第65話 憧憬のエリュトロン
マルクレオンの秘密が明かされたりでっかいロボットとバトルしたりヨハンが質問攻めされまくったりヨハンとロクのカノフィア探索譚が続く第六十五話!
『他にも注射型があります』
ロクは小さなアームの先に注射を見せた。さっき腕に刺されたやつだ。
「シロウトが自分で注射なんかしていいのかねぇ」
『そこは全てを可能にするカノフィア製ですから。何とかなるのです』
同じような海が見えるホールを何回も抜けて行くうちに、ヨハンは一つ疑問に思った。何故この都市が作られたか、だ。
他の超古代文明の都市は水路であったり、脅威から逃れる為の居住区であったり、城塞であることが分かった。だけどこの都市からは何も伝わってこない。
大都市であったことは確かだ。かなりの文明が発達していただろう。しかし、人が過ぎ去った後の廃墟ならではの哀愁がここにはない。それを解決する為に口を開いた。
「この都市はどうして作られたんだ?」
『人が住む為に作られました。科学技術の結晶を示す巨大な遺物と言えましょう』
テンプレ通りの回答に、ヨハンをまごつかせる。
「いや、その……あんたにこういう感情が伝わるかどうかは分からないが……」
少し考えて、言葉を紡ぐ。
「人の生気を感じない。人がいた気配が無いんだよ、ここには。今も薄気味悪く何かがいて、それは心霊とかそういうちゃちなものじゃなくて、ただ人の視線があり続けているというか……」
音を立てて回り続けるカメラからは強い視線を感じる。それが気まずくてヨハンは切り上げた。
「言語化出来ていないことを伝えて悪かった。忘れてくれ」
『いえ。完全には理解出来なくとも、何となく分かります。恐らくそれは……カノフィアが『永遠の都』として約束されたことに起因しているのでしょう』
ロクが次の音を刻もうとした瞬間、高い天井が音を立てて割れる。何万年経っても尚輝きを失わぬ瓦礫と共に落ちて来たのは、武装したロボットだった。
「な、なんだコイツ……」
ロボットはツギハギという言葉が良く似合う様相をしていた。頭には鍋のようなヘルメットを被って、ガラス張りからはギラギラと舐め回すように辺りを見回す目が二つ見える。右手にはドリル、左手にはマシンガンがついていて、身体中を分厚い装甲で覆って、二、三mの身体を誇示していた。
『見つかってしまいましたね』
「どういう事だよ」
『これは『ケアノス』。都市を防衛するロボットでした。今は理性を失っている様です』
ロクがそう言ったのと同時に、ケアノスはけたたましい雄叫びを上げた。反射的にヨハンは来た道を引き返す。
『都市型ロボットは貴方のことを捨ておいたと思っていましたが、どうやら本気で殺しに来たらしい』
「ふざけんな!そういう大事なことは先に言っとけ!」
『すみません。ケアノスはもう電源を落とされてから二百八十九年経っておりましたので、もうてっきり居ないものかと』
「クソッ……!」
逃げていても仕方ない。ケアノスをどうにかしないと。思考していたヨハンの目の前に真っ白な銃が示される。
『これで戦って下さい。私は爆弾を製造して攻撃します』
「性能は!?」
『口径は四十、弾は無限、連射も可能、弾詰まりなんて存在しません』
「……分かったよ!」
ヨハンはニヤリと口角を上げて渋々目の前の銃を取ると、ケアノスに向き直る。
『私は爆弾を作成します。その間の戦闘をお願いしたいのです。時間は十分前後です』
ケアノスはヨハンが見たこの海底都市唯一の生命体だった。ケアノスもヨハンも様子を見ている。お互いの目を見て出方を伺っている。
ケアノスのドリルがついた腕が上がったのを見てヨハンは目のガラス張りに撃った。もちろん傷一つつかない。
刹那、振り下ろされる。避けたが巨体の攻撃で体制が崩れた。地面からの地響きで相手がどんな質量かが十分に伝わって来た。こんなのにぺしゃんこにされたら一溜りも無いだろう。
ロクの前で死ねない。敵か味方か分からないからだ。不老不死であることが分かれば厄介なことになるのは容易に想像出来る。なら、避けて避けて避け続けて時間稼ぎをするしかない。
液に揉まれて揺れる瞳は不気味以外の何物でもない。連射しても傷一つつかないし、中の眼球は動かない。
「あの中身は何なんだ!生き物なのか!?」
