完璧な男だ
結局、お土産は注文しただけで終わってしまった。
グロリアーナ王女を待たせるわけにはいかず、僕たちはすぐにテロレロ侯爵の屋敷へ戻った。
貴賓と会談するための部屋に通されると、最奥には足を組んだ威圧感のある女性――グロリアーナ王女がいて、左右に首輪を付けたと男が立っている。男たちは、こちらを一瞬だけ睨み、そして視線を外した。ぽっと出の僕が憎いみたいだ。
右側にはテロレロ侯爵、左側は空席だ。視線でそこ座れと言われたので、軽く頭を下げてから着席する。後ろには、いつもの三人が護衛として立ってくれているので少しは安心できる。
ないとは思うけど、奴隷の男たちが暴れたら取り押さえてもらおう。
「急な来訪ありがとうございます。もう少し早く連絡をいただければ、歓迎の準備ができたのですが……」
「次は考慮しよう」
遠回しにクレームを言ったテロレロ侯爵だったけど、グロリアーナ王女は、まったく気にしてないようだ。涼しい顔をしている。
これだけで二人のパワーバランスがわかるというもの。王家の力が非常に強い。
「今回のご訪問の目的をお聞きしてもよろしいですか?」
機嫌を損ねないようにと、テロレロ侯爵が早速、本題を切り出した。
誰もが気になっていることで、視線がグロリアーナ王女に集まる。
「お前にも知らせが来ているとは思うが、ついにユーリテスが表だって動き出した」
反乱しようとしていた騎士団長が動いちゃったんだ……。言葉に出してないけど、王城から逃げ出したんだろう。それなら、事前連絡をする余裕なんてないよね。
避難先をルシェルド領にしたのは、僕がいるからだ。
スキルブースターを利用して、ユーリテス派を全滅させるつもりなのかもしれない。
「……これからどうするおつもりですか?」
「しばらくは様子を見る。バカどもを全員、あぶり出してから叩き潰す」
グロリアーナ王女はドンと、テーブルを強く叩いた。激しい怒りが含まれている。絶対に許さないという意思が僕にまで伝わってきた。
「国内が荒れているようですね。僕は一度、国に帰らせていただきます」
女性が傷つくのは嫌だ。避けたいことではあるけど、見返りもなくブルド大国の内乱にルアンナさんたちを巻き込むわけにはいかない。
心は痛むけど、ナイテア王国に帰ると宣言した。
「それはならん。イオディプスには協力してもらう」
「お断りします」
「ほぅ……」
すーっとグロリアーナ王女の目が細くなった。
「我が国に恩を売るチャンスだぞ?」
「そんなもの、国家間において意味はないですよね」
恩なんて曖昧な感情で、ブルド大国がナイテア王国を守ってくれるとは思わない。
少なくとも条約を締結しなければ安心できないし、そういったことを言わず個人的なやりとりで終わらせようとするグロリアーナ王女は、僕をいいように扱おうと思っているのだろう。
学校に行かなかった僕だって、この国で経験してきたことから、このぐらいのことは気づけるのだ。
「その辺にいる男どもよりかは、多少は頭が回るようだな」
強気な姿勢を見せたから機嫌を損ねるかと思ったんだけど、逆だったみたいだ。奴隷の男二人を見下すように見つつ、僕の評価は上がったみたいだ。
ナイテア王国と比べて男への当たりは強いけど、だからといって何も認めないって訳じゃなさそう。
「イオディプスは、どのような条件を望む?」
「ナイテア王国への不可侵条約及び、関税の撤廃と技術支援を希望します」
「それはソフィア女王も同意見と理解してよいか」
「大枠は問題ないと思いますが、詳細は直接、ソフィア女王と詰めてください」
スノーさんと会った時に話していた条件なので、ソフィア女王も大枠は納得してくれるはずだろう。細かいところまで進めようとすれば、僕の手に余るので後はいい感じに進めてくれることを祈る。
「それだけでいいのか? 我に言いたいことがあれば、今のうちだぞ」
挑発するような言い方だ。
僕の失言を狙っているのかな。だったら残念だけど、そうはいかない。欲しいものなんてブルド大国にはないからね。
「他に望むことがあるとしたら、一日でも早くナイテア王国へ返してもらうことでしょうか」
「内乱を鎮める協力をしたとなれば、多大な報酬が期待できるぞ?」
「そんなものいりません」
「いらない、か! 面白いっ!」
何だか分からないけど、グロリアーナ王女はお腹を抱えて笑い出した。
目尻に涙が浮かんだようで、指で拭き取っている。
変なことを言ってしまったんだろうか。
不安になってテロレロ侯爵を見ると、グロリアーナ王女を見て目を見開いていた。予想外の反応といった感じに思えた。
もしかして僕じゃなく、グロリアーナ女王の方がおかしいのかもしれない。
「ふはは、すまんな。我にお願いする男どもは金や地位のことばかりでな……まさか個人的な要望が、帰りたいだけとは思わなかったんだ」
大国のトップともなれば、叶えられないことなんて少ないはず。
金や権力目当てで、すり寄ってくる貴族や男が多いのも納得だ。
反乱を起こしたユーリテスさんだって、スキルブースター持ちの僕を狙って反乱しちゃってるしね。
個人として欲しいものが何もない人ってのが珍しいんだろう。
「僕の回答を気に入っていただけたのであれば光栄です」
「うむ。我は気に入った。外見も内面、そしてスキルも完璧な男だな」
べた褒めで照れくさい。
チョロいかもしれないけど僕もグロリアーナ王女が少しだけ好きになってしまった。