化粧品屋と、初めての胸のときめき
「じゃ、そろそろ行こうかの」
あ!そういえば私、お化粧品買わなきゃいけなかったんだ!
「すみません!私、この後お化粧品買いに行きたいんですけど…場所もわからないし、お金も無くて」
旦那様はカッカッカッと笑いながら、
「そうじゃったな、羅来国の金を武田様にまだお渡ししてなかったなあ。化粧品を買わないといかんのだったのお。悪かったのお」
旦那様は陽気に笑い、手持ちのバッグからキラキラと光る金貨を出した。
「これじゃ。転移者様にお渡しする一時金の一両じゃ。これだけあれば足りるじゃろ」
私は目を丸くする。初めて見た…金貨。確か、日本円に換算すると、10万円するのよね。
私は少しかしこまった気持ちで、旦那様から金貨一枚を受け取った。
「半之助、化粧品屋に連れてってやってくれんかの」
「御意」
(半之助さん、化粧品屋なんてわかるのかな…?)
「では行こうかの」
「御意」
「はい!」
私は立ち上がり、店の中を歩いていると、私は立ち上がり、店の中を歩いていると、誰かと肩がぶつかってしまった。
バランスを崩した私は、その場に倒れ込んでしまう。
「ご、ごめん!大丈夫?」
そう言って手を差し出してくれた人は、爽やかで人当たりの良さそうな男性だった。私はその手を掴んで、立ち上がる。
「ごめん!痛くなかった?」
「弥吉!転移者様に無礼な!」
半之助さんが怒っている。
「半之助さん、私も悪かったんですから!こちらこそすみません…」
「…ありがとう、君、転移者様なんだね」
弥吉と言われた彼はバツが悪そうに笑っていた。彼の爽やかな笑顔が眩しい。こんな爽やかに笑う人見たことない。
「はい…すみません。私がぼうっとしてた所為で」
私が詫びると、彼はまた笑った。
「こちらこそ、ごめんね。俺は冒険者やってる緒方弥吉。この店にはよく来るんだ」
『飯屋・藤』の常連さんなんだ。
「私は明日からここで働くことになった武田さやかです。よろしくお願いします」
それを聞いた弥吉さんは、
「ここで働くんだ!忙しいと思うけど、頑張って!」
彼は春風のように爽やかな笑顔を見せた。
ドクン。
胸のあたりがざわざわする。この感情って、何?
弥吉さんの顔を見ただけなのに…。何だろう、私…。
「武田様、行きましょう」
半之助さんから声がかかった。私、半之助さんの声がかかるまでぼうっとしてた。やけに胸がドキドキしてて。
「またね!転移者様!」
名前は覚えてもらえなかったんだ…。ちょっと残念。
(…って、私、何考えてるの?!)
旦那様とは『飯屋・藤』の店前で別れた。後は、半之助さんと一緒に化粧品屋に行くんだけど…。大丈夫なのかな、本当に化粧品屋とかわかるのかな?
「武田殿、拙者には姉上が居ました故、化粧品屋も多少ならわかります」
(半之助さんにお姉さんが居たんだ!それなら大丈夫かな?)
「そうなんですね、頼りにしてます!」
半之助さんのお姉さん、きっと優しい人だったんだろうな。
化粧品屋までの道すがら、半之助さんは町の様子をあれこれ教えてくれた。市場の匂い、行き交う人々の格好、露店で売られている見慣れない果物。全部が新鮮で、私はきょろきょろしながら歩いた。
でも、頭の片隅にはさっきの弥吉さんの笑顔がちらついていて。
(…だめだめ、集中集中)
「武田殿、あちらです」
半之助さんが指差した先には、木造りの小さな店。看板には可愛らしい花の絵が描かれていた。
「わぁ…」
思わず声が漏れる。店先には色とりどりの小瓶が並んでいて、日本の化粧品とは違う、どこか素朴で手作り感のある佇まい。
「店主は拙者の顔見知りです。良くしてくれるはずです」
半之助さんがそう言って、暖簾のような布をくぐった。
「ごめんください」
中から出てきたのは、恰幅の良い、優しそうな中年の女性だった。
「あら半之助さん、久しぶりねぇ。今日はどうしたの?」
「実は、こちらの武田殿に合う品を見繕っていただきたく」
女性は私をじっと見つめた後、にこりと笑った。
「あらまぁ、噂の転移者様かい?いいわぁ、いい肌してる。任せときな」
そう言って店の奥へと促される。半之助さんは店先で待つらしく、軽く会釈をして見送ってくれた。
(さっきの胸のドキドキ、なんだったんだろう…)
女性に手を引かれながらも、私はまだ、弥吉さんの笑顔のことを考えていた。
なんで、あんなにドキドキして、今もこうやって考えているんだろう。
(新たな攻略対象者かも!)
そう思うと、不思議と落ち着いてきた。私の乙女ゲーム脳は根っからみたいだ。
店の奥に行くと、鏡台があった。
鏡台の前に座らされると、女性はさっそく棚から小瓶をいくつか取り出してきた。
「まずは肌に合うものを見つけないとねぇ。転移者様は肌が柔らかいから、強い香油は合わないのよ」
そう言いながら、私の手の甲にとろりとした乳白色のクリームを乗せる。ふわりと、花のような、それでいてどこか木の実っぽい甘い香りが漂った。
「わぁ、いい匂い…」
「でしょう?これはね、山向こうで採れる花の蜜を使ってるの。この国じゃ貴重品よ」
鏡に映る自分の顔を見つめながら、私はぼんやりと考える。
(乙女ゲームなら、こういう場面って絶対フラグだよね…お店の女将さんが実は元ヒロインの母親でした、とか…)
「お嬢さん、聞いてる?」
「あ、すみません!聞いてます!」
女性はくすくす笑いながら、次々と小瓶を試させてくれた。頬に乗せる紅、唇に塗る艶やかな油、髪に馴染ませる香油。どれもこの世界特有の素材で作られていて、日本にいた頃には見たことのないものばかりだった。
「せっかくだから、あの子にも似合うものを選んであげたいわねぇ」
「あの子、ですか?」
「半之助さんよ。あの子、昔からおしゃれには疎くてねぇ。姉さんが生きてた頃は色々世話焼いてもらってたのに」
(半之助さんのお姉さん……もう亡くなってるんだ)
なんとなく、聞いてはいけない話だったのかもしれない、と思って、私は曖昧に微笑むだけにしておいた。




