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<自撰>新染因循詩集  作者: 新染 因循
2015年
26/37

詩人 (死歌 より)

[1](Side:筆者or**?)

私が沈黙を貫くならば黙っている理由を示さなければならない。同じように詩が空白を表すならば限りない推敲の痕が残っていなければならない。そして推敲と沈黙により洗練された詩人はミロのヴィーナスのように美しい。それは彼らがどこか欠落しているという事を知っているからだ。

だから私は詩人にはなれない。たしかに詩を書くことは容易い。白紙とインクと辞書があれば事足りる。けれどどれほど言葉に囲まれようとも私は"詩を書く人"であって"詩人"にはなり得ない。そして私が書いた詩も、無惨に削がれ圧し込まれた()()だ。我々は互いを貶しあっている。だが詩人と彼の詩は互いを補い、欠落が滑らかに私の瞳を誘惑する。一文に沁みた感情が彼の沈黙へと誘い、行間から豊満に薫る情景が私の全てを攫ってゆく。そして彼は佇んでいる。何をするわけでもなく、全ての流れを受け止めただそこにいる。語ろとせず彼は待っている。陽が昇る、風が吹く、雨が霞む、雲が散る、影が……その全てと、言葉に埋まらぬ空白を、待っている。

だから私は彼になれない。それがどれほど近く、私自身であろうとも。


――――――――――――――――――――――――――――――――

[2](Side:古びた辞書)

俺は道具でしかない。()()()()()()()()()のだ。そんな俺には彼は詩人に思える。俺は言葉を定義していて、俺を象った何某は「詩人:①詩を作る、生業とする者。② 強い詩的感受性を持っている人。」と定義した。彼は詩を書いている。よって俺は彼を"詩人"と定義する。だからこそ彼は悩んでいる。

彼は空白を求めている。彼は沈黙を求めている。推敲を、洗練を求めている。何故かは知らない。俺にはそれらは詩に必要な物として定義されていないからだ。

彼は詩を書く前にいつも俺を使う。いつも決まった言葉を引くので俺の体は覚えてしまった。背が机に付くと同時に独りでに彼の望む場所を俺は開ける。空白と沈黙、推敲、洗練、そして詩人という言葉は幾筋もの線で塗りたくられ、それらのベージの側面は草臥れている。そして彼は項垂れ、暫くしてまた線を引く。

俺は彼を困らせる。誰に決められたかもしれぬ定義によって。それでも彼は俺を使い続ける。だからこそ彼は詩人だ。定義と感覚の合間に揺れる。それこそが俺の知り得ぬ「空白や沈黙」なのだろうから。

今日も彼は悩んでいる。狭間でもがき苦しみながら、それでも憧れを抱き続けて。遠き道のりに彼は居る。そして俺もいる。例え彼が、全ての言葉を知り尽くしてもなお、俺を使うであろう。

けれど一抹の疑問を抱くのだ。やがて俺が定義域から零れ落ちたとき、誰が彼を詩人と定義するのだろうか、と。


――――――――――――――――――――――――――――――――

[3](Side:全ての紙)

彼が求める"沈黙と空白"とは、建前であり理想でもある。

彼が悩むのは定義と感覚との不一致ではなく、常識と感覚との不一致である。彼が恐れているのは現状と理想の乖離ではなく、評価と理想の乖離である。つまるところ彼は肯定を求めている。彼は―――その全てが、彼の理想を貶しめている。理想を求めがらも。

矛盾している。矛盾が彼を満たしている。だから彼は詩人ではなく、なることも出来ないし彼が綴るものは詩ではない。詩の体裁を保った、詩を騙る()()()()だ。どれほど経てど、それは形だけの"沈黙と空白"―――上辺だけの理想にしかならない。

僕は紙だ。いつであれ紙以上の何かには成れないままで、だから僕は道具である。辞書であれインクであれ僕であれ―――使われて初めて意味を持つし、別段それ自体に異論があるわけではない。むしろ、数多の時間の中でそうし、されてきたことに僕は一種の矜持を持ってさえいる。そして、そこは建前も理想もない、であれば()()()()()()()()()。ヒトとして人ではない、それが詩人であるならば、彼は肯定を否定し、否定を肯定するべきだ。だがその果てに、たとえば彼が詩人に至ったとして、誰が彼を彼と定義するのだろうかと、まだ意味をなさない言葉と不明瞭な時間の中で、思った。


――――――――――――――――――――――――――――――――

[4](Side:ま*遠**人)

全てが無意味と知った。全てが無為と知った。**は希望を知らない。むしろ絶望している。

**は待っている、待ち続けている。望む誰もが**になる瞬間を。

**は肯定する。**を陳腐な表現が表すことを。そして否定する。

**は肯定する。**を高尚に称え崇めることを。そして否定する。

矛盾ではない。1は無数の式により存在するのだから。

それから**は旅立つ。何処へ、か。それは**も知らない。これまでも、これからも。


**は雑踏に立った。立っていた。憂鬱な時代の谷間に寂しげな青は拓いている。地平は、まだ見えていない。

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