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perfettt O mnojjod  作者: 如月充霰
第一折
8/8

7.若気の至り

 シャワーを浴びて、制服を身に纏った。濡れた長い髪が鬱陶しく感じるが、父に咎められる為切ることはできない。身体の曲線を描く、機能性を重視した服から徐々に暖が伝わってくる。未熟を表すこの衣装を、野暮らしいと嫌う者も多い。けれどこれを着ると決意を確認できるので私は好きだった。なんでもない日にも、ふと選んだりするくらいだ。と言っても今日はなんとなく、で選んだわけではないが。

「ローラ。床、濡れてるよぉ。」

 ソファーの背もたれに両膝を掛けて座面の縁から頭を垂らす、リージャのさかさまの口が動いた。

「あら、失礼。」

 タオルを持って髪に滑らせた。床の方を拭う気はない。紅茶を淹れるためにシンクへ向かうと、アハハと笑う声が後ろから聞こえた。ソファーを見やるとリージャが身体を起こしている。

「意外と、あらっぽい、よね。」

 まだ眠いのか瞳は半分しか出ておらず、口調もたどたどしい。先刻まで膝を乗せていた場所に今度は肘を置きその手で頰を支えた。

「紅茶、飲む?」

「ああー、無視した。」

「飲むの?」

「いらなぁーい。お茶きらーい。」

 そういうと今度は腹をそこに置き、身を乗り出して苦しそうに脚をバタつかせた。彼女の奇行は今に始まったことではない。意味は含まれないらしいので、理解しようにも叶わない。"若者の街"にはこのような者が多いと聞くけれど、コンコルディア外のことは私にはよくわからなかった。

「機嫌わるいね。」

「……そうかしら。」

「生理?」

「はしたないことを聞かないで。」

「いいじゃーん。誰もいないんだし。」

「はぁ……。違うわ。」

 淹れたての紅茶を啜る。ああ。こんな朝は望んでいたものではなかった。それを考えてしまう辺り、確かに機嫌は傾いているのかもしれない。寝間着を脱ぎ始めたルームメイトを見る。私があの部屋を出ることになった因子だ。けれどベルが、この子とミラの同居を心配して決めたことなのだから。この子を恨むのではなく彼女を誇らしく思うべきなのだ。そう考えても溜め息が漏れてしまう。

「そんなんじゃ、今日に限ってやらかしちゃうよー。」

 ユニフォームに着替えたリージャが挑発的に見上げてきた。同じ服だが、この子のは幾分か小さい。

「そんなことはしないわ。」

「あはっ、そうかぁ。」

「……リージャも、制服なのね。」

「動きやすいもん。"おそろい"だねっ。」

 楽しそうに跳ぶように扉へ向かうリージャ。そろそろ部屋を出る時間だ。

「楽しみだなぁ。"初等部の階級決着戦(オーダーマッチ)"。」

 少し低く呟かれた言葉を聞いて、思わず舌舐めずりをした。





 石畳が桜に覆われているのを見て、ああもうそんな時期かと思った。咲き始めた頃、一同が騒いでいたのには興味を引かれなかったというのに、終わりに差し掛かってやっと飛び込んできたのだ。春は来ていたのだ、と。

 ハッと気付いてエントランスを振り向く。やはり、ボサボサ頭の少女が立ち竦んでいた。遠のく距離を何食わぬ顔で見ている。

「クレア。ほら、ついておいで。」

 声を掛けても少女はプルプルと首を振るだけだ。ティメンとブリットに先に行くように伝えて、彼女の下へ走った。後ろからゆっくりとした足音がついてくるのが聞こえる。

「行くよ。」

 近くまで行って、もう一度促してもクレアは首を振るので、こちらの首は傾げることにした。行動は頑固だが、問えば理由は教えてくれるのだ。

「歩くところがないの。」

 小さいが通る声で彼女は呟いた。突拍子のない言葉には隠された意味がある。

「あるよ?俺も歩いてるでしょ。一緒に行こう。」

 手を差し伸べてもクレアは納得しないようだった。後ろから、やはりゴーチェが到着する。

「桜の上は、歩いちゃいけないの。」

 彼女の言葉に、桜の絨毯を恨めしく振り返る。なるほど。そういう信仰があるのか。クレアは教会の産まれらしく、彼女の中には絶対の決まりごとがいくつかあった。ゴーチェが能力(ドヌム)を使おうとするのを慌てて制止する。しかし、門までは数百メートルあるし、絨毯はそこまで隙間なく続いている。掻いて行くわけにもいかないだろう。しかたない。



