七日間の足音
【※読者の皆様へ:最初にお読みください】
このお話は、ある山から始まった、大変危険性のある障りに関わる内容が含まれます。
お読みになる方は必ず天気を確認し、必ず【晴れの日】にのみお読みください。
『行き逢い神に逢う』
なんて言葉がございますように、世の中にはどうにも説明のつかない、理不尽な事柄というものが、往々にしてあるものでございます。
理由なんてない。
何かこちらに、落ち度があるわけでもない。
ただ、運悪く、それに出会してしまったがために、それまでの日常ががらりと音を立てて崩れ、じわりじわりと、真っ黒な墨のように自身を侵食していく……。
これからお話しするのもまた、そんなある「音」にまつわる、本当にあったお話なんです。
ーーーー
私には、今年で齢90になる祖母がいるんですが……まぁ、この祖母がまた大変面白い人でございまして。
私に、色々な怪談話を聞かせてくれるんでございます。
昔からその地にある山の怪談や、天狗が現れる話。カワウソが化けて人をからかう話など、どれも本当に面白くてね。
ただーー
そんな祖母の部屋の枕元にはね、昔からずっと、妙な物が一つ置かれてあるんですよ。
それは、手のひらに収まるほどの、古びた真鍮の鈴でしてね。
別段、綺麗な訳でも、取り立てて何か、骨董品としての価値がありそうな物でもない、そんな鈴が、いつも寝床から手の届く場所に、ぽつんと置かれている。
ある日、私が何気なく「おばあちゃん、あの鈴、なぁに?」と尋ねてみたことがあったんです。
すると祖母は、それまでニコニコしていた顔から一転、すぅっと真顔になり、私の目を見てから、しきりに外の天気を確認し、そしてその日が、雲一つない快晴であると見届けると、ほぅっと、小さく息を吐いてこう言った。
「……そうね、今のうちに、伝えといた方が良いわね。いい? これから話すのは、本当にあった、お話なの」
と、そう言って、祖母はぽつりぽつりと、自身が体験した、ある生々しい記憶を語り始めたんです。
*
それは今からちょうど50年前。
ちょうど今時分のような、じっとりとした雨が降る、蒸し暑い梅雨の時期のことでございます。
当時、祖母は祖父が管理していたアパートの一階に住んでおりまして。その同じアパートの二階に金城さんという、祖母とは学生時代からの付き合いのある、当時40代半ばの女性がおりました。
その日の夜、金城さんは仕事の付き合いで、帰りが遅くなり、家路につく頃には、もうすっかり真夜中になっておったんだそうでございます。
外は、バケツをひっくり返したような、激しい大雨。
タクシーでも拾おうかとも思ったそうですが、その時いたのが、うっそうとした古い山裾に近いような場所でございまして、そんな真夜中に走っている車なんて一台もありゃしない。
当時は今とは違い、スマホでパパっと呼び出せるような、そんな便利な事もなく。
仕方がなく金城さんは、はぁーっ深いため息をつき、大きな傘を深く差すと、雨を遮るようにして、一人ポツンと、その暗い夜道を歩き始めたんだそうです。
片側がうっそうとした古い山裾に面している、街灯もまばらな、非常に暗い夜道でございます。
ザーザーと、地面を強く叩きつける雨音。
泥濘に足を取られぬ様、足元を気にしながら、泥水をパシャパシャと跳ね上げ、急ぎ足で歩いていく。
ーーするとね、
……ぱ、ちゃん。
その激しい雨音に、何か、奇妙な音が混じって聞こえてくることに気付いた。
(……ん?)
と思い、金城さんは、ふっと、その場で歩みを止めた。
そのままじぃっと、耳を澄ませてみるが、周囲からは、降りしきる雨が傘や地面を叩く音しか聞こえない。
(……気のせいか。きっと大きなガマガエルか何かが、近くの水溜まりで跳ねたんだろう)
そう思い直し、また歩き出そうとした。その時、
――ぱ、ちゃん、……ぱ、ちゃん。
……いや、おかしい。
それは、上から落ちてくる雨の音なんかじゃあない。
明らかに、地面の泥水を、「踏んで歩いている」音なんです。
ーーぱ、ちゃん。
しかも、その音は、暗闇の向こうーー自身の背後から、まっすぐこちらに向かって近づいてきている。
ーーぱ、ちゃん。
(待って、誰かついてきてる……もしかして、不審者……?)
