僕と踊ってくれませんか
テロレロ侯爵のダンスが終わると、他の貴族令嬢たちに取り囲まれてしまった。
「私とも踊ってくださらない?」
「男爵風情が先なんて許せません! 後にしなさい!」
「あんな乱暴な女よりも、わたくしの方が絶対良いわよ」
主催者であり上位貴族がルールを無視したせいで、ポケットに入れた花の効果なんてなくなってしまった。
お断りしたいところだけど、目をギラギラとさせている女性たちに気圧されて何も言えない。
助けを求めようとしても、テロレロ侯爵がスノーさんやルアンナさんの腕を引っ張って、会場の隅へ移動させてしまったので孤立してしまったようだ。
これも狙い通りだとしたら、貴族というのは恐ろしい。
全て計算して動いている。
素直なレベッタさんが恋しくなってしまった。
「どきなさい! 私が先よ!!」
集まっていた貴族令嬢が、さーっと俺から離れていった。
誰が来たんだろう。きっと大物なんだろうなぁ。
「ルシェルド侯爵家の長女、ペルージョよ。お母様と踊ったのですから、娘の私とも踊ってくれますよね?」
テロレロ侯爵の娘さんか! 言われてみれば目元辺りは似ているようにも感じる。
緊張しているようで表情は硬い。
やや高圧的に感じるけど、根っこの部分は悪くないように感じた。
「初めまして。イオディプスです。僕はダンスが下手で足を踏んでしまうかもしれません。それでもよろしいですか?」
「男性をリードするも女のたしなみ。かまわないわよ」
こうまで言われたら、踊るしかないでしょ。
僕たちを見守っている貴族令嬢にも平等に接しないと。
「ペルージョさんとダンスしている間に、皆さんは順番を決めておいてくださいね」
サービスのつもりでウィンクをしたら、「きゃー」といった悲鳴が上がって、何人か失神して倒れてしまった。
正面にいるペルージョさんの顔はリンゴのように真っ赤だ。男と絡む機会がなかったのかな。初心な反応だ。
「僕と一曲どうですか?」
膝をついて手をペルージョさんの前に出す。
地球にいたときアニメか何かで見た、王子様っぽく演じてみた。
「え、ええ!?」
口に手を当ててペルージョさんは驚いている。
人間の目って、こんなに大きくなるんだね。
落ち着くのを待っていると、覚悟を決めてくれたのか僕の手を取ってくれた。
「ああ、なんて素敵なんでしょう!!」
周囲にいる令嬢から声が漏れた。
どうやら、この世界でも王子様的な対応は好感度を上げるのに使えたみたいだ。
立ち上がってダンスホールの中心に移動すると曲が流れた。
今回もスローテンポで素人の僕に配慮してくれている。
僕はペルージョさんの腰に手を回す。体がぴったりとくっついた。
「ひゃぁ!」
小さな悲鳴を上げられたけど、嫌がっているわけじゃなさそうだ。遠慮なく密着状態を維持する。
「良い匂い」
恍惚の笑みを浮かべているところ悪いけど、曲は始まっている。
ダンスは母親であるテロレロ侯爵の方が上手いみたいで、動きはぎこちない。何度か足を踏んでしまったんだけど、喜んでいたから驚きだ。ペルージョさんは、そっち方面の性癖でも持っているのだろうか。
ギリギリ転ばずにダンスが終わったので、元いたところに戻ろうとすると長蛇の列ができていた。
「一人、二人……十人……十五人……」
なんだ、このバカげた人数はっ!
パーティー中に終わるのだろうか。違う、そうじゃない。僕の体力が最後まで持つか怪しい状況だ。
スノーさんに頼めば人数を調整してもらえるとは思うけど、目をキラキラとさせて待っている令嬢を見ると、何も言えなくなる。
「大丈夫ですか?」
スノーさんが心配そうな顔をして聞いてきたので、親指を上げて問題ないと返事をした。
「かっこいい……」
なぜか令嬢たちが褒めてくれた。ザワついていて熱気が高まっているのを感じる。
これ以上待たせたら暴動が起こりそうだ。
先頭にいる令嬢の手を取って、すぐにでもダンスしようと思ったんだけど、動いてくれなかった。
「私にはやってくれないんですか?」
まさかの王子様プレイの要求だった。
自分でやったことなんだけど、お代わりまですることになるとは思わなかったよ。断れば暴動まっしぐらなので、受け入れることにした。
膝をついて令嬢を見上げる。
「失礼しました。お嬢様、僕と踊ってくれませんか?」
「はい♡」
短くも色っぽい返事をしてくれると、手を握っていた令嬢は僕を持ち上げながら抱きしめた。
足が床についていない……!
そのままダンスホールに移動すると、お尻をがっちりと握られつつ、くるくると回る。
「これってダンスなんですか!?」
「ブルド大国に伝わる由緒正しいダンスです」
絶対に嘘だ!
だって見学している令嬢たちから「その手があったか」なんて声が漏れているんだもん!
たまに僕の首筋の匂いを嗅いでいるし、やりたい放題だね!!
男に配慮してくれるナイテア王国とは大違いだ。
こういった所も国民性が出てくるみたい。
結局、他の令嬢も僕を持ち上げ、抱きしめながらダンスをすることになった。
もう貴族のパーティーなんて出たくない!