「あ。くるまがあるよ、あれに乗るの?」

「そうだよ。今日は『遊技庭園(アミューズメント)』まで行くからね。」

 門まで彼女を負ぶっていくことにした。提案すると、クレアは迷うことなく受け入れた。しかし、と思う。ユニフォームの下の柔らかい身体を、彼女はもっと自覚した方がいい。ついでに横で不機嫌なゴーチェのことも気付いてあげたらいい。と、思ったところで彼女には到底縁遠いことなのもわかるけど。

 クレアを降ろすと、先に行かせた班員が見えた。なにやら教官達と揉めているようだ。ティメンの顔は険しいし、ブリットは暗い表情でしきりに口を動かしている。すぐにそこへ駆けつける。訳を話すと、難しい顔をしていたイリヤ先生とシェルビィ先生はすぐに飲み込んでくれた。ふたりは何と伝えていたのだろう。仕方ない、と微笑んでくれるカルリーノ先生に救われた。

 本日も俺達の班は、忙しない始まりを迎えた。



「相変わらず、大変みたいだな。」

「だいぶ慣れたけどね。」

ウィルの労いに、笑って答えた。大体は班ごとにバスに乗ったようだが、俺と、ウィルの班はふたつに分かれて乗り込んだ。あちらの車にはゴーチェ、クレア、ブリット、そしてジゼルとチャバが載っている。ジゼルは入構時にクレアと同室だったらしく、彼女に関してたいそうお世話になっている。

「俺はあの女のワガママには未だに慣れねぇよ。」

ティメンがほとほと呆れたように天井を見上げた。

「今考えても、オーシン以外には面倒見切れないメンバーだよな。」

爽やかに笑ったのはニックだ。それにティメンが食いつく。

「あ?そこには俺も入ってんのか?」

「ああ、怒りっぽいし。」

さらっと言ってのけたニックをウィルが窘める。俺にはそっちも、ウィルが居てこそ成り立つ班だと思える。

「クレアの次はゴーチェだよ。あいつ、何しでかすかわかんねぇんだ。何考えてるかわかんないし。」

なぁ、と問いかけられてもなんと答えればいいのだろう。ニックの言うとおり、ティメンもなかなか大変なのだが。

「でも、みんなおもしろい能力だし、才能溢れるメンバーよね。」

 ノエルが助け舟をいれてくれた。綺麗な女子に褒められて嬉しくなったのか、ティメンは突然に気分を高まらせた。表情で読み取れるほどに。

「そう!そうなんだよ!なんだっけ、オーシン。先生に言われたの。」

「"潜在能力ではぶっちぎり"。」

「それ!そう言われたんだよなぁー。」

 ティメンが頬を緩ませてノエルに自慢している。ノエルも、ケレイブ先生も、フォローの意味で言ったのだとは気付いていないようだ。

「ブリットは容姿ではぶっちぎり、だと思うんだけどなあ。」

 ニックが悔しそうに唸った。

「いっつも陰気なこと喋り続けてるから、怖いけどな。」

 ウィルがあまりわからない、というふうに返す。

「勿体ないよなあ。身体だけ、交換してほしい。」

「中身が残念なのは変わらないな。」

「ウィル!?」

 そんな二人の会話を聞いて、ノエルが本当に楽しそうに笑った。少し前まで、人目を気にして縮こまっていた少女が、気兼ねなく笑っている。これもウィルのおかげなんじゃないかなぁ。そう思った。





「これより、第八〇六期生初等部(エレメンタリー)、総練対決戦を開始する。」

 テオバルド主任の声が響く。こんなに広い会場でも拡声器を使わない主任の言葉には重く厳粛な空気が纏っているようだ。

「カイ、何番だ?」

 ダグルの声は強張っている。普通、そうだろう。俺だって緊張している。数か月たったとはいえ、まだ全員の能力(ドヌム)を把握してるわけではない。そもそも能力(ドヌム)をぶつけ合ったことがないんだ。怖いに、決まっている。どんな攻撃をされるのかも、自分の能力(ドヌム)の制御も。こんな場面で、意気揚々としていられる人がおかしいんだ。

