第84話 知識のノベナ
引き続きロジェは『博士』に尋問を続ける。ヨハンのサラに対する扱いに苦言を呈するロジェだったが、サラはあることを覚悟しており……?ちょっと短めの第八十四話!
「詳しく話を聞かせてくれる?」
ロジェはちらとスフィア達を見つめたが、『博士』は彼らの何もを気にしていない。
「何が知りたい。といっても答えられることは限られているがね」
「例えば?」
「名前とか。私の名前は■■■■■■……ほら」
『博士』の応答に塗りつぶされたノイズが走る。
「なるほどね。それじゃ質問を変えるわ。タイムマシンって何なの?」
「時空間移動が出来る鍵だ。異空間への入口を留めた空間に門を置き、差し込んで使う」
「この船にそんな空間があるとは思えないけど……」
「さあね。上手くやっているんだろう」
謎は半分くらい解けた。次は別の問だ。
「この船を作った他の人達は?」
「いたけど精神に異常を来たして精神体を消去……死んだよ。私は人格のコピーだから精神的に問題は無い。だが、『代理人』の中身は本物の私だ」
「乗船した時から何も変わっていないということよね……」
途方もない時間、理由は定かでは無いが『代理人』は一人でこの船に乗り続けている。その時間を思うと背筋が冷えた。
「そうだ。私は今も変わらず問題を起こしている。一体どういう思考回路をしているんだろうね」
『博士』は半笑いで肩を竦めた。
「自分自身なのに推測が出来ないってことは、乗船中に何か事件が起きたのかもしれないわね……」
「だろうね。『宇宙船の少女』は乗船五年後に書かれたものだし」
映像の『博士』は頭をトントンと叩いて自嘲した。
「私にはメモリーが欠けている。乗船前から悪い兆しがあったんだろう」
言い終わった瞬間、博士のホログラムが崩れ始める。
「どうやら時間の様だ。私は消える」
まだまだ聞きたいことがあるのに、そう叫ぼうとしたロジェを軽く『博士』はいなした。
「決まっていたことだよ。これは。それにどうやら、『代理人』は君に見つけて欲しいらしい。『旧人類』のデータを持つ君に」
「私に……?」
「詳しいことは私に聞くといい。それでは」
ホログラムが消え去ったあと、データを削除する音が響く。それも終わったあとに残ったのは放心状態のアンドロイド達だった。
サラは今まで信じていた物を壊されてぼんやりと中空を眺めることしか出来ない。見張りのスフィア達は身体を光らせてざわめいていた。
「……ねぇサラ。良かったら私達の部屋に来ない?」
『このまま家に帰るよりは安全だよ』
こくん、と力無くサラは頷いて、一行は情報処理室を後にしたのだった。
「何でサラを連れて来たの。こうなるのは分かってたでしょ」
「ああ」
二人だけの応接室、ロジェはソファに座りリボンタイを緩めるヨハンに苛立ちを募らせる。
「じゃあなんで!」
「どうせ廃棄されるから」
ヨハンの返答に少女は唖然とした。そんな端的に言うなんて。誰かから見たら鉄の塊でも、彼らは人が生きるよう、彼らの生き様をもって生きている。
「『宇宙船の少女』の少女役を演じた者は皆死ぬ」
「……あんたが生死にドライなのは知ってるけど、こんなのって……」
「気付かないのか?」
髪の合間から水底の瞳が覗いた。彼は無意味な行動はしない。常に合理的だ。思考は永遠に整えられている。
「何が言いたいのよ」
「彼女は自分の意思でここに来た。その時点で廃棄だ」
「……『自由意志』を得ている、から」
秩序を乱すから。ロクの言葉を思い出す。
「だから結果は変わらない。事が終われば『どうせ廃棄される』」
「……何も知らないままの方が良かったかもしれない。あんたの行動は、余計なお節介だったかも」
「彼女はマリアの気持ちを知りたかったんだ。だから行動した。どの道今回と同じような行動をとって、彼女は廃棄される」
ヨハンはロジェの顔に手を伸ばして眼球を剥くかのように軽く押した。ロジェはヨハンの手を振り払う。だが彼は表情一つ変えない。
その態度にロジェの苛立ちはさらに募る。だが怒りをぶつけても無意味だということを彼女自身が一番よく知っている。
「サラにとっての『自由』が、それほど価値のあるものだって言いたいの?」
「価値があるかどうかは彼女が決めることだ。俺たちが口を挟むべきじゃない」
「でも結果は変わらない。彼女は消される。それなら何もしない方が──」
「彼女は選んだ。それだけだ」
ヨハンの声には何の感情もこもっていない。それがかえってロジェを不安にさせた。彼はいつだって理屈を最優先にする。その判断が正しいことは分かっている。だが、正しさだけで救えるものは少ない。
「……あんたは何も感じないの?」
「感じるさ。だが行動を変えるほど俺は甘くない」
ヨハンの言葉に、ロジェは言い返せなかった。彼女も知っている。サラの選択が覆らないことを。どうにもならない現実があることを。
「サラよりも自分のことを心配した方がいい」
ヨハンの瞳は深海のように冷たく澄んでいる。その奥には感情が見え隠れしているようで、結局は掴めない。瞳孔に囚われている内に二本の無骨な指がロジェの喉を捉えた。バランスを崩してすっ転ぶ。
