクスター全土の民が蜂起し領都が占拠されました。代官ランマース様が捕縛され、駐屯部隊も壊滅……。皇帝陛下、至急援軍の派兵をお願いしたく……!」
と涙ながら皇帝に差し出した。
(反乱……⁈)
まさか、そんなことが……。
53話をお送りします。
ますますきな臭くなってきましたが、そろそろ甘いのぶっこみたい感じです笑
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では、次回またお会いしましょう。
皆様に多謝を。