『一応生命体です。ただ知能はありません。命令されたことを忠実にこなすだけです』
ケアノスの連射が始まった。瓦礫の下に潜り込んだがそれも弾痕で削れていく。駄目だ。武器が無い。この無敵の拳銃も分厚い装甲の前では意味をなさない。
これは罠だったのでは、という思考がヨハンの脳裏に浮かび上がる。ロクは俺から情報を引き出そうとして、口を割らなかったからケアノスに始末させようとしているのでは。
それなら俺を助けようとする理由がわからない。現に彼は今爆弾を作っているのだし、それが見えている。……無駄に疑うのはよそう。今はそれよりもコイツをどうにかしないと。
目鼻一cm先の瓦礫が崩れた。決断をしなければならない。ヨハンは銃を構えてガラスを連射した。何の変化も無いガラスに舌打ちして、瓦礫から瓦礫に移り回る。
距離を詰めたケアノスはドリルを回転させてヨハンに近づいた。背後にはガラス。頭蓋骨をぶち抜こうとしたドリルがガラスにぶつかって溢れ出す大量の水。海藻やら魚やらがあふれ込んでくる。後はどさくさに紛れて逃げればいい。安堵した瞬間だった。
『ヨハンさん!』
ロクの叫びと共に首から新たに生えてきたケアノスの手が伸びてくる。その手は確かにヨハンの首を掴んで、水圧を無視してガラスの穴に押し込んで来た。
「ぐっ……!」
『お待たせしました!ロケットランチャー装填完了です!発射します!』
メキ、という自身の首が捻られる音と同時に、ケアノスは爆撃を受けて身体を震わせた。首を絞め上げていた手は力を失い、ヨハンは開放される。
『装甲が剥がれたところを撃ってください!』
膝から崩れ落ちたケアノスはゴム状の柔らかそうな何かを纏っていた。これなら銃でも撃ち抜ける。
「注文の多いロボットだな!」
さっきのお返しと言わんばかりにロボットの身体に穴ボコを作っていく。その穴から赤い液体が吹き出すと、ケアノスは真後ろに倒れた。生温く人の臭いがするぬるついた液体が降りかかる。
そして、部屋に満ちた海水に溶けて消えていく、
赤。
『逃げましょう!捕まって下さい!』
ロクの小さな手に捕まると、どこからそんな力が出て来るのか分からないが易々と二階のバルコニーへと連れていかれた。
『あの奥の扉に逃げて下さい!居住区に入れます!』
ヨハンは言われるがままにしこたま重い奥の扉に入ると、少しずつ溢れて来た水をせき止める為に扉を閉めた。
「溢れて来るんじゃないのか」
『心配ご無用です。カノフィアはこういう事態に備えて万全の対策を取っているんですよ』
ロクはヨハンに白い煙を吹きかけた。身体についていたケアノスの中身が水になり、綺麗に落ちる。髪に着いたそれを振り払うために軽く頭を振った。
「随分と喋り方がフランクになったな」
入った先はまたガラス張りの通路だった。こんな風景ばっかだな、と思いながら僅かに音声が高くなったロクに視線を動かす。
『ケアノスを倒したことで、都市型ロボットの支配から逃れる事が出来たようです』
「どうしてそうなるんだ?」
『ケアノスは命令に従うだけの生き物。その命令を更に強化する電波が出ていて、私の性格データに甚大な影響を及ぼしていたようです。前の喋り方の方がよろしいなら戻しますけど、どうですか?』
この無機質の楽園でこれ以上無機的な声は聞きたくない。ヨハンは軽く微笑んだ。
「いや、いい。それで頼む」
『それなら良かった。そういえばデータを回復させた時にケアノスの命令も解析したんですけど、面白いことが分かりましたよ』
「なんだ」
『やっぱり貴方のお連れ様はセントラルビルで幽閉されてるみたいです。マルクレオンがお連れ様護衛の為の指示を出していました』
次の部屋に踏み入るノブを触るのをやめてヨハンは慌てて振り返る。
「無事なのか!?」
『もちろん。マルクレオンがお連れ様に危害を加える事は無いですよ。欠落した遺伝子の持ち主ですから』
「何だそれ」
『地上に住む現生人類には所持が認められない遺伝子のことです。マルクレオンはそれを探し求めた結果、貴方のお連れ様を誘拐した様ですね』
話している内に聞きたいことが出てきた。ロクの話の中に出てくる人名だ。
「なるほど。ついでに聞くが、マルクレオンってのは何なんだ」
『さっきから言ってる都市型ロボットです。正しく言うと、この都市のロボットを全て管轄するマザーコンピュータです。『海の守り神 マルクレオン』として導入された代物でした』
