レベッタ:もう、彼を傷つけないで!
「遅かったみたい……呼吸が止まっている……」
ミシェルの言葉は信じたくない! 嘘だ!
私は自分の目で確認するために駆け出し、イオ君の胸を触る。動きが止まっていた。
「うそっ……」
遅かったんだ。もっと早くミシェルが、ここに来ていたら……ううん、違う。そもそもブルド大国なんて行かなければ良かったんだ。
脅されたからって言うことを聞かず、逃げるべきだったんだよ。そうすればこんな結果にならなかったんだ。
憎い。
グロリアーナが憎いっ!
呪い殺してやるって気持ちを込めて見ると、いつの間にか私の近くにいた。
「どけっ」
悪魔の様な形相をしたグロリアーナは、私を突き飛ばす。
立ち上がると彼女は、イオ君の胸を叩いていた。
「もう、彼を傷つけないで!」
「邪魔をするな! 大昔に、これで生き返った兵がいるらしいんだ!」
飛びついて邪魔をしようとしたら、あり得ないことを言われて止まってしまった。
心臓が止まったのに動くことなんてあるの? 聞いたことがないけど、グロリアーナの表情を見れば嘘だとは思えなかった。
ブルド大国に伝わる秘術や呪術……何でもいい。私のイオ君を復活させてくれるのであれば、私は悪魔にだって魂を売れる。
私はポンチャン教の神に、そしてムカつくけどグロリアーナに祈りながら待つ。
しばらくして、その時が来た。
「がはっ、がはっ……」
なんとイオ君が息を吹き返した!
一度死んだのに蘇ったみたい! グロリアーナが言っていたことは嘘じゃなかったんだ! 信じて良かった!
「死からの復活。イオディプス様は聖人になられたんですね」
そういえば小さい頃に聞いたことがある。
ポンチャン教が聖人認定する条件はいくつかあるんだけど、その中で最高位に位置するのが、一度死んで復活することだった。
普通の人間から聖者に再誕するという解釈らしい。
聞いたときは「絶対に無理だよ」と思っていたけど。
今この場で目にするとは思わなかった。
「聖人イオになったんだ」
私がつぶやくと皆が口々に聖人イオと呼ぶ。ミシェルやグロリアーナも同じだ。
復活させた張本人でさえ、聖人として扱っている姿に驚きを感じる。だって大国の女王も認めたことになるんだからね。もう誰も否定出来ない。
それこそ、上半身を起こして驚いているイオ君自身もね。
「みんな、おはよう?」
「おはよう。体調はどうだ」
「すごくいいです。助けてくれてありがとうございます」
座ったままイオ君が頭を下げようとしたので、グロリアーナが止めた。
「君はもう聖人だ。気軽に頭を下げてはいけない」
「はい。え? それって大人になった意味じゃないですよね」
「そうだ。聖なる人と書いて聖人だ」
「どうしてそうなったんだ……」
戸惑うイオ君にミシェルが近づいた。
手には黄金に輝く男根のペンダントがある。あれは聖人認定された人だけが身につけられるアクセサリーだ。
戸惑っていて動けないイオ君の首にかけた。
すごく似合う! 中身だけじゃなく見た目も聖人っぽくなったね!
解毒が成功した話はもう出回っているみたいで、治療室にソフィア女王やスカーテ王女、私のパーティメンバーがなだれ込んできた。
みんな首にぶら下がっている聖人のペンダントを見て止まる。
「何があった?」
ヘイリーが聞いてきたので、私は一度死んでから蘇ったことを大声で伝える。
これで集まってきた人たちも分かったみたいだ。
聖人イオ君の誕生を。
「一国で抱えるには、偉大になりすぎましたね」
ソフィア女王がつぶやくと、グロリアーナ女王が大きくうなずく。
「我が各国が手を組んで支えるべき男である」
あのワガママで強欲な国のトップが独占しないと宣言したのだ。私は驚いて思わず、スカーテ王女を見る。
ぽかんと口を開いていた。
私と同じ気持ちだったみたい。かろうじてソフィア女王は冷静だったみたいで話に乗っかる。
「私もそう思います。聖人イオディプスは世界の宝です。我々は彼の望みを叶えるために動きましょう!」
「いいですね。ポンチャン教は全面的に支持します!」
ミシェルまで便乗しちゃうと、集まってきた人たちから歓声が上がる。
聖人扱いは誰であっても止められない。
なんだか遠くに行ってしまったようで、すごく寂しい。もう一緒に住めなくなっちゃうのかな。
そんなのは嫌だ!
聖人で、すごい人で、私なんかがつり合うはずないのに、それでも変わらず隣にいたい。強い気持ちが溢れ出すと、足は勝手に動いていた。
「イオ君~~っ!」
跳躍して座っている彼に抱きついた。頬をすりすりする。
ああ、いい感触。ツルツルしている。匂いも最高。これ、これを、ずっと待っていたの!
「レベッタさん!?」
「そうだよ。驚いた」
「はい。なんでブルド大国に?」
「イオ君が毒で倒れたからだよ! 心配して駆けつけたんだから!」
「それは……その、ご迷惑をおかけしました」
「いいの! 謝らないでっ! 生きてくれたんだから!」
死亡率9割を超える猛毒だったって聞いている。
こうやって話せていることが奇跡なんだから、存在してくれている以上のものなんて求めないよ。