金城さんの背中に、ドッと嫌な汗が吹き出しました。
付近には誰もいません。もし仮に、自身の予想通りなら……。
心臓がドクドクと跳ね上がる。
(いや、でも、もしかしたら、自分と同じように、たまたま、この道を歩いているだけかも……?)
楽観視する自分と、危険だという自分がぶつかり合う。
ーーぱ、ちゃん。
そうしているうちにも、足音は徐々に近づいていく。
ーーぱ、ちゃん
ーーそうだ、確認しよう。
恐怖に耐えかねて、金城さんは意を決して、おそるおそる、後ろを振り返ってみたんだそうです。
けれど、怖くて上を見上げる勇気なんてない。うつむいたまま、差している傘の縁を、ほんの数センチだけ、じり、と持ち上げて、下から覗き込むようにして、数メートル先にある街灯の下を見た。
すると……。
「ひぁっ!?」
金城さんは、思わず小さく声をあげた。
街灯のぼんやりとした光の中。
そこに、“人”はいませんでした。
ただ、ぽつんと……生きている人間のものとは思えないほど異常に青白い、傷だらけの【小さな子どもの、足首から下だけ】が、濡れた地面を踏みしめて立っていた。
これ以上、見てはいけない――
本能がそう猛烈に叫ぶのと同時に、傷だらけの足が、
ぱ、ちゃん、
と、金城さんに向かって、一歩、まっすぐ歩み出た。
「いやああああああっ!!!」
それを見て金城さんは、傘も投げ捨て一目散に走り出しました。
後ろなんて、絶対に振り向けない。
もし振り返って、自身のすぐ後ろに、あの足がぴたりと迫っていたらーーそう考えただけで、全身の血が凍りつくほどに恐ろしい。
やがて、自身の住むアパートが見えてきた。
ドンドンドンドンドンドンドンッ!!
「開けて! 開けてくださいッ!!」
ですが、二階に上がる時間すら惜しい金城さんは、自分の部屋ではなく、一階に住む大家ーー私の祖母の家へと、必死に助けを求めたのだそうでございます。
深夜の、それも雨の中、必死に助けを求める友人の声に、布団に入っていた祖父母は驚いて飛び起き、急いで玄関の鍵を開け、どしゃ降りの雨の中、傘も差さずに泥まみれになった金城さんに、
「どうしたんだい!?」
「何があった!?」
と、驚きながら、急いで家の中へと招き入れたんだそうです。
*
ひとまず祖母は、震える金城さんにタオルをかけ、一階の奥にある客間へと通しました。
気を利かせた祖父が、温かいお茶を淹れて持ってきてくれたんですが、金城さんはね、もう湯呑みを持つ余裕すらなくガタガタと酷く震えていて、とてもお茶を飲む事なんて出来ない。
こんな真夜中に、傘も持たずに泥まみれで逃げ込んできたもんですから、この時点で祖母はてっきり
「金城さんは、夜道でタチの悪い不審者にでも追いかけられたんじゃないか」と、そう思っていたんだそうです。
やがて、震える金城さんを刺激しないよう、祖母は優しく声をかけた。
「金城さん、落ち着いて。一体何があったんだい?」
すると金城さんは、ビクリと体を震わせながら、青ざめた唇をゆっくりと動かし、やがて堰を切ったように一気に、今しがた起きた夜道の出来事を捲し立て始めたんだそうです。
ーー仕事帰りに、激しい雨の山裾を歩いていたこと。
ーー後ろから、奇妙に響く足音が近づいてきたこと。
ーー不審者だと思って、確認するために恐る恐る後ろを振り返ったこと。