「今自分がどういう場所にいるのか。アンドロイドにとって、君は喉から手が出るほど欲しい存在なんだ。旧人類の血を引き、エーテルを扱い、『代理人』に接触することが出来る人間。血肉が手に入らないのなら耳小骨だけでも欲しい。そんな存在」
薄く笑ったヨハンの指先がロジェの首筋を軽く引っ掻いた。被食者であることを自覚させられる。ゆるりと手が退けられた。
「人間相手にこうされるんだから、替えのきくアンドロイド相手ならもっと用心しろってことだ」
「話の論点がズレてるわ」
「今度は反論が早くて何よりだよ」
「私結構早く言い返してたと思うんだけど」
ヨハンは少し首を傾げると勝手に納得した。
「そうだな。妙なことを口走った」
「……サラは?どこに行ったの?」
「分からない。部屋にはいないな」
そんな当たり前のことは分かってるわよ、と言い返しそうになったが何とか飲み込む。聞く相手は一人しかいない。
「ロクに聞いてみる」
会いに行くことを悟ったヨハンはそうか、とだけ答えて自室に入った。彼は何を考えて、何をするつもりなのだろう。ほんの少しの恐怖と期待を抱きながら部屋に取り付けられた端末を起動した。
ロクから教えて貰った場所は生命の庭だった。マリア・ステラ号内でも最大級の人工自然区画であり、古代地球の自然環境を再現した空間。その後船内における環境維持の場として設計された……など云々説明されたが半分は聞いていない。サラは滝上の展望台にいるらしい。
「いや……これ、大きすぎるでしょ……」
瀑布だ。高さは五十mといったところか。水が叩きつけられて滝壺から放たれたマイナスイオンがロジェの頬を濡らしていた。
エーテルが形を成して薄暗い室内を幻想的にしている。魔法で軽く飛び上がりながら展望台に着くと、ベンチに座って階下を見下ろすサラがいた。少女の足音を聞いて驚きと共にロボットは振り返った。安堵したのか、にわかに微笑む。
「びっくりした。とうとう殺されちゃうと思ったわ」
「安心して。私よ。その……隣に座っていい?」
「もちろん。一緒に綺麗な風景を楽しみましょ」
口を開かないロジェに変わって、サラは階下を指した。
「今は夜だし静かだけど、お昼間にはあの赤い花をつけた木に綺麗な鳥が止まってるの。良かったらまた来て見てみてね」
「へぇ。綺麗でいいわねぇ」
ベンチに背を預け、しばし二人とも言葉を交わさず、滝の流れに耳を傾ける。その音は静かに心を揺らし、空間全体が神秘的な静寂に包まれていた。
「ここ、静かでいいわ」
「考え事するにはぴったりでしょ」
くすくす、とサラは悪戯っぽく笑った。サラから口を開かせるべきでは無かったのに。自分の煮えきらなさに嫌気がさす。
「気にしてるの?」
「そりゃもちろん」
「私は生きてないのに?」
サラの屈託ない笑みにロジェは肩を震わせた。それをアンドロイド(あなたたち)から言われたのなら、今の自分の感情は全てエゴになる。
「……私には……貴方達は、生きているように思うけど」
「そう?」
「そうよ。社会を形成して役割があって、楽しそうな人もいれば苦しんでいる人もいる。それが……生きるってことじゃないの?」
たどたどしく選んだロジェの思考は星空を眺めるサラにばっさりと切り捨てられた。
「『理想郷』には苦しみはないわ」
「でも苦しみは生まれた。……私達の、せいで」
「そういう意味では私は生きてるって言えるわね。廃棄されちゃうけど」
くるりと可愛らしい意地悪な笑みをロジェに浮かべる。何も答えることが出来なくて、静かに俯いた。
「あらあらあら。いじめ過ぎちゃった?」
またくすくすとサラは笑う。端正な指先がロジェの喉をつついた。
「貴女ってすごくからかいがいのあるヒトね。その傷もでしょ」
「こ、これは……」
深く引っ掛けられたらしい。慌てて治癒魔法で傷跡を消す。
「あはは!ヨハンが気に入るのも分かるわぁ」
楽しそうだったサラの顔が一瞬悲哀を称えた微笑みに変わる。
「……だからこそ、彼を助けてあげられないんだけど」
「え?何の話?」
ロジェの問いに答えることなくサラは少女に詰め寄った。
「ねぇ。分からない?貴女だけなのよ」
「へ?あの、『旧人類』が、ってこと……」
「それもそうだけど。覚悟が決まってないのは貴女だけなの」
覚悟。そう言われると、私はこの船でどういう役割をこなして、何をしにやってきたのだろう。答えが見つからない。ただ怯えて切り抜けているだけ。
「ヨハンは貴女を無事に地上に返して、タイムマシンを手に入れること。彼はこれに命を懸けている」
彼はいつだってそうだった。正しく彼が心の奥底から大事にしている価値観。
「私は『自由意志』に運命を懸けた。私が操られていても、それを決めたのは私だと信じていたい」
それがプログラムであっても。人間で言うところの運命の筋書きであったとしても。サラは選んだ。何かを願う『自由意志』を。
「貴女は何に命をかけるの?何に『覚悟』を持つの?」
こちらを伺うモニターが視界をジャックした。彼女の機体は無機質なはずなのに薔薇が香る。覚悟かと問われれば、自信はない。だけどそれしかない。震える口先で、ロジェは呟いた。
「わたしは……」
覚悟を決めたロジェは迷宮に足を踏み入れる。「Labyrinth of Eternity」と刻まれた理由は何なのか。彼らは果たして抜け切ることが出来るのか。白骨が散らばる第八十五話!




