54.手に届く幸福。
南部領民の蜂起の報せに、場は騒然とした。
メルドルフのように打ち捨てられた辺境領とは違い、はるかに重要な直轄領である南領の反乱は、帝国重臣たちに衝撃を与えるには十分だった。
こうなると私への糾弾どころではない。
皇帝は聖女の件は改めて場を設けようと告げ、部外者である私たちは広間から強制的に退出させられてしまった。
正直助かった。
一領主として対峙した皇帝の威圧は想像以上。
すっかり身も心も疲弊してしまったのだ。
皇帝の間から侍従に案内され祝賀会の会場に戻ったものの、舞踏会など楽しむ気にはなれなかった。
華やかな舞踏曲も貴族達の興味津々な眼差しも、ただ鬱陶しいだけだ。
地方では深刻な事態が起こっているのに、何も知らされていないとはいえ、呑気に享楽に浸る貴族たちに嫌悪感しか湧かない。
つい一年前までは疑うことなく受け入れていたのに。
(知らないことは罪だわ。それが知らされていなかったとしても)
メルドルフを下賜され、そこで貧困から抜け出せない生活があることを知った。
違う。
知らされてしまったのだ。
以前とは世界が異なってしまったのだ。
もう社交界が自分の住むべきところではなくなったことを痛感する。
私たちは宮殿を後にして、宿所であるハイデランド侯爵邸へ向かった。
貴族は領地の本邸とは別に帝都滞在用に別宅を持つ。
が、資金繰りに余裕のないメルドルフにも私にもそんな資産はない。
かといって貴族専用宿の高額な宿代も供出できず……なところ、アロイスの手回しのおかげでハイデランド侯爵家を間借りすることになったのだ。
ほんと気がきく筆頭行政官である。
そうして寝所としてあてがわれた客間に入り夜着に着替えた頃には、夜食を食べることも億劫なほどに疲れ果ててしまっていた。
私は適当に本棚から本を抜き寝台に上がった。
胃の痛みに耐えながらの皇帝との対談(と言えるのか分からないけれど)はとりあえずはうまくいった。
(弱味は握られなかったと思うけど……)
「イザーク、大丈夫よね?」
イザークは愛剣をベッドサイドに立てかけ、私の隣に潜り込んだ。
「メルドルフ領に関しては問題ないと思いますが……。皇帝の目的はやはり聖女様の排斥ですね。その足掛かりとしてコニー様の証言が欲しかったのでしょう」
「排斥って……」
殺す……と。
たしかにシルヴィアの罪は重い。
けれど聖女だ。
主人公のチートな力なくして災禍を乗り越えることなどできないのではないか。
「私が皇帝だとしても、そうすると思います。聖女の存在により民と領地に害をなすのならば、被害が広がるその前に処理するでしょう。今コニー様に命ぜられれば、迷わず斬ります」
イザークは私の手から本を取り上げ、床におく。
「上に立つものには優先せねばならないものがあるのです」
「イザーク、だからといって……」
「コンスタンツェ」
イザークは私の頬を甲で触れ、ゆるりとなでおろした。
「私は英雄と呼ばれていますが、見方を変えるとただの殺人鬼です。戦場といえど何十人、何百人の命を……誰かの大切な人の命と家族の人生を奪ってきたのですよ」
イザークはハイデランド侯爵家の騎士団に入団し、いくつもの戦場を乗り越えてきた。
つまりはそれは殺されずに相手を殺したからこそ、だ。
「これだけ戦闘をこなして、こうして生きていることは稀です。戦場を生き残った者も、大抵は身体のどこかしらを欠損してしまうものなのですが、私は致命的な怪我もなく今に至ります」
騎士として十年以上経った現在現役でさらに五体満足でいる。奇跡なのだ。
私はイザークの腕にある白く盛り上がる大きな刀疵に触れる。
「二十歳の頃に負ったものです。この戦では部隊の四分の一が死にました」
イザークは私の頬にキスをする。
「私は十五で初陣を果たし、初めてその手で人を殺めた時に覚悟を決めました。殺した者に誇れる騎士となろうと」
騎士として必ず武勲を立て名の知られる漢にならねばならないと、イザークはがむしゃらに働いたのだという。
「汚い仕事もしましたし、必死でした。……まぁ本当のところは、コニー様のお側にいたかったからです。あまり人には言えませんが」
「私に知られてしまったわよ? イザーク卿」
「あなたは私の愛おしい妻ですから」とイザークは破顔する。
「夢が叶ったわね」
「ええ。人生最大のご褒美をいただけました」
イザークはわずか十五で騎士として生き抜くことを誓い、他人の死をも越えていく覚悟を決めた。
私はどうだ。
私にはあるのだろうか。
領主として真の覚悟が。
メルドルフの民の命のために、他者の命を奪うことができるのだろうか。
例えそれがハイデランドの家族だとしても。
(私は今まで恵まれていたんだわ)
生まれた時から候爵家の令嬢として愛しまれ、何不自由なく生きてくることができた。
必要なものはすべて与えられ、苦労することはなかった。
不都合なものに応じる必要もなかったのだ。
(シルヴィアが私のことを嫌悪していたわけがわかった……。私はスポイルされた上澄の中でしか生きてこなかったのね)
ハイデランドにいるころも、今も。
メルドルフの領主といってもお嬢様のごっこ遊びだ。
アロイスとイザーク、そして民たちに縋り切っている。
「何かを選ぶのならば、何かを諦める勇気がいるのね……」
「全てを守ることはできません。けれど手の届く範囲であれば、全力で対処することはできます。私もそうです。あなたが隣にいる限りは何ものからもお守りします」
「ありがとう、イザーク。あなたがいてくれて幸せよ」
私はイザークの肩に顔を埋め、背中に手を回した。イザークの身体が熱い。
「……コンスタンツェ。もう眠りますか?」
「ううん。もう少し起きておくわ」
イザークは身をよじり、そっとランプの火を消した。
54話をお送りします。
ちょっぴり甘いかもしれない回になりました。
ブックマーク評価感想ありがとうございます。
まさしく皆様からの手に届く幸せ、です!
嬉しいです。
ではまた次回お会いしましょう!
皆様に多謝を。