外では、ザーザーという激しい大雨が、相変わらず客間の窓ガラスを叩き続けている。
金城さんの話は、いよいよあの街灯の下の瞬間に差し掛かりました。
「……そしたらね、が、街灯の、下に……い、いたの。……あ、足……青白い……傷だらけの……!」
その瞬間でした。
それまで黙って話を聞いていた祖父の顔から、すぅーっと血の気が引いて、まるで凍りついたように真っ白になった。
「待て、金しーー」
「【子どもの足首だけ】が! そこに立っていたの!」
祖父の制止を聞かず、金城さんが狂ったように叫びました。
その瞬間、客間の空気が、ぴたりと凍りついた。
「ああ……」
すると祖父は、がっくりと肩を落とし、右手で顔を覆い、まるでこの世の終わりを見たような絶望した顔で、ただただ呆然と、祖母の顔を、じっと見つめたのだそうでございます。
何も知らない祖母は、その祖父のただごとではない様子に、
「お父さん、一体どうしたんだい……?」
と、恐る恐る尋ねました。
すると祖父は、額から嫌な汗をだらだらと流しながら、ガタガタと震える声で、絞り出すようにこう呟いたんです。
「……遅かった。すべて聞いてしまった……金城さん、あんたが出会ったのは、この辺りに昔から伝わる古いモノだ……名前はわからん。わかっとるのは、あれが【雨の日に現れる事】と、そして、【その話を雨の日に初めて知った者にも障る】という事……! 今、外はどうだ……!」
祖父の言葉に、祖母はハッととして、窓の外へ目をやりました。
外では、ザーザーと激しい雨が窓ガラスを絶え間なく叩き続けている。
「だから、この話をする時は必ず、よく【晴れた日】にだけ伝えるよう、昔から、固くそう言い伝えられていたんだ……おれも、爺さんからそう聞かされていた……もうずっと、忘れていたんだがな……」
そう言って、祖父は額から嫌な汗をだらだらと流しながら、客間の隅にある神棚へと駆け寄り、そこに置いてあった、真鍮の鈴をひっ掴むようにして持って来て、祖母と金城さんの手へと、無理やり握らせたんです。
「あんたもうちのも、二人とももう障っちまった。条件が合えば、アレは徐々に近づいてくる。雨の音や水道の音、あらゆる水の音を伝ってな。爺さんの友人も、アレに障っていなくなった。
だが、防ぐ方法はある! いいか、 音が聞こえたらすぐに、その鈴を強く鳴らすか、あるいは柏手を打って 空気を裂く高い音を立てるんだ! そうすれば、その都度、アレを一歩遠ざける事ができる! 【7日】だ! 【7日間】耐え抜けば、アレは諦めていなくなる、だから……!」
祖父がそう言った、その時だったそうです。
ーーぱ、ちゃん。
降りしきる雨の中から、不意に、奇妙な音が、祖母の耳にすぅっと届いた。
「ひぃいっ!」
その音を聞いた途端、金城さんは自身の頭を抱え、ガタガタと震え上がって椅子から転げ落ちた。
「ッどうした!?」
「今、外からなにか、音が……」
ーーぱ、ちゃん。
「ほら、また!」
そう言って、祖母がいくら祖父に教えても、祖父には、その音が聞こえなかったそうであります。
どうやら祖母と、震えている金城さんだけ、あの足音は聞こえているようなのです。
ーーぱ、ちゃん。
「ーー鳴らせ!」
祖父の鋭い怒鳴り声に、ハッと我に返った祖母は、手の中にあったあの真鍮の鈴を、無我夢中でがむしゃらに振り鳴らした。
シャンシャンシャンシャンシャン!
