第八十三話 開発者のムネラ
情報管理室への入室を目指してスフィア達との合議を行うロジェ。その先で見たものとは?衝撃の真実が明らかになる第八十三話!
ロジェとロク、八体のスフィアは円卓に座っていた。この話し合いの目的は二つ。情報管理室に入ることと、ロクと和解すること。
前者は良いとして後者も重要だ。喧嘩が気持ちの良いものでは無いということを抜きにして、アンドロイドと人類が不仲であるとなればややこしい事になる。
ロジェは円卓を見渡した。スフィアはゲートで出会った青白い光を放ち紫の布を羽織ったアンドロイド。役割は統治。人間の政治を疎んだのなら、紛争の原因となる感情的な部分はあまり持ち合わせていないだろう。彼らは全体を見て動くはずだ。
なら、私に許された発言はたった一つ。個から……つまりロジェへの行為を『暴挙』として祭り上げ、全に波及させていくこと。
「ではロジェスティラ。発言をお願いします」
「ロジェでいいわ。言いにくいでしょ?」
「ではロジェ。お願いします」
「まず私が言いたいのは……」
一拍置いて、
「人間に対してあんな惨たらしいことが許されるなんて、この船も随分と遅れてるってことよ」
スフィア達が放つ光がにわかに強くなる。
「ロジェ。惨たらしい行為とは何ですか?」
「そこのロボットは私の記憶を消そうとしたの。詳しい説明もなくね」
ロクは手を上げた。スフィアが発言を許可する。
「それは本当に申し訳ありませんでした。ロジェさんに不必要な負荷をかけたと認識しています。ですが、あれは状況を維持するのに必要な措置で」
「その措置の説明が無いって言ってるのよ。ねぇ、貴方達が代わりに説明してよ。記憶消去措置ってどういう時に認められているのかしら」
ロジェは一番近いスフィアに視線を動かした。
「船の秩序が大きく乱れると予想された時です。それを知ることで内乱が発生するなどと予想された時に行われます」
「なら、私の行為は該当しないわ。記憶措置の対象は地下迷路。地下迷路の探索はロクがお願いしたんだもの。これってロクが大丈夫って判断したからよね?」
声の調子を一瞬だけ強め、円卓にいる全員に圧力をかけるよう。スフィアは一瞬の間を置いたあと、静かに応じた。
「その点は謝罪する。だが、我々スフィアの目的はあくまでこの施設の秩序を守ることであり、脅威となる可能性を排除するのが最優先だ」
「脅威ね……」
ロジェはくすりと微笑んで肩をすくめた。
「まあいいわ。確かに私は何度も危険な目に遭ってきたし、これくらいで怒ってたら冒険なんてやってられないもの」
ロジェの声音に何かを察したのか、スフィア達はざわつき始めた。
「真摯な説明に感謝するわ。そういう訳で、許してあげる」
あっけらかんに言い放った少女の言葉に、スフィア達はざわつきをやめて静まる。ロクも彼女の感情を測りかねているようだった。
「ただし、条件がある。」
彼女は笑みを浮かべたまま続ける。
「情報管理室に入る許可をちょうだい。それが私に対するせめてもの償いってことでいいでしょ?」
一体のスフィアは目を細めた。
「……要求に応じるのは、我々スフィアの総意が必要だ」
「訳の分からないこと言うのねぇ。だから会議をしてるんじゃないの」
「よしんば許可が降りても、質問をこちらで受け付けて後日回答という形になります」
ロジェは楽しそうにくすくす笑う。
「えぇ?検閲とかされないかしら。心配だし、私も一緒に行きたいのだけれど」
スフィアの一体が光を揺らめかせ、冷静な声で応じる。
「情報管理室にアクセスすること自体が、船の秩序を大きく乱す可能性を伴います。そのため慎重に対応する必要があります」
「慎重に、ね。けど、それを理由に押し黙られるのは困るわ。そもそも、私が話し合いを始めたのは“人類とアンドロイドの不和”を避けたいからよ。私が情報管理室に入れないままだと、私達人類からだけじゃなくて、アンドロイドからも疑われる。こんなの『代理人』の思う壷よ」