「二十一番。ジュン、相手わかる。」

「ううん。その番号は見てないや。」

「そっか。あれ、自分の相手は見つけたの。ジュン、最初でしょ。」

「うん……。それが――」

 ジュンの言葉に札番号一番の呼び出しが被る。彼は掌で顔を包んでから立ち上がった。

「……行ってくるよ。」



「うわあぁぁぁ!ギブ、ギブアップ!」

 第一戦、開始後わずか二十三秒。ジュンの敗戦がきまった。いや、よくもった方だと思う。

 参加人数は一一八人。対の番号が振られた札が五十九組。本来の階級決定戦(オーダーシップ)とは違い、引き札で当たった相手とだけ対戦するわけだけど、ジュンは運が悪かった。暫定記録順位第四位の成績をもつズージィに当たってしまったのだ。あの高速回転する巨大な錐におそわれたら立ち向かいようがないだろう。彼はもともと文科系能力者(ドーニウス)なのだから。

「ジュン、おつかれさま。」

「はぁ……何もしてないのにすごくつかれた。」

 へとへとで戻ってきたジュンのことをヒルが大笑いする。馬鹿にされている当人はおこる気力もないようだ。競闘場では二戦目が行われている。俺もダグルもヒルに構ってあげられる余裕はなく、少し雑にあしらってしまっていた。

「俺……これでいけるかなー。」

 ダグルが手元のダガーをいじりながら呟く。ただよう不安心にこちらまで唾を飲み込む。

「……大丈夫。」

 うわずった声に、ダグルが俺のほうを見て頬を引きつらせながら笑った。そうするとお互いの焦り交じりの表情に段々おかしくなって、声は出さずに俺たちは顔や額に手を当てながら笑いあった。

「ああー、ナタ。なにか強くなるアドバイスくれよ。」

 ダグルが軽い調子を意識したように言う。しかし真剣に観戦していたナタは突然の抑制のない声に顔をしかめた。

「強くなるにはトレーニングあるのみだ。くだらないことを言ってないで強者の戦い方をしかと見ておくんだな。」

「……かわいげのない奴。」

「ああほら、丁度じゃないか。」

 ナタが指をさすほうを見ると準備運動をする女の子がいた。ポロネックの薄いスウェットと短いプリーツスカートに、お揃いの派手な柄。足元はショートソックスとスニーカー。特徴的なこの格好は今期第一位のベルだ。今日は髪の毛をバンチーズにしている。彼女なりの気合だろうか。

「ズージィといい、上位の奴ら出てくるの早すぎだろ……。」

「あっはは。でもダグル、安心してるー。」

「そりゃあするさ。ともかくベルには当たらなかったってことだ。」

「九番……。相手は誰だろう。」

「ジュンも知らないんだ?」

「うん、他チームの番号なんてほとんど見られなかったから。」

「出てきたぞ。」

 ベルの反対側から対戦者が現れる。想像していたよりも臆せずに登場したのは、彼女のライバルともいえるウィルのチームの班員、ニックだ。



〔第九戦、ヴェロニカ対ニコラス、対戦開始します。両者とも、用意、スタート!〕

 ピピスによって響き渡るシェルビィの掛け声と同時にベルが駆け寄る。近づいたと同時に繰り出された低い蹴りを、ニックは避けきれずに受け止めた。大きく鈍い音がなる。ニックの顔が歪んだ。ベルは単純な攻撃力もトップランクだったはずだ。これだけで相当のダメージだろう。

 続く左手の突きを避け、腕を抑えながらニックも反撃に出る。しかしそれでやられるベルではない。ふたりとも、攻撃を避け、その隙を狙いながら体制を移し、追撃を躱しつつ、反撃、そんな交戦をはじめた。まるでレベルの高い体術の組手だ。両方丸腰でいるのは成績を狙いにいかない余裕からだろう。でも対戦相手がベルならば、ニックは武装してくるべきだった。

「きゃーっすごーい!つよーい。」

「わっいたっ。というかきたなっ。」

 座席を四つ使ってうつ伏せになっていたヒルが足をはしゃがせてジュンの頭を蹴った。ジュンは眉をひそめながらも彼女に強くは言えないようだ。

「強いだけじゃないよ……。」

「え?」

 俺が聞き返すとジュンは蹴られたところをさすりながらこちらを見た。

「カイはニコラスの能力(ドヌム)を知ってる?」

「いや……見たことないけど。」

「うん、僕も。じゃあヴェロニカのは?」

「ええと、身体能力の強化系だよね、たしか。」

「そう。強化っていうより増進系って呼ばれてるけど。ヴェロニカの家系はその中でも奇質で、場面に応じた体質変化に特化してる。」

「体質?」

「身体能力増進系によく見られるのが、筋力の増加や敏速さの上昇。ヴェロニカのもこれが基盤なんだけど、彼女はさらにからだの硬度とか機能の活性化とか、いろんな応用が利くらしい。」

