あ、あの、それは……
ルージャさんと手を繋ぎながら貴族街を出て、平民が住むエリアにやってきた。
先行していた兵のみなさんが努力してくれたおかげで、出歩いている女性は見かけない。建物に入って、窓からこっそりと見られている。ねっとりと体に絡みつく視線だ。言葉にならなくても狙われている、というのがわかる。
「気に入らない人がいたら教えて下さいね。すぐに処分しますから」
にっこりと笑顔を作りながら、ルージャさんが物騒なことを言っている。
処分って、あれだよね。処刑みたいな意味合いだよね。
「気になってません。大丈夫ですよ」
「本当ですか? ほら、あそこにいる女なんて、身を乗り出してみてますよ。処しません?」
二階にいる女性が、窓から手を振っていた。
それだけでルージャさんは気に入らないみたいだ。歪んだ独占欲……と表現するのが最適なのだろうか。語彙力の足りない僕には正確な言葉は分からないけど、リベッタさんたちから感じたことのない暗いものを発している。
「どうして、そんな乱暴なことを言うんですか?」
気になって聞いてしまった。
「私の男を狙っている女なんて死ねばいいんですよ。ね?」
可愛らしく言ってもダメですよ。この人おかしい!
ブルド大国の女性は、これが普通なのだろうか。ううん、違う。今まで出会った人たちは、こんなこと言わない。
助けてと思ってスノーさんを見る。
「ルージャは、いつから男を囲える身分になったんですか?」
周囲の温度が下がったと勘違いするほど、冷徹な声だった。
興奮していたルージャさんの顔色は一気に悪くなり、ガクガクと体を震わせている。恐怖に縛られているようだ。
「あ、あの、それは……」
「平民が調子に乗れば、グロリアーナ女王陛下に罰せられるので気をつけるように」
「かしこまりました!」
ぱっと僕から手を離すと、一メートルぐらい離れてしまった。
女王様の名前を出しただけでこれほど態度を変えてしまうとは。恐るべき王家だ。
そして、そんな人たちに反乱を企てているユーリテスさんの気合いもすごい。命を賭けて事をなそうとしているのだ。
選んだ方法は褒められたものじゃないけど、熱量や気概はすごいと思わずにはいられない。
「こちらが人気のアクセサリー店です」
一人で歩くようになって数分経ったところで、ルージャさんが立ち止まった。
貴族街の店と比べたらレンガの壁に汚れがあるけど、趣があって良い感じだ。掘り出し物がありそう、といった雰囲気を出してくれている。
「入ってみたいです」
そう言ったら、兵の人たちが数名とスノーさんが店内に入っていった。少し待っていると、スノーさんが戻ってくる。
「安全は確認しました。どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
店内に入ると先に入ってくれた兵の人たちがいたので、「ありがとう」とお礼を言ったら、喜んでくれた。ルージャさんみたいな歪んだ感情はなさそう。
彼女だけが特別、おかしかったんだろう。
展示されている商品はネックレスやピアス、ブローチ、指輪など定番の物が多い。大国と言うだけあって品揃えは豊富で、平民向けとは思えないほど丁寧に作られている。特に植物や動物をモチーフにした細工は素晴らしく、置物として見るだけでも楽しめるほどだ。
お土産を買う人は多い。レベッタさんパーティは当然として、護衛してくれているルアンナさんたちの他、ダークエルフのテレシアさん、僕を誘拐したミシェルさん、今回は迷惑をかけたスカーテ王女など……軽く十人は超えそうだ。
この世界に転生してから、これほど多くの女性と仲良くなれたのは純粋に嬉しい。
ブルド大国の人とも同じように、良い関係を作って行ければなと思った。
「イオディプス君は、どういった商品をお望みですか?」
スノーさんがいるからか、ずっと離れた距離を維持しているルージャさんが控えめに聞いてくれた。
指輪は今プレゼントするものじゃないだろう。また人によって物を変えてしまったらケンカになってしまうかもしれない。
形は同じにして模様や宝石で違いを出そうかな。
「銀のピアスにしたいんですが、細工や宝石をすべて別のデザインにするってできますか?」
「オーダーメイドなら可能ですね」
高くなりそうだ。頼む前に値段を確認しておこう。
カウンターの奥で立ったまま動かない店員さんに声をかける。
「ピアスのオーダーメイドって、いくらぐらいかかります?」
直接声をかけるとは思わなかったのか、肩をぴくんと動かして驚いていた。
手を振ってあわあわしている姿は愛らしい。
落ち着くまで黙って待つ。
「えーとですね。オーダーメイドは銀貨10枚から承っていますが、高貴な男性のご依頼だったらお値引きも可能でして……」
魔物の狩りで手に入れたお金は金貨で3枚だ。銀貨300枚分の価値はあるので、あまり高いものを選ばなければ予算に収まりそう。
「お店の経営も大変だと思いますし、お値引きは不要です。予算は金貨3枚なんですけど、12個つくれますか? デザインについては、これから相談させてください」
「大丈夫ですっ! すぐに羊皮紙をお持ちしますね!」
店員さんはバックヤードに入ってしまった。
慌てん坊さんだな。帰ってくるまで待つとしよう。