貴方は誰
左側にルアンナさん、右側にスノーさんと腕を組んだ。後ろには護衛役としてエリンさん、リテートさんがいる。
扉が開くとパーティー会場へ入った。
着飾った女性たちの視線が僕に集まる。獲物を見るような鋭い目をしていて、気を抜けば服を脱がされて初体験を終わらせてしまいそうだ。
「奥に行って領主に挨拶をします」
スノーさんが腕を引っ張って先導してくれた。
僕が前に進むと女性たちはさーっと左右に分かれて道ができる。奥には40代ぐらいの女性が立っていた。グレーとワインレッドの2色で作られたドレスを着ていて、髪はウェーブがかかって広がっている。腰までありそうだ。
右側には10歳ぐらいの男がいて、服の中に手を突っ込まれて胸を揉まれていた。
明らかにセクハラなんだけど誰も気にしていない。
「彼女がここの領主、テロレロ・ルシェルド侯爵で、隣にいる男性は夫のボドン君です」
「子供なのに結婚をしてるんですか!?」
「貴族の一部には、男性を自分色に染め上げたい方もいらっしゃるので……」
すごい文化だ。
日本じゃ犯罪者コースなんだけど、世界が変われば合法になるのか。
小さい子を洗脳するようなやり方は、あまり好きじゃないな。ブルド大国の貴族に悪い印象を持った。
テロレロ侯爵の前に立つと、スノーさんが自己紹介を始める。
「お会いできて光栄です。私は上級外交官のスノー、そして隣にいるのが……」
「ナイテア王国から来たイオディプスです」
好印象を持ってもらうために笑顔を浮かべると、テロレロ侯爵は鼻の穴を広げて息が荒くなった。
公式の場だというのに欲望を隠し切れていない。
次はルアンナさんが自己紹介をする番なんだけど、その前にテロレロ侯爵が遮ってしまった。
「すっごくいい男。ナイテア王国ごときにはもったいない。今晩、私の相手をしてみないかな?」
直接的に断ったら相手のメンツを潰して問題になるよね……。
どうしよう。こういったときに、気の利いた言葉が思い浮かばない。
返事に戸惑っていると、ルアンナさんが一歩前に出て僕を背中に隠してくれた。
「貴方は誰?」
テロレロ侯爵は気に入らないといった感じで、睨みつけている。
「私はナイテア王国の騎士、ルアンナです。イオディプス君は我が国にとって重要な人物なので、夜のお誘いは我が国の女王を通して交渉をお願いいたします」
「小国がブルド大国に意見をするなんて生意気ね」
殺気が充満した。
テロレロ侯爵の頭上に女性型の水の塊が出現する。
あれは精霊魔法のスキルだ。パーティー会場だというのに攻撃を仕掛けるつもりなの!?
ルアンナさんが警戒する態度を見せると、スノーさんが動いた。
「テロレロ侯爵、イオディプス君はグロリアーナ女王陛下の客人です。手を出されるのであれば、屋敷に滞在している近衛兵が黙っておりません」
国に刃を向けるつもりですか? と、言っているようなものだ。
男ほしさに反逆の意志を見せれば、地位だけでなく命すらも取られるかもしれない。僕なんかのために、そんなことにならないで。お願いだから怒りを収めて!
「客人はイオディプス君のみ。そこにいる邪魔な騎士は処分しても問題ないよね?」
僕の祈りは通じなかった。貴族のプライドってのが邪魔しているのかな。
矛先はナイテア王国の騎士3名に絞られている。
僕は強い意思を持って、真っ向から対立することを選んだ。
「少しでも攻撃すれば、僕はテロレロ侯爵を許しません。国へ帰ります」
お願いだから引いてくれ。ポンチャン教の神でもいいから助けて欲しい!
スノーさんは下手に動けないと判断したのか、黙ったままなのでしばらくの間、睨み合いが続く。
緊張が高まって、心臓はドクドクと早く動いている。今すぐにでも飛び出しそうだ。
「ここはブルド大国内。敵に囲まれた状態で、どうやって国に帰るつもり?」
「スキルブースターのことはご存じですよね? スキルを進化させれば数の差なんてないのと同じですよ」
疑われたらダメだ。自信を持って言い切った。
「そうねぇ。確かに強力なスキルの前では数は意味をなさない。でも、スキルブースターを使う時間を与えると思って?」
痛いところを突かれてしまった。
キスをする前に、精霊が僕たちを襲えば終わってしまう。
でも、スキルの強化ぐらいなら即座に可能だ。この場を切り抜けるだけなら、何とかなるはず。
「だったらやってみます?」
「…………やめておくわ。グロリアーナ女王陛下の怒りは買いたくないもの」
頭上に出していた女性型の水――精霊が消えた。
戦いは回避できたみたいだ。ほっと胸をなで下ろす。
「騒がせて悪かった。貴方たちを歓迎するわ」
「ありがとうございます」
怒りを収めてくれたことも含めてお礼を言っておいた。
主催者として忙しいテロレロ侯爵は、僕たちを置いて別の場所に歩いて行く。
あー。怖かった!
足が震えている。力が抜けそうになると、後ろに控えてくれていたエリンさんとリテートさんが支えてくれた。
みっともない姿を見せずに済んで良かった……。