激しい雨の音を遮るように、甲高い鈴の音が部屋中に木霊する。
すると、
ーーぱ、ちゃん……。
聞こえていたあの奇妙な足音が一歩、自身から遠ざかるような気配がした。
鈴を振り続ける。
足音は徐々に遠のき、そのまま、雨音の中にかき消えていった。
やがて、鈴を鳴らす音と、雨音だけが残った。
「ーーッハァ……ハァ……ハァ……!」
その事を確認すると、祖母は息も絶え絶えに、その場にへたり込んでしまったそうであります。
手に握った鈴は、指が固まったようになって離れない。
その様子を見て、唯一その場で、音が聞こえなかった祖父も、ごくりと息をのみ、
「本当に、すぐ側まで来ていたんだな……」
と、いやな汗を流していたんだそうでございます。
ーーですが、ええ。
まだ、終わったわけではございません。
ひとまずは退けましたが、それは、まだ【一日目】が終わっただけに過ぎません。
あと【六日】ーーあの足音が、二人を諦めるまでの時間。
それが、祖母と金城さんの体験した、真の恐怖体験でした。
*
それからの数日間を、祖母は本当に、地獄のような日々だったと語りました。
なんとか一日目の夜は退け、二人はそのまま、祖母の家に籠城する事にしたのですが、おじいさんの言う通り、あのモノは淡々と、家の中の【ありとあらゆる水の音】を伝って、二人との距離を、じわりじわりと詰めてきたんだそうです。
例えば、お風呂に入っている時。
ーーぱ、ちゃん。
髪を洗おうとした途端、あの音が近づいてくる。
トイレの水洗を流した時。
ーーぱ、ちゃん。
ごぼごぼという音とともに、あの音が、何処からともなく響いてくる。
ーーぱ、ちゃん。
ーーぱ、ちゃん。
ーーぱ、ちゃん。
ーーぱ、ちゃん。
ーーぱ、ちゃん。
ーーぱ、ちゃん。
ーーぱ、ちゃん。
ーーぱ、ちゃん。
ーーぱ、ちゃん。
そういった生活音の中に、あの音はまぎれ込み、少しずつ、でも確実に、こちらへ歩み寄ろうとしてくる。
祖母と金城さんはその都度、鈴を振り、手のひらが赤く腫れ上がるほど、ぱぁんと柏手打つのですが、音は一瞬遠ざかるものの、またすぐ近づいてくる。
ーーぱ、ちゃん。
さら運の悪い事に、その七日間のうち三日ほどは、【激しい雨が降り続いた】んだそうでございます。
そう、“水の音”です。
空から降りしきる激しい雨。
それはあのモノにとって、いつでも、どこからでも二人の元へ近づくことができる、無限の通り道が完成してしまったようなものです。
しかも、一日目と違い、一時間に何回も何十回も、どこからともなく、あの音が近づいてくる。
ーーぱ、ちゃん。
おばあちゃんと金城さんは、文字通り囲まれてしまったような状態で、いつ現れるか分からない恐怖にガタガタと震えながら、一瞬たりとも油断できず、一睡もできない夜を過ごすしかありませんでした。
やがて、お風呂に入るのも、トイレの水洗を流すのも、怖くなってどうしよもなくなってくる。
見かねた祖父が、当時はまだ高価だった一台の大きなラジカセを持ってきて、
「これに鈴や柏手の音を録音して、自動で再生し続けよう。そうすれば二人も休める」
って、言ってくれたんですがね……。
その頃にはもう、二人とも精神的に参ってしまっていて……、
『もし、眠っている間に、機械が止まっていたら……』
『もしその間に、あの音が、すぐ側まで来ていたら……』
と、不安で仕方なく、もう眠る事なんて到底できやしないんです。
結局、ラジカセをいくら鳴らしていても、二人とも眠らずに、部屋の隅で互いに肩寄せあって、ガタガタ震える事しかできなかったそうです。
ところが、そんな二人に追い打ちをかけるように、あの音は、容赦なく牙を剥いてくるんです。
日が経つにつれて、まるで狂ったように、どんなに小さな音にも反応して、二人に近づこうとしてくる。
台所で、お茶を淹れようと、急須に細くお湯を注ぐ。
――トトトト……という小さな音の奥から、
……ぱ、ちゃん。
喉が渇いて、コップの水をゴクリと飲み干す。
――ゴキュン、
という喉の音にすら反応して、
……ぱ、ちゃん。
ついには、生きるために水を飲む事すら満足に出来なくなってしまった。
それに伴って、二人の体調も、目に見えて悪くなっていきましてね。
目はおちくぼみ、肌も唇も、からからに渇いて荒れ果ててしまっていて、髪もボサボサ。
まともに物を口にする事も、眠る事も出来ないもんですから、精神はすっかり擦りきれてしまっていて……。
祖父曰く二人とも、もう生きているのか死んでいるのかわからない、そんな凄まじい状態だったのそうです。
ーーええ、そうして、お互いに鈴を鳴らし、柏手を打ち合いながら、生きた心地のしないまま、祖母と金城さんの二人は、どうにかこうにか、気が狂いそうな【七日間】を耐え抜いたんだそうでございます。
