スノー:私は上級外交官のスノー
「標的を見つけた! 確保せよ!」
裏切り者はポロリスだけじゃなかったみたい。どこからか、黒ずくめの外套をまとった女が二人出てきた。手にはナイフがあって、刀身は緑色の液体が塗られている。麻痺か即死系の毒が塗られているはずだ。
痛む体に鞭を打って、イオディプス君に駆け寄って手を取る。
「攫われたらユーリテスのオモチャになる! 逃げて!」
「その後、スノーさんは殺されますよね? それはダメです」
体の下腹部が熱くなった。男に心配されるって、これほど嬉しいことなのね。
ここで死ねるなら本望だ。
私が持っている炎のスキルを使って『火壁』を周囲に発生させる。ユーリテスの仲間は足を止めたけど、見た目だけ派手で威力はない。突っ込まれたら突破されてしまう。
「私は死にません。大丈夫ですよ」
嘘だとばれないよう、笑顔を作って言ってみたけど、イオディプス君には通用しなかった。
「スキルブースターを使うので、追い払うことは出来ますか」
「それは難しい。彼女たちは命を賭して襲ってくる。殺すならまだしも、生かしたままというのは不可能だと思って」
正体を現したときから作戦の成功なくして生き残る道はないのだ。仲間の騎士がメスオークを倒し終わっても逃げることなく、イオディプス君を攫うために特攻してくるだろう。
「だとしたら、僕が逃げるしかなさそうですね」
「一人にはさせない。私も一緒に行こう」
「……わかりました」
少し悩んだみたいだけど、イオディプス君は受け入れてくれたようだ。
窮地は脱してないのに少しだけ安心した。
「スキルブースターを使います」
宣言と同時に、私の体から力が湧いてきた。『火壁』の威力が増して強引に突破しようとすれば、全身が燃えて動けなくなるだろう。
でも、逃走するにはそれだけじゃ足りない。
足止めをする存在が必要なので『サラマンダー』を召喚する。火で作られた蜥蜴だ。全長は2メートルぐらい。それを5匹も用意したので、ユーリテス派閥の女に向かわせる。
「逃げましょう!」
イオディプス君の手を握って引っ張って走る。
途中でルアンナが私を見つけて追ってきたが、振り切る必要はないだろう。今は少しでも戦力がほしい。
草原を走って、近くにあった森へ入る。
「なにがあった!?」
速度を上げて私の隣に来たルアンナが聞いてきた。
「身内に裏切り者がいた。イオディプス君を攫うつもりらしい」
「倒したのか?」
「イオディプス君の希望によって足止めだけだ。こういったケースも想定して、本隊とは合流ポイントをいくつか決めているから、最寄りの場所まで逃走しよう」
「私たちもついていく。異論はないな?」
ルアンナの他に、騎士が2名か。足手まといにはならない。
「もちろんだ。共にイオディプス君を守ろう」
「当然だ。速度を上げるから案内は任せた」
何をするかと思ったら、ルアンナはイオディプス君を肩に担いだ。
手がお尻をガシッと握っていて羨ましい。
私にこういった発想が出なかったのは、男慣れしてないからだろう。今さらだが、こいつらが羨ましく思う。
「どっちに進めばいい?」
走る速度が落ちていたみたいで、3人が私を見ている。
嫉妬心は忘れて案内に集中しないと。
「こっち」
速度を上げて走り続ける。
森は小さかったので、その日のうちに通り抜けられた。
近くに村があるけど、男を抱えたまま入るほど無防備なことはしない。ナイテア王国の騎士に食料と水を買いに行ってもらい、残ったメンバーで野営を行う。
3交代制で夜番をしたけど、ユーリテス派閥の女は追いついてこなかった。
完全に振り切ったか。
イオディプス君を抱きかかえて移動を続ける。
街道を外れて草原を歩き、もう少しで合流地点の湖へ着く時になって、ナイテア王国の騎士が声を上げた。
「十人ぐらいの集団がいるんだけど、合流相手かな?」
見える範囲には誰もいない。探索系のスキルで見つけたんだろう。
「いや、予定の場所からズレている。敵だ」
隠れる場所のない草原ではあるけど、大きく迂回すれば戦闘は避けられる。
イオディプス君がいるので、正面突破はなしだ。
予定していた道を大きく外れ、夜になってから湖に向かう。
遠くから焚き火が見えた。
「あれは……味方のはず」
断言できなかったのは、裏切り者がいるかもしれないからだ。
イオディプス君をルアンナたちに任せ、私は一人で焚き火の中心へ向かう。
「止まれ!」
夜番をしている女が剣を抜いて、警戒した声を出した。
「私は上級外交官のスノー。イオディプス君を輸送する際、ユーリテス派閥の裏切りにあって、合流地点まできた。あなたは?」
「グロリアーナ女王陛下直轄の近衛兵セレプティアだ」
王家への忠誠心が高い人だけを集めた騎士だ。
合流相手であり、寝返っている可能性は低いだろう。
「近くにユーリテス派閥の騎士がいたと思うが、対処はしたのか?」
「気づいていたのか。あそこで捕縛している」
奥の方を見ると、傷だらけの女が数人いた。腕と足をロープで縛られていて動けないようになっている。
気配察知した数より減っているのは、戦いで死んだのだろう。
「それで、イオディプス君はどこにいる?」
天幕から別の近衛兵が出てきた。短髪の女性だ。胸に着いている勲章からして、隊長格だろう。
話している声で目が覚めたのか。
「少し離れた場所でナイテア王国の騎士と待機している」
「慎重だな」
「だからこそ、ここまで逃げられた。安全も確認出来たので、すぐに連れてきたいと思いますがその前に……」
視線を捕らわれている女たちに向ける。
「イオディプス君は女性が傷ついている姿を見ると、何としても助けようとします。必要ないなら、連れてくる前に処分をお願いできますか」
「わかった。迅速に処理しておこう」
近衛兵の隊長らしき女が、人質の首をはねた。
死体はどこかに捨てに行くのだろう。
「これで安心してお連れできます」
そういって湖から離れていった。
彼には汚い世界を見せない。その気持ちは近衛兵にも伝わったことだろう。