ロクは空中に画面を出した。絵には人とロボットの混ぜ物が手を広げ、目を閉じて慈愛に満ちた微笑みを民衆に向けている。
『自我を持ち、人々を愛し、永遠の平和を提供することを託された人造神です。私はそれを壊しに来たのです。マルクレオンが生き延び続ける限り、この都市は終わらないのですよ』
黒髪の男が──恐らくこれがマルクレオンなのだろう──人々に接している写真が何枚も出てくる。
「いろいろと可哀想なヤツだな。いつまで自分の仕事に縛られてるんだ。好きなところに行けば良いのに」
『ヨハンさんは面白いですね。マルクレオンのプログラムには『好きに生きる』なんて書き込まれてませんから無理ですよ』
「あんた達は範囲外のことを考えるのは苦手なのか?」
『それは人間だって一緒でしょう。人間が私達を創ったのだから』
確かにそれはそう。だけどまぁ、図星は認めたくないもので。画面を消したロクのカメラを見つめて、一言。
「……0.0000000005里くらいある」
『随分私の取り分が少ないですね』
ロクは少し不服そうな声で呟く。
「そういう事にしといてくれ。次だ。あのケアノスってのは何だ」
『ロボットです。都市を守る事が役目でした』
「中身は?」
『人です』
ヨハンは肺に残っていた空気を大きく零した。
「……人体実験をする様な都市だとは思っていたが、まさかここまでとはな」
『強制ではありませんよ。カノフィアの人々は喜んで捧げたのです』
「は?」
『『スーパーマンドリンク』、あったでしょう』
「あぁ。中身が空っぽになるって、いう……」
言いかけて途中で気づいた。肉体と精神を分けたのなら、肉体が無くても生きていける。じんわりと額に嫌な汗が出てきた。
『ケアノスの中身は、カノフィア人の中身です。永遠に続く燃料として様々なことに使われました』
ロクはまた画面を出した。砲丸と同じ力を持つ弾丸、感情持ち動き続けるロボット、そして……潜水艇のエネルギー源。一万年も動く理由だ。
『カノフィア人になる第一条件として、所得があるか、知識人かの二択でした。彼らはカノフィアに入ってしまえば税金もなく差別もなく、享楽的に過ごす事が出来ました。彼らの中身を差し出すことを対価として』
唖然としているヨハンの前で画面を消したロクは、人間で言う『呆れ』を示す。
『分離させるのが怖くなったんでしょうか。私には分かりません』
何の反応も無いヨハンに、ロクは気遣う様に声をかけた。
『私の説明はご期待に添えましたでしょうか』
「……そうだな。うん、想像以上だよ。色んな意味で」
『そうですか。良かった。それなら私も貴方に質問したいのです』
「ロボットに分からないことは俺にも分からないんじゃないか?」
ふわふわと飛ぶロクに、ヨハンは鼻で軽く笑い飛ばした。
『いいえ。聞きたいのは貴方のことですよ。さっきケアノスの中身を見て、血圧と心拍数が増加していました。視線は水面の方でした』
瞼をぴくりと動かす。あぁ。その。話か。
『最初は死への恐怖かなと思ったんですが、観測値は平均的だし……上がり方が妙なんですよね。何か思い入れでもあったんですか?』
例えば戦場に出ていたとか?とロクは予想をぶつける。その予想はヨハンの身体にぶつかって、音を立てて壊れた。
『あの場にあったのは、水と、ロボットと、拳銃と、瓦礫と……構成要件を述べだしたらキリがありません。色に着目した方が良いのでしょうか。ねぇ、教えて欲しいんです』
正解だ。色だ。赤色。全てを塗りつぶす青と緑のこの世界で、あの赤色が何より恋しい。だけど、
「死ぬのが怖かった。それだけだ」
それを言いたく無い。手を伸ばしてやっと届いた赤色。この感情を共有したくなくて、軽く目を伏せた。
『ですが、観測値は通常値の範囲内で……』
「そういうことにしておいてくれ」
『わかりました。知らぬは一生の恥、聞くは一時の恥とも言いますしね』
「使い所間違ってるぞ」
そんなことを宣いながら、ヨハンは通路の扉をやっと開けたのだった。そこには、
舞台は変わって、ロジェは捕らえられながらも希望を失わずに計画を立てていた。マルクレオンとの生活の中で見えてきた世界で、彼女は衝撃的な人物と邂逅する。急展開が始まる第六十六話!