ロジェの寄り添うような言葉に、スフィアたちは微細な信号を交わしているようだった。青白い光が円卓を取り囲むようにゆっくりと動く。どうやら会話をしているらしい。ロジェはその様子を観察して言葉を続けた。
「第一、私が地下迷路で見つけたものがこの船全体にとってどれだけ重大な意味を持つのか私は知らない。貴方達も知りたいんじゃないの?」
ロクが口を挟んだ。
「ロジェさん。その情報を共有していただければ、こちらで解析を」
「却下」
ロジェは間髪入れずに言い放つ。もう迷路自体は見せている。ロジェが知っているのは入口と引っかき傷だけだ。今更情報を共有したいなどと言うのはそれ以上知り得なかった、あるいは旧人類が必要だということ。クローンなどではない血の通った旧人類が。これは使える。
「さぁ、どうするの?私達へ管理室の入室許可を出せば丸く収まる。出さなければアンドロイド達から疑念が起こる。それにきっと『代理人』に近付く術を失うんじゃないかしら」
ロジェの言葉には、単なる要求ではなく確信めいた何かが込められていた。スフィア達も彼女の視線を受けるたびに光の強さを揺らめかせている。
ロジェは席を少し前にずらし、円卓に両肘をついて身を乗り出した。
「どうするの?私達に協力してくれるの?」
スフィアの一体が小さな音を立てて発言を始めた。
「ロジェ、提案します。我々スフィアの代表三体があなた達と同行し、情報管理室の監督を行うという条件で入室を許可します。もちろん邪魔は致しません」
「監督?」
ロジェは眉を上げたが、すぐに小さく笑みを浮かべた。
「まあいいわ。それで手を打ちましょう」
スフィアたちが光を点滅させる。彼らの意思疎通は短く、だが確実に全員の意見がまとまったことを示していた。
「条件を受け入れます。これよりロジェの情報管理室へのアクセスを許可します」
その言葉を聞いてロジェは気の抜けた雰囲気を出した。
「良かった。上手くいくか心配だったのよね。貴方とも話が出来てよかったわ、ロク」
「疑念が晴れたのなら何よりです。先は大変な失礼を──」
「もう良いの。さ、一緒に情報管理室に行きましょう!」
軽い雑談と会釈と共に会議室を後にした。後にはスフィア達だけが残る。円卓に残された彼らは青白い光を放ちながら微かに揺らめいていた。それぞれの光は互いに信号を送り合い議論が続いている。一体のスフィアが呟いた。
「彼女の言動は非常に興味深い」
「理由を問うても構いませんか」
「彼女は我らを恐れない」
「恐らくアンドロイドを知らぬ人間だからだろう」
「カノフィアに行ったと聞きました」
情報をアップデートする為の沈黙。また一体のスフィアが口を開く。
「しかし、統治の観点から見れば危険な存在であることは否めない」
「やはり監視をしたのは正解でしたか」
「それを超えた措置をとるべきでは」
結論が出ない為の沈黙。意思がある生き物が乗ってきたのならば、それを選び取る自由を守らなければならない。監視を超えた措置となると自由は与えられない。
「『代理人』と彼女は、よく似ている」
「それは事実ですか、感想ですか」
「振る舞いや発言に類似点が見られるということを根拠にしている」
「それならば彼女はこの船に変化をもたらすのでは」
「それは認められない。この船は理想郷だ。理想に変化は必要ない」
『現実』は時代に応じて変化するが、『理想』はどの時代も変わらない……それがスフィア達の見解だった。『理想』に変化が生じるのであれば、それは元よりマリア・ステラ号が理想郷で無かったことを示している。
「まだ判断根拠が無い。引き続き彼女達を監視するものとする」
スフィア達の機体のライトが明滅して、会議は終了した。
通された情報管理室は青空に浮かぶ神殿のようだった。ロジェはヨハンに目をやると、空よりも鋭い光を持つ目が向けられている。
「どうした?」
その光を受けて。あぁ確かに。この人の言うことは真実だったのだと言うことを自覚して、言っても聞かないこともわかっていて。
