お願いとは?
ちょっとした騒動はあったけど、パーティーは中断されなかった。
テロレロ侯爵が去ると次々と貴族の女性が挨拶に来る。
「私は隣に領地を持つプルード子爵です。以後、お見知りおきを」
なんて言われても、名前は覚えきれない。
後でスノーさんに確認しようと思いつつ、僕も自己紹介をしておいた。
挨拶をするときに気づいたんだけど、数人の女性は男を連れている。全員、綺麗に着飾っているんだけど、首輪を付けられていた。しかも貴族家の紋章までついているらしく、まるで所有権を主張されたペットのようだ。
テロレロ侯爵を見たときも思ったけど、貴重な男性をそうやって管理するのがブルド大国のやり方らしい。
本当にこの国で目を覚まさなくて良かったよ。
食事の方もナイテアとは違って、香辛料をふんだんに使ったものが多い。また内陸地だというのに魚料理も出ていて、国力の違いを感じる。
お酒だって珍しいものが多い。ナイテアはエールか果実酒、ワインだけなんだけど、ここにはウィスキーなどもあった。種類が豊富だ。
あえて僕に見せつけているのかな……?
確かにすごいと思うけど、日本で見たことがあるから驚きはしなかった。
食事をしながらジュースを飲んでいると、パーティー会場に楽器を持った人たちが入ってきた。
笛や太鼓、バイオリンみたいなもので音楽を奏でてくれる。
そして貴族達はダンスを始めたのだ。
貴族の女性たちは首輪を付けた男か、もしくは弾奏をした女性と一緒に会場の中心で踊っている。
「イオディプス君は参加されますか?」
「無理です! 僕は踊れません!」
冒険者生活をしていたので戦いはできるけど、貴族のマナーは最低限しか知らない。
特にダンスは苦手意識もあって後回しにしていたので、練習なんて1回か2回ぐらいだった。
もし参加しなきゃ行けなくなったら、絶対に足を踏む自信がある。
「それでしたら、こちらを胸のポケットに入れておいてください」
渡されたのは小さな黄色い花だ。
「これはなんですか?」
「ダンスを踊りませんと伝えるための花です。これをつけていれば誘ってくる方はいないですよ」
数少ない男だから、嫌なことをさせないために拒否権があるのかな。
優遇されているようで悪い気もするけど、今回はありがたく使わせてもらおう。
スノーさんに言われたとおり、黄色い花を見えるようにして胸ポケットへ入れた。
その瞬間、会場からため息が漏れた。
僕と踊れる可能性がゼロになって、みんなをガッカリさせてしまったようだ。
これで無難にパーティーを乗り越えられると思っていたんだけど、ちょっとだけ甘かったみたいだ。カツカツカツとヒールの音を立てながら、テロレロ侯爵が近づいてくる。
すごく嫌な予感がする。
この場にいる誰よりも立場が上であるため、止める人はいない。
僕の前に来ると膝をついてしまった。
「やあ。私と一曲躍ってくれないかしら?」
えーっと、胸ポケットに黄色い花があれば、踊らないって意思表示になるんだよね。
どういうこと!?
疑問の視線をスノーさんへ向ける。
「テロレロ侯爵は胸のポケットが見えなかったようですね」
「見えているわ。その上でダンスをお誘いしているの」
言い訳できる状況を作ったというのに、テロレロ侯爵自らが潰してしまった。
断られたら面子は丸つぶれだろう。後世に語り継がれるほどの失態になりそう。
「僕はダンスが苦手でパートナーの足を踏むことで有名なんです」
「イオディプス君であれば、足を踏まれることすら名誉になるわ」
だから私と踊れ。
言葉にしなくても、気持ちってのは伝わってくる。
スノーさんを見たら困った顔をしているだけ。どうやら助けは期待できないようだ。
護衛に来ているルアンナさんたちも、暴力的なトラブルではないため動けないでいる。全員が注目しているので、下手にアドバイスなんてのもできないんだろう。
断ればテロレロ侯爵の反感を買い、受け入れたら僕が恥をかくだけ。
悩んでも答えは決まっていた。
「本当に足を踏んでしまいますよ。怒りません?」
「もちろんですわ」
「でしたら、ダンスのお誘いを受けます」
手を差し出されたので軽く握ると、テロレロ侯爵は立ち上がった。
僕を引き寄せて腰に手を回すと密着した。
「音楽をっ!」
雄大な曲が流れた。ややスローテンポだ。
「さ、行こう」
テロレロ侯爵の動きに付いていくと、踊りながら会場の中心に来た。
周りには踊っている貴族の方々がいる。女性同士が多いけど、一部は男女のペアもいる。
大国だから人口も多く、必然と男性も他国と比べて手に入りやすいのだろう。
「あっとっと……」
ダンスに集中していなかったので、足を踏みそうになってしまった。姿勢も崩してしまったけど、テロレロ侯爵がフォローをしてくれて何とか持ち直す。
その大小として密着度が増してしまった。
胸の山が潰れるほど距離が近い。服の上からでも体温が伝わってきて、ドキドキする。
「グロリアーナ女王陛下とお会いしたとき、1つお願いをされるはずだ。君はそれを受け入れた方がいい」
耳元で意味深なことを囁かれた。
気になってしまい、無視はできない。
「お願いとは?」
「反乱の目を潰す協力依頼だ。彼女は危機的な状況にあるから、強気の交渉をしても問題はないぞ」
「どういうこと……」
追加で聞こうと思ったけど、体が離れてくるっと回されてしまった。
また密着する。
「ユーリテス派閥はそれだけ大きくなっているってことだ。あとはスノーに聞きなさい」
それっきりテロレロ侯爵は黙ってしまった。
何度か足を踏みそうになったけど、的確にフォローしてくれて未遂で終わる。本当にダンスは上手なんだ。さすが貴族だな、なんて感心していた。