七日目の夜が明けて、窓の外から、眩しいくらいの朝の光が差し込んできた時、あれほど二人を追い詰めていた、あの「ぱ、ちゃん」という忌まわしい水音は、嘘のようにすぅっと消え去っていた。
ああ、終わったんだ……私たちは、助かったんだ……って。
そう思った途端にね、二人は涙を流しながら、その場にバタリと、糸の切れた人形のように倒れ込んでしまったんだそうでございます。
それもそのはずでしてね、一週間もの間、まともに水も飲めず、一秒たりともまともに眠れていないんです。
肉体的にも精神的にも、限界なんてとっくに超えていたんです。
様子をずっと見守っていた祖父が、慌てて救急車を呼びましてね、二人はそのまま病院へと緊急搬送、そのまま即、入院ということになったんだそうでございます。
極度の睡眠不足に、重度の栄養失調、おまけに酷い脱水症状やらなにやらで、お医者様や看護師さんたちは、
「一体この二人に何があったんだ」
と、あまりの衰弱ぶりに酷く驚いていたそうでございます。
その後、点滴を打たれ、病院のベッドの上で泥のように眠る二人は、それから丸二日も眠っていたそうでございます。
そうして、あの不気味な【足首から下だけのモノ】は、もう二度と、二人の前に、姿を現すことはございませんでした。
理不尽に始まったあの呪いは、七日という時間を経て、完全に消え去ったわけなんですね。
……ただね、
本当に恐ろしいのは、ここからなんです。
怪異そのものは去った。
けれど、二人の心に刻み込まれた恐怖は、決して消える事はなかったのです。
金城さんは、病院を退院してすぐに、這いずるようにしてあのアパートを引っ越していかれたそうです。
「もう怖くていられない」
と、泣きながらそう言い残し、そのまま遠い田舎へ帰ってしまわれましてね。その後はもう、どこでどうされているのか、祖母も風の噂にすら聞かないそうでございます。
そして祖母もまた、あの時の恐怖が、心にしっかりと刻みついているそうでして。
病院を退院した直後なんかは、お風呂のシャワーの音や台所の水道の蛇口から滴る、あのぽつぽつという水の音。
そんな日常の何気ない「水の音」を聞くたびに、ガタガタと震えてしまっていたのだそうですが、十年、二十年と歳月が経つうちに、次第に落ち着き、やがて、大丈夫になったのだそうでございます。
ですが、雨の日になると、またあの日々が思い出され、
『……もしもまた、あの音が聞こえてきたら……』
と、そう思うと、もう夜も眠れない。
だから、祖母は今でも、枕元の手の届く場所に、真鍮の鈴を置いているのだそうです。
50年経った今でも、あの足音は、祖母の心の中に、居座っているようなのです。
ーーーーーーー
……さあ、これで私のお話は、すべて終わりでございます。
『音の怪談短編集』の最後として、私が祖母から聞いた、そのままの事実をお伝えいたしました。
最初にお話ししました通り、この怪異は「雨の日に初めてその存在を知る」ことで、新しく障ってしまうという非常に強力な禁忌がございます。
ですから、この話を書き記すにあたって、作者である私は、細心の注意を払いました。
今、私がこの文章を書いている現実の空は、雲一つない、見事な【晴れの日】でございます。私は、安全な場所からこの話を放ちました。
ーーですが。
これを今、読み終えた画面の向こうの「あなた」の場所は、どうでしょうか。
私のいる場所が晴れていても、あなたの住む街の天気までは、私には分かりません。
もしも……もしも今、あなたの部屋の外で、しとしとと雨が降っていたりすれば……。
あなたは今、この瞬間に、あのモノの存在とルールを「初めて知って」しまいました。
今日から、ちょうど7日間です。
どうか、あなたの耳に届くすべての「水音」に、全神経を集中させてみてください。
ほら……耳を澄ますと、部屋のすぐ外の暗闇から、
ぱ、ちゃん……ぱ、ちゃん、と。
あの青白く、血の滲んだ裸足の足首が、水音を伝って、もうそこまで――。
(第五話「七日間の足音」・了)
───『音の怪談短編集』全五話、これにて完結となります。───読者の皆様、最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました!少しでも「ゾクッとした」「面白い」と思っていただけましたら、作品の応援のために、ページ下部よりブックマーク登録や評価のポイント(★★★★★)をいただけますと非常に嬉しいです!今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




