初めての湯殿と、いちご柄の下着
廊下に出ると、志乃さんと同じくらいの年齢に見える女性に会う。浴衣姿で、荷物を抱えた女性だった。
「もしかして、あなたが今日来た『転移者』さん?」
私は、「はい」と答えた。
その女性は、いきなり手を握り、
「私も『転移者』なのよー!田中和恵っていうの!よろしくね!」
と、自己紹介をしてきた。
「私は武田さやかです。よろしくお願いします!」
私も慌てて、その手を握り返した。
「ねえ、渡瀬博みたいなイケメン知らない?」
…渡瀬博?
芸能人や有名人に疎い私がわかるわけない。乙女ゲームの攻略キャラならともかく。
「ごめんなさい…ちょっとわからないです…」
田中さんは深いため息をつく。
「そうよね、羅来国に今日来たばかりじゃわからないわよね…」
そう言って、手を放してくれた。
「はぁ…いい男ってなかなか居ないのよね…」
そう言って、またため息をつく田中さん。
あ、この人移転者なら志乃さんがどこにいるか、わかるかも。私は田中さんに聞いてみた。
「あー志乃さんね。志乃さんなら、この時間なら食堂にいると思うわ」
「ありがとうございます!」
私は田中さんにお辞儀をした。
食堂ならさっき、昼食で行ったから場所がわかる。私は田中さんと別れて、食堂に向かった。
「志乃さん!」
食堂で忙しく働いている志乃さんを見つけ、声を掛けた。志乃さんは私だとわかると、仕事を止めて来てくれた。
「武田様。湯殿へのご用意ができましたか?」
「はい!」
私は元気よく答える。
「私はちょっと忙しいので、代わりの千代に案内をさせますね」
「千代と申します。武田様、よろしくお願いします」
志乃さんの横に、志乃さんと同年代くらいに見える女性が居た。千代さんは、私に頭を下げた。
「湯殿へはこちらでございます」
私は千代さんの後をついて行く。
「こちらの湯殿は、少し奥まった場所にございますので、迷われる方も多いんですよ」
千代さんはそう言いながら、廊下を静かな足取りで進んでいく。木造の廊下はところどころきしみ、窓の外には手入れの行き届いた庭が見えた。夕暮れ時の柔らかな光が、障子越しに差し込んでいる。
「このお屋敷は長いんですか?」
私は何気なく尋ねてみた。
「はい、祖母の代から続いておりまして、私も物心つく前からここで手伝っております」
千代さんは振り返り、少し微笑んだ。
やがて廊下の突き当たりに、重厚な木の扉が見えてきた。扉の隙間から、微かに湯気と硫黄の香りが漂ってくる。
「こちらでございます。中に手ぬぐいを用意しておりますので、ご自由にお使いくださいませ…それと…」
私は綺麗な銀色に輝く石をもらう。
「この魔法石を持って願うだけで、どんな複雑な服も脱ぎ着自由ですので、お渡しいたしますね」
また出た、魔法石!和服を着るのにも使ったが、ここでも使うんだ。
千代さんは扉を開け、丁寧に一礼した。
「何かございましたら、廊下の呼び鈴を鳴らしてください。すぐに参ります」
「ありがとうございます」
私が礼を言うと、千代さんは静かに頭を下げ、来た道を戻っていった。その後ろ姿を少し見送ってから、私は扉をくぐり、湯殿へと足を踏み入れた。
とりあえず、魔法石で脱がないと。私は魔法石を持ち、服を脱いでと願った。
すると、するすると服が面白いぐらいに解けていく。あっという間に私はすっぽんぽんになった。脱いだ服もちゃんと畳まれているからありがたい。
私は、湯殿にある手ぬぐいを一枚持ち、湯船につかった。
時間が早いからか、お風呂には私しか居なかった。広いお風呂を独占だ。なんだか気分がいい。
はぁ…。
まだ一日は終わっていないけれど、今日という一日を振り返ると、長いようで短かった気がする。
ボディーガードの半之助さん。冒険者組合で見かけた、ちょっと変な獣人の月白さん。そして、さっき会った私と同じ転移者の田中さん。
江戸の町には、本当にいろいろな人や種族がいる。
あんみつは美味しかった。そういえば、ここの湯殿にシャンプーはあるのだろうか。私の居た日本のスーパー銭湯には当然のように備え付けがあったけれど。
気になった私は、一度湯船から出て、体を洗う場所へ行く。
普通に置いてあった、シャンプーにリンス。それにボディソープではなく、石鹸。ここだけ見てると、江戸というより昭和な感じがする。
私は、石鹸で体を洗い、シャンプー、リンスで髪を洗った。本当なら、顔は普通の石鹸ではなく洗顔料で洗いたいところだけど、贅沢は言えない。私は木製の桶にお風呂のお湯を入れて、体や髪を流す。
ああ、なんてさっぱりするんだろう。
毎日こういうお風呂につかれるのなら、異世界も悪くないと素直に思った。
(あとは乙女ゲームのような恋愛ができるのなら、満更じゃないよ、羅来国!)
「あとは夕食かな~」
三食無料の夕食。今夜は何が食べられるのだろう。それに、旦那様の存在も気になる。私の明日からの 生活が懸かっていると言ってもいい。
「何の仕事に就けるのかな~…」
私は湯船につかりながら、そんなことを考えていた。
ガラガラと、浴場の戸が開く音がした。
わ、人が入ってきた。
そうよね。ここ、共同浴場だもの。
「そろそろ上がろ」
私は手ぬぐいで前を隠しながら、脱衣所へ向かった。
脱衣所といっても、魔法石を使えば自由自在に脱ぎ着できるんだけどね。
私は魔法石を握り、今度は服を着るよう願う。
すると、あっという間に脱ぐ前に着ていた服へと戻った。
(うーん、小紋じゃなくて浴衣が着たいんだけどな)
私は困って、廊下にある呼び鈴を鳴らし、千代さんを呼んだ。
千代さんはすぐに来てくれた。
「何かお困りでしょうか、武田様」
「あの……私、この服じゃなくて、こっちの浴衣が着たいんですけど……どうすればいいですか?」
千代さんにそう尋ねると、
「そういう場合は、浴衣の前で魔法石を持って願ってください。あっという間ですよ」
そうなんだ。
浴衣の前で願えばいいのね
私は一度脱衣所に戻り、持ってきた浴衣の前で魔法石を握った。
そして、「着て」と願う。
服はあっという間に脱げ、次の瞬間には浴衣姿になっていた。
……でも、下着が前のままだ。
下着も、新しい下着の前で魔法石を使えばいいのかな。
私は再び、浴衣と白くて薄い肌着のような着物、それからいちご柄のパンツの前で魔法石を握る。
そして、「着て……」と願った。
私の思った通り、新しい下着に着替えることができた。
これで着替え終了!
(魔法石のおかげで、着付けがいらないってすごいわ……)
「使用済み手ぬぐい」と書かれた木箱に使った手ぬぐいを入れ、半之助さんが買ってくれた着物を持って脱衣所を出た。
「千代さん、待っててくれたんですか!」
「ええ。服の着替えは時間がかかりませんから」
(日本では、もっと時間がかかると思う……魔法石様々ね)
千代さんは笑って、
「そろそろご夕食です。食堂にご案内しますね」
と、言ってくれた。
……夕食か。
今度は何が食べられるんだろう。
私は少し浮かれながら、食堂へ向かった。




