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名前の羅列


『……ミタライ……トウジ……』

 

 その声には、確かに聞き覚えがございました。

 去年の暮れに事故で亡くなった、大好きな叔父の声でした。


『ミタ……ミタライ……ミタライトウ……ジ……』


 ですが、その声がおかしい。

 人間の喋るリズムじゃない。

 まるでバラバラに録音された声を、無理やり継ぎ接ぎしているような、歪な、冷めた叔父の声が、暗闇の中で淡々と、自分のフルネームを繰り返している。

 

 


 皆さん、イヤホンで音楽をお聞きになりますか?

 昨今では、Bluetoothという電波を飛ばし、無線で音楽を楽しめるのだとか。

 いやはや、便利な世の中になった物でございます。


 ですが。

 

 無線で電波を受信するという事は、意図しない“何か”を受信してしまう可能性もあるようでございます。 

 

 これは、都内IT企業に勤める、御手洗 和樹さん(仮名)という若い男性が体験した、ある帰り道で体験された、とある“声”にまつわるお話にございます。

 

 ______

 

 その日、御手洗さんはひどく疲れておりました。

 たまたま仕事が重なり、遅くまで残業なさっていたそうで。

 ようやく仕事を終え、会社を出る頃には、日はとっぷりと過ぎ、辺りはしぃんとした、午前0時を過ぎる頃。

 外は街灯がまばらに灯るばかりの、人一人いない、暗い夜道でございます。

 

 御手洗さんはいつものように、愛用のワイヤレスイヤホンを耳に差し込みました。

 すうっと周囲の音が消え去るのを感じながら、プレイリストから、好きな音楽を選び再生する。

 流行りの音楽を耳にしながら、御手洗さんはとぼとぼと、家路へと歩き始ました。

 


 しばらく歩きますと、少し大きめの交差点へと差し掛かりました。

 昼間は人通りの多い場所ですが、時間が時間だからなのか、人はおろか車一台も見当たりません。

 四方から伸びるアスファルトの道が、まるで、ぽっかりと開いた暗闇の中へと吸い込まれるように広がっている。

 

 その、交差点の真ん中を、ちょうど通りすぎた時でございます。

 

 ふっと流れていた音楽にノイズが走り、途切れた隙間から、あの奇妙な"音"が混ざり始めた。

 

『……アカ……アカザワ……アカザ……ミヤコ……』

 

 耳の奥から、確かに声がするんです。

 それは淡々とした、まるで音声合成ソフトで作ったような、まったく感情の起伏のない、無機質な、しわがれた老婆の声でございました。


『……アカザワ……アカ……ザワ……ミヤ……コ……』

   

 淡々と、ただひたすらに、人の名前らしきものを繰り返している。

 

「……? なんだぁ……?」

 

 交差点を渡りきったところで、御手洗さんは足を止めました。

 スマホの画面を見ても、再生されているのはただのインスト曲です。他のアプリが作動したり、音声ファイルが紛れ込むような心当たりはございません。

 

 アプリの不具合か、それとも電波の混信か。

 

 そう思っている間も、イヤホンの奥の声は止まりません。


『……アカ……アカザ……ワ……タナ……タナカ……クニ……ヒ……コ……』


 そうしていると、老婆の声が変わりました。

 今度は若い、男性の声です。

 ですが、その声もまた、老婆の声と同じように、感情のない、機械のような声で、ただひたすらに淡々と、人の名前らしきものを繰り返している。


『……タナ……カ……ナカ……クニ……ヒコ……』

  

 ですがその声を聞いているうちにじわじわと、御手洗さんは胸の奥が冷たくなるような、嫌な汗が背中を伝うような感覚に襲われたそうでございます。


 ーーこれ以上、聞いてはいけない。

 

 気味が悪くなった御手洗さんは、スマホを操作して音楽を停止させました。

 普通なら、これで声も消えるはずでございます。


 ですが。


『……タ……ナカ……ナカ……クニ……ヒ……』


 消えない。

 音楽を止めたのに、消えない。

 声はいまだ、耳の奥で淡々と続いております。

 ここにきて御手洗さんは、自分が今、とんでもない事に巻き込まれている事に気付きました。

 

「……ッ!」 

 

 そして、御手洗さんがイヤホンの電源を切ろうと、本体のボタンに指をかけました、まさに、その瞬間です。


 

『……タ……タナカ……タナ……ミタ……ミタ……ライ……ミタライ……トウ……ジ……』

 

「……え?」

 

 それまで流れていた機械的な男性の声が、唐突に、また別の「声」に切り替わりました。

 壮年の、低い男性の声です。

 ですが、その声を聞いた瞬間、御手洗さんの頭の中は、真っ白になりました。


「おじ、さん……?」

 

『……ミタ……ライ……ミタラ……イ……ト……ウジ……』


 その声には、確かに聞き覚えがございました。

 去年の暮れに事故で亡くなった、大好きな叔父の声でした。


『ミタ……ミタライ……ミタライトウ……ジ……』


 ですが、その声がおかしい。

 あの優しげな叔父じゃない。

 まるでバラバラに録音された声を、無理やり継ぎ接ぎしているような、歪な、冷めた叔父の声が、暗闇の中で淡々と、自分のフルネームを繰り返している。

 

『……ミタ……ラ……イ……ミ……タライト……ウ……ジ……』

 

「あ、あ……」

 

 亡くなったはずの叔父の声が、壊れたロボットのようになって、耳の奥で名前を呼び続ける。

 あの優しかった叔父が、まるで別人のように。


『……ミ……タ……』


 それが、御手洗さんの限界でした。

 

「う、うわあああアアアッッッ!!!」

 

 御手洗さんは本能的な、命の危険を感じるほどの恐怖に突き動かされ、自身の両耳から、イヤホンを力任せに引き抜きました。

 引きちぎるように外し、今来た交差点の向こう側へ、力いっぱい投げ捨てる。


 

「ああッ、あああッ!!」

 

 そしてそのまま、全速力で家へと行き、頭から布団を被り、朝まで震えていたのだそうです。 


 


 それ以来、御手洗さんは怖くて、イヤホンが使えなくなったそうでございます。

 もし、あのまま、あの声を聞き続けていたら、一体どうなっていたのか。

 

 それは、今でも分かりません。


 

ーーーーー

 

   

 ……ええ。お話はこれで終わりでございます。

 

 別に、呪われたイヤホンだったわけでも、叔父さんが怨みを遺していたわけでもない。理由は今もって何も分からない、ただ本当に理不尽な、それだけのお話でございます。


 そう。

 

 理由は、一切不明なんです。

 

 時間や場所が悪かったのか、はたまた、御手洗さん自身に、何か原因があったのかそれも不明です。

 

 ですから、同じ事がいつ、誰に起こっても、なんの不思議もないのでございます。


 もし、あなたが、耳にイヤホンを差し込んで、静寂の中でこれを読んでいるのだとしたら…… 。


 どうぞお気をつけください。


 今こうしている間にも、あなたの耳元で、人の名前のような、そんな声が……聞こえてくるかもしれません。




 お付き合いいただき、誠にありがとうございます。


 さて、気になる第二話は、30分後の【20時40分】に更新させていただきます。


 どうぞ、暗い夜道にお気をつけてお越しください。

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