「なんでも無い。行きましょ。見つかるといいわね、面白いもの」
「こんなところ、はじめて来たわ……」
サラは少し怯えながら周囲を見渡した。極彩色の鳥が悠々と空を飛んでいる。神殿中央には緑の文字が刻まれた柱がある。文字盤が光っていた。監視のスフィア達は近づく。
「『博士』を起動します」
機械音が響くと壮年の男性のホログラムが投影される。目は閉じたままだ。アンドロイドが触ってもプログラムをいじっても何も言わない。
「彼を起こして下さい」
「起こす?」
「彼はプログラムの干渉を受けません。我らの応答にも答えないのです。我々は下がっています」
スフィア達は神殿の外へと歩いて行った。ロジェは恐る恐る『博士』の肩を叩く。
「あの……」
「……ん?あぁ、おはよう」
『博士』は目を開けて一行を見渡した。ロジェの発言を待っている。
「貴方が『博士』ですね」
「称号だけ言うのならそうだろうね。……今やこの船で『博士』と呼称するのは私だけの様だけど」
『博士』は視線を上に写した。この船の膨大なデータベースにアクセスしたようだ。
「早速なんですが、質問しても良いですか」
「構わないよ。君の名前は?」
「ロジェです。こっちはヨハン。後はサラ。私の使い魔のサディコです」
『博士』はぐるりと周囲を見た。
「……ふむ。私が眠っている間に随分と世の中が変わっている様だね。それではロジェ、質問をどうぞ」
「その……どうして彼らの呼び掛けに応じないんですか?」
「さぁ。分からない」
思ってもみなかった返答にロジェは首を傾げた。
「『私』が作成された時、そうなるようプログラムされていた。安全装置の一種だとされている」
「あんたにその記憶は無いのか?」
「無い。『私』の制作日はマリア・ステラ号計画が発表された日。計画途中で何か問題が発生して、そうしたのかもしれない」
考えられるのは、と博士は続けて。
「『私』のことだから、スフィア達の質問に答えてはならないのかもしれないね」
「私も聞きたい!『宇宙船の少女』って話も貴方が書いたのよね?どんな風に演技すればいいのかしら」
サラは『博士』の前に躍り出た。雰囲気は華やかでとても可愛らしい表情をしている。
「あれも隠しメッセージの一つだね」
「……へ?隠しメッセージ?」
考えていた返答とは違うものに、サラの表情は一瞬で曇る。
「内容は知ってるかい?」
「聞いたよ。マリアがこの船に乗ってきて、争いつつも最後は踊って終わるって言う」
内容を知らないロジェに説明がてらさらっとヨハンはあらすじを述べた。『博士』は疑問を投げた。
「妙な話だと思わんかね」
「それはまぁ……そうだが」
「あの本はページが欠損している。あえてそうした」
サラは不安の表情を浮かべて『博士』とヨハンを見比べている。
「隠しメッセージって、なに……?どういうこと……?」
嫌な予感は止まらない。サラは怯えきった表情で『博士』に問うた。
「もしかして……今までの踊り子達がみんな居なくなったのは、貴方のせいなの……?」
「残念ながら否定出来ない」
男は顔色を変えない。少女型ロボットは縋り付く様に『博士』の前に膝をついた。
「じゃあなんで、なんでこんな物を演じ続けなくちゃいけないの!?止めましょうよ、こんなこと……!」
「止めることは許されない。君達はそう設定されている」
「うそ……」
サラは顔を覆って泣き始めた。か弱いすすり泣きは胸が痛む。ロジェはヨハンにサラの面倒を頼むのを視線で送ると、本題に入った。
「……この船にタイムマシンがあるって聞いた。貴方はタイムマシンの在処を知っていて?」
「もちろん。『代理人』が持っている。『代理人』は『私』の最新版。つまり……」
『博士』は訥々と、そしておぞましいことをぽつり。
「『この船の真実を知る最新版の私』だ」
引き続きロジェは『博士』に尋問を続ける。ヨハンのサラに対する扱いに苦言を呈するロジェだったが、サラはあることを覚悟しており……?ちょっと短めの第八十四話!