「……うーん。なんか、地味っていうか、よくわからないなぁ。」

「まあそうだよね。実際に本人たちもどこまでできるかよくわかってないみたいだよ。でも確実に利便性の高い能力(ドヌム)なんだ。そして彼女の強みはそこじゃない。その能力(ドヌム)を最大限活かせるよう、何百年も前から研究し続けられている伝統の武術。彼女の家ではそれを物心つくより幼いときから叩き込まれているそうだよ。ほかの何よりも修練を尊重して己の人生をそれに捧げて生きてきた、もはや自分の一部、いやすべてだといえるその武術こそが――」

「ジュンの情報通って、たまにこわいよ。」

「さっきからうるせぇよ!」

 ダグルに注意されてしまったので声を低くする。ベルとニックは攻防をつづけている。ニックが圧しているようにも見えるが、おそらくベルがあそんでいるだけだろう。

「とにかく、ヴェロニカはマレインに入る前からハイレベルに鍛えられていたんだよ。」

「うん。」

「そのヴェロニカの、特にあの速さについていけてるんだ、ニコラスは。異常だよ。つまり彼は――」

「身体能力……えっと、増進系?」

「うん。そうだと思う。」

 フィールドを見る。ベルの間断ない武撃をニックは着実にやり過ごしている。体術の演習のようだと思ったけど、ベルの一撃は岩をも砕くのを知っている。ニックがひとつひとつの勢いを適切に受け流しているからこそ、演習のような組手が成り立っているのだ。俺ならあの武芸の前で、あんなに間合いは詰められないだろう。――さっきは信じられなっかたが、スピードでいえばニックのほうが上か。

 けれどベルの一方的な攻撃がつづく。ニックから決定打になるような攻撃が出ないのだ。演習の時でも彼の勝戦率はあまり高くなっかたと思う。引き換え、武器の扱いはなかなか優秀だった。特殊能力者(ドーニウス)に対して自分がどこまで対応できるのかを見たかったのだろうが、やはり武器を使わなくては彼にとってはきついだろう。まあここまで攻めの手を許されない相手と対峙するとは思いもしなかっただろうが。

「……む。やはりヴェロニカの戦い方は参考になるものがある。」

 満足げに頷いているナタは、ニックのすごさには気づいていないようだ。そう思ったとき、ベルがニックの攻撃を受けた。入ったのか。彼女は数メートル後ろへとんだ。しかし着地すると同時に素早く走り出す。カウンターを狙ったニックの腕をするり、くねりと躱す―― 彼女はニックの肩に右手を置き、片腕で逆立ちをしていた。ポーズをとるかのような一瞬の静止のあと、背面に倒れこむ。きれいな弧を描いた脚は地面を向くまえに折り曲がり、膝がニックの背中へと吸い込まれた。

「う゛あ゛あああぁぁっ」



 そこから何戦かの対決がおこなわれたが、いまひとつ気持ちが入らなかった。ベルとニックの対戦が頭にのこっている。あのあとマルクス先生の手によりニックの負傷は一瞬にして治ったそうだが、彼の濁った悲鳴は忘れられない。ベルは少しも苦戦する素振りを見せなかった。ニックにも言えることだが、シンプルな身体能力の圧倒的な強化があれほど恐ろしいものだとは思っていなかった。それが特殊能力(ドヌム)と呼べるものなのか、となめていたのかもしれない。ただのからだにちょっとした能力を付随した俺より、よっぽど『特殊能力者(ドーニウス)』だろうに。

「うわっ、フェルマンだ。」

 明らかに嫌な顔をしたダグルの目線を追うとフェルマンがいた。自信の溢れんばかりに突っ立ているのは、自分には準備など必要ない、ということだろうか。普段からこういう鼻の付く態度で集団の空気を壊すので、扱いに困っている。偉そうにするのはベルに勝ってからにしろ、というダグルとナタの陰口に、確かに、と思ってしまったほどだ。

〔第二十戦、フェルマン対ノエル、対戦開始します。〕

 それにしてもかわいそうだ。仮にも暫定五位のフェルマンに、治療者(ヒーラー)のノエルでは手の打ちようがないだろう。きっとジュンよりも早い降伏になるのだろう。

 そんな俺の予想は当たらなかった。フェルマンも同じ算段だったらしく、開始の掛け声のあとにすこしの沈静があった。けれどノエルから仕掛けるようすもない。フェルマンはいやらしい笑みを浮かべてノエルに詰め寄る。ジャキン、という重音とともにロングソードが二本現れる。両腕を変化させたフェルマンの能力(ドヌム)だ。容赦なくそれをかざし、ノエルに向かって振り落とす。危ない――

 きぃーーんと、鋭く不快なほどの高音が轟いた。惨状を想像していたので理解がおくれた。ノエルの周囲を球状の半透明が覆っている。身を守る、彼女の能力(ドヌム)のようだ。

「すごい……結界だ!」

 隣でメモノートを取り出したジュンがしきりにペンを動かしている。いつも咎めている行為だが今は無理もないと思う。ノエルがこんな能力を隠していたことは誰も知らなかっただろう。考えてみると彼女自身が怪我をしたところを見たことがなかったので、納得といえばそうなのだが。

 ノエルは結界の内側からナイフを投げつけている。でもそれはフェルマンに容易く払い落とされ効果を示せていなかった。なにやらフェルマンが叫んでいるのが聞こえる。彼は何度も何度も両剣で結界を叩きつけていた。能力(ドヌム)によって刃こぼれのしないフェルマンの剣とは違い、ノエルの防御は絶対ではないらしい。彼の斬撃をこんなにも受け続けているので耐久性は相応のものみたいだけど、小さくひび割れてきているのが見える。フェルマンもその辺りを狙っているようだ。しかしノエルは降伏しない。限界まで試す気みたいだ。彼女にそんな度胸があったことに驚いた。

 ガラスが割れたときのような音が鳴った。ついに結界が砕壊したらしい。とうとう降伏か。ところがフェルマンの動きは止まらなかった。我慢勝負をして頭にきていたのか。そのまま防御のはだけたノエルを斬りつけたのだ。

「きゃっ。」

「ノエルさまっ――――」

 対戦中の競闘場に乗り込むひとつの影。その正体はノエルのチームメイトでもなく、彼女の友人の少女でもない。教訓者(プリセプター)の一人であるマルクス先生だった。

〔結果フェルマンの勝戦として、第二十戦を終了します。次の者、準備を。〕

 急いだような放送が入る。疑問はあったが自分の番が回ってきたので考えてる暇はないようだ。そこでたちあがるもうひとりを見て、背筋が凍った。上半身が片側まるまる潰された、アンディの痛々しい姿が脳裏に浮かぶ。

「あら。」

 もうひとりも俺に気づき、口角をあげる。そんな笑顔を俺は今つくれない。いや、恐怖が表情に出ていないだけましだろうか。

「楽しませてちょうだいね。」

 入構検診時からこのひとが苦手だった。まったく歯が立たなかった、というトラウマがあるからだ。女は長い髪を揺らしながらフィールドへ降りていった。俺の相手は暫定第六位のローラだ。






「ノエルっーー!」

 慣れない場所にやきもきさせられながら、やっと救護室へたどり着く。パーティションの奥に診察台に横たわるノエルと彼女を治療するマルクス先生がいた。

「先生……ノエルは……。」

「男性は遠慮してください。」

「あ、ああ……はい。」

 三人をパーティションの手前で待たせ、ひとりで奥に向かう。さすがマルクス先生直々に付いているだけあって傷はほとんど治っているみたいだ。けれど辛そうなノエルの表情を見ると、私も心を締め付けられるような感じがした。

「頸部……首から腰にかけての裂傷。臓器などに異常はありませんでした。大丈夫、傷は残しません。」

 いつものように優しい話し方でマルクス先生は説明をしてくれた。だけどすこしだけ元気がないように見える。先生もノエルが心配なんだろう。

 いや。それもあるだろうけどきっと教訓者(プリセプター)達に責められたのが原因なのかなと思った。マルクス先生も自分で後悔しているのかもしれない。ノエルの試合の終わらせ方は強引にも感じられた。私は自分のチームのメンバーだから感謝こそしているけれど、言ってしまえばノエルの怪我は軽い方の部類に入る。マルクス先生の行動は異常だった。

「ノエルさん、聞こえますか。」

 治療が終わったのか、マルクス先生が服を整えながら声を掛けている。弱々しく首をちいさく縦に降るノエル。それを見てやっと先生の表情が晴れる。

「傷は完治したはずです。痛みはありますか。」

「……いえ。」

「ほかの部分でも、打ったり捻ったりしたところとか、不快感のするところはありませんか。」

「大丈夫、です。」

「よかった……。」

 治療者(ヒーラー)はここまで確認するものだったか。ノエルに対してだけ豪盛な対応な気がする。そう思う私は彼女に嫉妬しているのだろうか。先生が私の方を向く。

「ジゼルさん。来てくれてありがとう。彼女をーー」

「コムフォート主治幹っ! カイラン=タッカーが重傷をっ……私達だけでは間に合いません!」

「ーー今行きます。」

 パーティションの向こうから切羽の詰まった声が届いた。カイが重傷ーー 集めている注目ほど、カイは実力がある訳ではないけど決して弱くはない。簡単に傷を負ってやるようなタイプではないと思っていた。彼の相手は誰だったか。

 マルクス先生は行ってしまう前に一度振り返った。

「彼女を、よろしくお願いします。」





 観戦席にもどると試合はすでに三十四戦目になっていた。すっかり話し込んでしまったようだ。男子訓練生がふたり、競闘場を駆け回っている。名前は覚えていない。

「ウィル!」

 オーシンの声がした。見ると手招きをしている。

「ノエル、大丈夫だった?」

「ええ。ありがとう。」

 ふたつの班が並ぶように腰掛けた。いつの間にか対戦者たちが変わっている。俺の番はそろそろか。

「誰が出てた?」

 ジゼルがオーシンに尋ねる。

「ええと、ね。ヒルがアーロン相手に結構押してたんだけど、やっぱりアーロンの方が上手だったよ。」

「さすがってとこか。そういえばカイ、無事だったんだな。」

 ニコラスの見る先には班員の面倒をみているカイがいる。無事とはいっても気迫が失せているのは見て取れた。

「まあそこは、さすがマルクス先生ってとこじゃない。もう直視できない食われかただったけどね。」

「食われかた?」

「ああ。ほんとう、ベルチームは容赦ないよね。」

 ニコラスがそれを聞いてうつむく。ベルからの一撃を思い出したのだろう。ニコラスだって数時間前に背骨を折られ、麻痺しかけたばかりなのだ。無理もない。

「おい、それよりもまずクレアを褒めてやれよ!」

 ティメンが大声をあげる。いつも邪険にしているというのにやけに上機嫌だ。クレアの方を抱こうと伸ばした手をゴーチェに弾かれている。

「ああ。うちのクレアが大活躍だったんだよ。」

 そう言ったオーシンも顔を綻ばせた。彼女の素行に手を焼いてる分、ほんとうに嬉しいのだろう。

「お前らにも見せたかったぜ。俺らの潜在能力ってやつをよぉ!」

「うん、やればできる子だと、思ってたよ。」

 涙する勢いで感動しているふたりに少しあきれつつも、それほどに無精者な少女が意外性を発揮したのだろうと思う。

「誰と対戦したの。」

 ふたりが顔をあげると同時に、その奥で傍観していたゴーチェから返事が来た。

「リージャをぼこぼこにしたんだよ。」

「……へえ。」

 感動してしまうのもわかる気がした。これでベルの班も苦杯をなめたということか。

「それはーー」

「見たかった!」

 背後からジゼルが身を乗り出す。張り合っているのはわかるが見たかった、とは悪趣味な。

「どうやったの? なにが決定打だった? ああーすごいなあーっ。」

 見たかったのに、とばたつきながら悔しがるジゼル。背中を抑えられているので体制がつらい。すると四十二戦目の合図が出たので彼女の下から抜け出した。

「え?」

「え?」

 頓狂な声をあげたオーシンをに問い返す。

「もしかして、ウィル、四十二番?」

「そうだけど。」

 固まって苦笑いをする彼を見つめる。奥で立ち上がる姿が映った。その手には四十二番の勘合札。

「そうくるか……。」

 立ち上がったのはゴーチェだった。





〔第四十二戦、勝者をゴーチェとして終了します。〕






挿絵(By みてみん)


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